科学と人間「私たちはどこから来たのか?~人類700万年史」            講師 馬場 悠男(国立科学博物館名誉研究員)

150703人の特性~人間らしさの芽生え

(はじめに)

今日から13回、私たちはどこから来たのか、人類進化700万年の歴史の話をする。私たち人類はいつどこで誕生し、今の私達になったのかという問題を考えよう。また人間らしさを表す人の特性・特長、それはどのように発達してきたのかも考えよう。その答えは、私達の祖先の人類が700万年前にアフリカの森で誕生し、様々な環境に順応して多くの人類の種を、最終的には私達日本人になるまでの波乱万丈の物語の中にある。しかも最近の研究で、これまでは想像すら出来なかった事実が明らかになってきている。

実際に化石の発見やDNAの分析などを含めて説明する。

私達人類は進化の過程で高度の認知能力を獲得した。そのお蔭で文化を生み出し文明を発達させ発展を遂げた。しかし人口を急増させ、資源を浪費し、環境を破壊し、その結果近い未来には近代文明が崩壊するのではと心配されている。この講座が今後何をすべきかを考えるきっかけになればと思っている。

 

第一回は人間らしさがどのように芽生え、人間の進化と共に育ってそして完成していったか、それを見てみよう。私達人(ホモサピエンス)他の動物と違う独自の特性を持っている。いわば人間らしさである。それは人間進化の過程でいつどこでどのように獲得されたのか。それを研究するのが人類学である。この講座では人類学の研究者たちが苦労して進めてきた調査や研究の歴史を辿りながら、人間らしさの発展を考えてみる

「人の認知能力」

まず人間らしさの中心のあるのが認知能力。認知とは(広辞苑)→感性に頼らず推理・思考に基づいて事象の性質を知る事。認知能力がその個体の知的レベルを決定する。頭の良さともいう

チンパンジ-には明日がない→彼らは明日が来るのを知っているのだろうか。人に最近縁の動物はチンパンジ-。DNAは2%しか違わない。しかしチンパンジ-の認知能力は人間よりはるかに低いが、他の動物よりは高い。今を認識できるが過去・未来は認識できない。チンパンジ-は今が満足であればよくて、みじめな過去・不幸な将来を悩んだりはしない。人間にもチンパンジ-並みの人がいるが。

チンパンジ-はこの様に認知能力が低いが故に、近縁のヒトとの生存競争に負けてしまった。一方私達ヒトは、少なくとも明日という日が来ることを認知している。それではいつから、私達ヒトは認知力を持つようになったか。私達ヒトの祖先は700万年前のアフリカでチンパンジ-と分かれ、独自の進化を始める。ヒトはチンパンジ-から進化したのではない。チンパンジ-と人は共通の祖先を持っていたという事。チンパンジ-と分かれた直後のヒトは今のチンパンジ-とも似ていて、認知能力は低く凶暴であったはずである。それが様々な発展段階で、どのように認知能力が高まって来たか、そしてそれがもたらした他人への優しさ・思いやりがどのように発達してきたか見てみよう。

私達ヒトは認知能力が有るからこそ、ホモサピエンスつまり賢い人と呼ばれるわけである。つまり今回の講座は人類がどのように進化したか、私達日本人はどこから来たのかという課題と共に、私たちの人間らしさが何処から来てどこに行くのかという事にも注目していく。

(まず人と動物の違いはどこにあるのか)

私達が他の動物と違う点、つまり人間らしさあるいは人間性の基礎になっている特徴として認知能力の高さを示す脳の大きさが最も重要である。しかしそれ以外にも数多くの特徴がある。例えば同じ雑食性のクマと比較してみると、

・人はいつも直立して歩く。

・言葉をしゃべる。

・目が二つとも前を向いている。

・鼻の先がゴムみたいになっていなくて、普通の皮膚で覆われている。

・手が器用で道具を使う

・犬歯は小さくて牙になっていないが、臼歯はかなり大きい

・体には体毛が少なく、クマの何倍も長生きする

・発情期が決まっていない

・女性の尻と胸には皮下脂肪が十分に蓄えられ膨らんでいる

しかし以上の差異は直接の証拠がないのでその原因について確実なことは言えない。

そこでまずは人類の進化において重要でしかも化石からわかる特徴である犬歯・臼歯・直立二足歩行・大脳の発達、これらについて人類の進化700万年における発達をまとめてみる。人間らしさを示す4つの特徴は700万年に及ぶ進化の中で4つが同じように変化してきたのではない.それぞれが特定の時期に違った生活環境への適応の手段として発達あるいは退化してきたのである。

1、    犬歯の退化

是は人類進化の初期、700万年前以降すぐに大幅に退化した。犬歯は霊長類において食べるための道具ではない。ライオンなら獲物を捕らえて離さないための必須。霊長類では脅しと攻撃の為のみ。暴力性の象徴。進化の過程において犬歯を小さくすることによってオスの暴力性が段々減少してきた。これが人間にとって重要な意味を持つ。

