科学と人間「毒と薬の歴史をひも解く」               日本薬科大学教授  船山信次

190111②「古代の薬と毒-人類の薬と毒との出合い1

「古代の交流」

古代においても様々な分野で、各地で交流があったことが分かってきた。

原産地はエジプトのベニバナが日本に伝わったのは3世紀と言われる。山形県で盛んに栽培され、私の大学がある埼玉県桶川市にもある。奈良時代を中心に遣唐使で中国との交流があり、また朝鮮半島との交流は密であった。

また物事を記録するということが、古代から行われていた。毒と薬の発見はいずれの地域でも共通で記録されているものも多い。人間が病気とか怪我にどの様に対処するかというのは、人類共通して

最重要と考えていたのである。

記録の中には、法律に関すること・支配者の歴史・そして薬や毒に関することが殆どである。

「毒や薬の歴史」

(薬狩) 5月の節句に、狩りの衣装を整えて山野に出て薬草や鹿茸(ろくじょう)を採集する日本の

 朝廷行事 

星薬科大学の本館にこの薬狩を描いた大きな絵がある。当初は鹿茸(鹿の袋角。強壮剤とする。)を取るのが起源とされる。この画では推古天皇が薬狩りを行っている。なかなかいい情景である。

(パピルス、粘土板に書かれた記録)  エジプト・古代ロ-マ時代

・BC1552年エジプト アヘンとか芥子の記録がある。

・古代ロ-マではワインを常飲していたが、鉛で酸っぱくなるのを防止していた。酸敗したワインを鉛の鍋で煮たのであるが、これをサパといい有毒。史上初めての人工甘味料と言われる。残された

文書には「鉛の鍋で腐敗したワインを煮詰めるとサパが得られる」とある。これは酢酸鉛であり、殺菌作用もあり多用された。古代ロ-マ人が短命であったのは、鉛中毒の可能性もある。

・ソクラテスは、思想犯として死刑を宣告され自殺を強いられた。彼はドクニンジンのエキスを選択

して自殺したが、弟子のプラトンはその様子を克明に記録していた。→服用すると体の末端から感覚が無くなり心臓に達すると、死に至る。

毒人参はセリ科の有毒植物で、各種の毒性アルカロイドを含み、主たるものはコニイン。

神経毒性の成分で、中枢神経を侵し呼吸筋を麻痺させる。

・ローマのカエザル・アントニウスとのロマンスで知られるエジプト プトレマイノス王朝最後の女王、クレオパトラ7世。

 ローマとの戦いで敗れ、自殺。アレクサンドルカタネル作の「死刑囚に毒を試すクレオパトラ」という絵があるが、種々の毒蛇の効果を試している。

 毒蛇には大きく二種類あり、

 ●ハブ・マムシ

   咬まれた所から皮膚がただれて行く、痛みを生じ最悪は死に至る。

 ●コブラ・ウミヘビ

   咬まれた毒キバの痕は小さく、痛みも少なく眠るように死に至るといわれる。クレオパトラはこの

   コブラ型のエジプトコブラで自殺したといわれる。

(古代における大麻の使用)

十字軍は大麻を使用したといわれる。大麻はハシシュと言うが、アラビア語では単に草と言う意。

暗殺者(assassin)という言葉があるが、語源はハシシュとも。暗殺者が殺人を敢行する時、大麻を吸ったからとも。

(インドのア-ユルヴェ-ダ) 

 インドの世界最古の伝統医学として知られる。植物が持つ自然エネルギ-を活かし、人間の持つ

 自然治癒力を引き出す。健康とか医療に関することが書かれている。今も世界的に信奉者は多い。

(秦の始皇帝の水銀中毒) 硫化第二水銀 Hgs

不老不死を求めて、当時の道教の練丹術で作られた丹薬(水銀化合物)を多用した。これは丹砂(硫化水銀)を原料とした。製法は水銀を硫黄と反応させ、赤色・黄色の粉末とする。これを加熱すると

元の水銀に戻る。更にゆっくりと加熱すると酸素と結合して、赤い硫化水銀となる、これが丹薬で

ある。これは人体に有毒であり、この為歴代皇帝が早死にしたといわれる。薬草は燃やすと灰になり消滅するが、水銀は循環する。ここに不老不死の夢を見たのであろう。又丹薬の赤い色に、血液を擬したのかもしれない。

(白粉の毒)

原料は鉛白(炭酸鉛)であったが、鉛毒の為に1935年使用禁止となった。古代から高貴な女性ほど大量に使った。

江戸城大奥で乳幼児の死亡率が高かったのはその為とも言われる。胃腸病、脳病、神経麻痺を引き起こし、日常的に多量のおしろいを使用する役者にその症状は顕著であった。

(五毒)    

硫酸銅CuSo4、砒素化合物(硫化砒素)、硫化水銀、硫化鉄、 硫砒鉄鋼(亜ヒ酸化合物)。これ等を五毒という思想があって「病に打ち勝つためには、それに討つ勝つより強い毒が必要」という考え方。

(神農)

中国古代伝説上の帝王。(BC5千年前)。この人の存在を下に書かれた「神農本草経」というものがある。この人は毎日百種の植物を舐めて、一つの薬を見出した。→「百草を舐め、一薬を知る」 365種の薬物を記載し、薬効によって上薬・中薬・下薬に分類。原本は失われ、解説書程度のものが日本に残る。

上薬  常用しても可。健康増進作用。120種。

中薬  多少有毒作用あり。病気の時には用いざるを得ない。120種。

下薬  強い毒があるが、やむを得ない時に使う。125種。

ここに挙げられている薬草の中には、現在も使われているものもある。

(徐福伝説)

秦の始皇帝の命で、不老不死の薬を求めて船出したと伝えられる伝説上の人。史記に出ている。

東の島に蓬莱山というのがあって、そこに不老不死の薬があるとして、秦の始皇帝に費用を出させ、出かけて帰ってこなかった。いわば詐欺をやったのである。その東の島は日本であるとして、日本

各地に徐福伝説が残る。

 

今回は古代の毒と薬の話をした。

「コメント」

今も昔も人間は変わらない。病気を恐れ、健康長寿を願ったのである。そしてそこに付け込んで、色々と仕掛けては金を稼いだ人々がいたのである。今、流行りのサプリメントはこの例。

私も中性脂肪が多い、血圧が高い、動脈硬化と言われ医者からは数種の薬が処方されている。

いわば中薬か。