2、直立二足歩行

   直立二足歩行は進化の初期に進行したと考えられていたが、最近の化石研究で段階的に発達してきたことが分かってきた。

   そもそも人類が人類であるある為のもっとも重要な特徴はこの直立二足歩行なのである。これによって自由になった

  手が道具を使い文化を発達させたことは常識的に理解できる。ではこんな未来を予測できなかった祖先が何故

  二足歩行を始めたのか、この答えは犬歯の退化と関係がある。

3、小臼歯と大臼歯

   臼歯は人類進化の過程で一度は拡大するがその後退化した。臼歯の形状は食生活を反映する。例えば消化のいい肉を食う

   ライオンの臼歯は小さい、逆に固く消化の悪い草を食う馬は大きくて頑丈。

私達人類の祖先は森で果物を食べていた頃の臼歯は小さかったが、乾燥した草原に出て堅いものや草を食べるようになると

臼歯は拡大した。しかし道具を使い肉を食べるようになった集団では臼歯は退化して

いく。 更に臼歯を大きくして堅いものを食べる集団は絶滅してしまう。

4、大脳の発達

   100万年前の人類進化の理解では、まず人としての崇高な精神を宿す脳が発達して、それ以外の身体的発達をリ-ドしたと

   いう風に考えられていた。その結果頭が大きく、サルの手足を持つ原始人というイメ-ジが描かれていた。しかし化石や

  石器が発見され研究が進むと、直立二足歩行や道具の利用が先に起こって大脳の発達は最後であるということが分かった。

   10万年前の祖先の脳容積は現在の我々とほぼ同じ、我々と同じような心・精神はもっと前に完成したであろう事が

  明らかになってきた。

 

「人類の五段階進化」

長い人類の進化を出来るだけ簡単に理解する方法は専門家でも容易ではないが、人類進化を段階に分けて理解することにする。

初期猿人・猿人・原人・旧人・新人  五種類

1、    初期猿人

700万年前にアフリカで誕生して600万年前まで生き延びた。彼らは小柄でチンパンジ-並み。森にすみ果物を食べていた。直立歩行は出来ない。脳容積はチンパンジ-と同じくらいで現代人の1/41/5程度の300~500cc

2、猿人

   400万年前初期猿人から進化して120万年前まで生きた。足は短いが筋骨隆々、アフリカの森と草原を行き来して果物だけで

   なく乾燥した豆や草の根を食べたので臼歯は大きい。腰は完全に伸びて足には我々と同じアーチ構造があったので

  しっかりと体重を支えて歩行することが出来た。手は親指が大きくなり、ものをしっかり握ることが出来るように

  なった。脳容積は初期猿人並み

3、原人

   アフリカで230万年前に猿人が進化して一部は1万年前まで生き延びていた。当初足は短かったが徐々に伸びて190万年前

   には現代人と同じように体型となった。乾燥した草原でも活発に動き回って色々な食物を利用して暮らすことが

  出来た。

石器を使うようになり歯や顎も徐々に退化して脳容積は現代人の半分~2/3600~1100cc

180万年前からアジアとヨ-ロッパに広がっていった。

4、旧人

   アフリカの原人から進化し4万年前まで生き延びていた。脳容積1200~1600cc

    複雑な石器を使うようになった。数10万年前からはヨ-ロッパとアジアの寒冷な地域に進出していった。

5、新人

   我々ホモサピエンスのこと。20万年前にアフリカの旧人から進化して石器製作技術を革新していった。数万年前から世界中に拡散し

   その過程で各地の原人や旧人を共存なしに追い払って行った。

 

「人類進化の研究」

これは各分野の総合的複合的な協力によって研究されてきた。

1、    化石の形態学

中心になるのは化石の形態学的証拠である。化石を調べるといつどこにどのような人類がいたか、どのように身体的特徴、能力かあったかを推測できる。

2、石器など考古学

   人類の行動が推測でき、文化がどのように伝わったかが分かる。

3、古生物学

   昔の生物を調べる古生物学によって過去の環境を知ることもできる。最近は現代人だけではなく、化石のDNAを調べることにより

   人類進化の大枠が明らかになり、化石が突き止められなかった人類集団の存在すら暗示することが出来るようになった。

4、自然人類学

   体を扱う人類学は人間とは何かを問う専門分野の一つであるが、自然科学的な意識と手法によって多くの場合は調査や実験を通じて

人とは何かを明らかにしていく。

 

アドバイス   国立上野博物館

人類の進化や日本人の形成に関しては東京上野の国立上野博物館に分かり易く楽しめる展示がある。化石の精密模型や化石人類の復元像、説明映像なども見られるので理解を助けられる