科学と人間「私たちはどこから来たのか?~人類700万年史」            講師 馬場 悠男(国立科学博物館名誉研究員)

150731⑤脚長エレクトスのユ-ラシアへの拡散~中後期の原人の進化

(5段階の進化) 初期猿人・猿人・原人・旧人・新人

人類は700万年前にアフリカの森で誕生し、5つの段階的進化を遂げた。初期猿人・猿人・原人・旧人・新人。その初期猿人ではサヘラントロプスあるいは猿人ではアウストラロピテクスなどという属の名称がついている。しかし原人、旧人、新人に該当する人類の種は皆、属の人類である。例えば原人の代表種はホモエレクトス、旧人の代表的種はホモネヤンデルタレンシス、新人の代表的種はホモサピエンス。皆、ホモと言う名がついている。それはホモ属の人類が我々の同類であって、人間らしさをかなりの程度に備えている人類の種であるという事である。

(ホモハビリス) 最初期の原人

最初期の原人であるホモハビレスつまり、私達ホモ属の人類の最初の種であるホモハビリスはアフリカの乾燥した草原で220万年前に誕生し、様々な工夫をして生き延びてきた。

(ホモハビリス→アフリカ北部、オルトバイ渓谷で発見された化石人類、アウストラロピテクスに似ているがそれより進化している)

ホモハビリスは脳容積が大きくなり始め、石器を使って動物の肉を切り取ったり、骨髄を割って食べたりしていた。しかし足が短いので草原を移動することは出来なかった。そんなホモハビレスは、足の長いホモエレクトスに進化したことによって、私たちの祖先はアフリカの広大な平原を自由に移動し、やがてユ-ラシアに拡散していくことになる。

(ホモエレクトス)  現生人類ホモサピエンスの祖先の原人  ピテカントロプス・エレクトスや北京原人がこれに含まれる。

            発達した石器を使い、火を用いる。

最初期の原人、ホモハビレスは徐々に人間らしさを備えた後期の原人、ホモエレクトスに進化していった。ホモハビレスに比べて腕が長く、足が遥かに長く現代人と同様なプロポ-ションになった。それは森や林から完全に離れ平原を効率よく移動するために上半身を小さく軽くし、下半身を大きく強力にしたことを意味する。又広い草原でハイエナなどの捕食者に対抗するために何人も揃って先をとがらせた槍を捕食者に向ける様な戦術を生み出した可能性もある。ホモエレクトスは積極的に狩りを行ったと考えられる。

脳と言う器官は大きさの割にはエネルギ-を沢山消費するので、カロリ-の高い良質な蛋白質が得られないと脳を維持できない。

ギリギリの食料しか得られなかったが、それでも脳を大きくして知恵を生かし肉などのカロリ-の高い食料を得ようとする戦略を選んだと言える。脳容量は、ホモハビレス750cc→ホモエレクトス1000ccと増加し、歯と顎は小さくなった。

ここでホモエレクトスの化石から彼らの姿と能力を推定してみる。  ツュルカナ湖でリチャ-ド・リ-キ-が発見した女性の化石・タンザニアのオルメバイ渓谷でルイス・リ-キ-が発見した男性の化石より

・歯はかなり大きく、噛む力は現代人の2~3倍。但し歯も顎もホモハビリスより小さいので口の突出は目立たない。つまり人間的

雰囲気が出てきた。

・脳容積は1000cc。全体に筋肉が発達していて力が強い。つまり強い戦闘能力を持っていたと考えられる。

(ツュルカナ湖で発見されたツュルカナボ-イの特徴)

・以上のようなホモエレクトスの特徴を少年ながら見事に表す骨格化石がツュルガノボ-イなのである。先述のリチャ-ド・リ-キ-の調査隊が発見した。

・半分ほどの骨が残っていたので化石の精密模型(レプリカ)を組み立てることが出来、上野の国立科学博物館に陳列されている。

 推定年齢は第二大臼歯が生えていたので10才、身長160cm成長すれば180cmを超えるであろう。

・胴体に較べて腕と足が長く、日本人と言うよりケニアのマサイ族の人に似ている。骨盤や大腿骨の構造は頑丈で、直立して歩いたり走ったりホモサピエンスと同等かそれ以上であったろう。

・能容量は900cc

・皮膚は濃い褐色で体毛は殆どない。皮膚の色が濃いのは表皮に含まれるメラニン色素が多いからで、これで濃い紫外線から皮膚を守っている。メラニン色素が少ないと紫外線によってビタミンBの一種である葉酸が破壊されてしまう。

(葉酸 ビタミンB化合体の一種、緑野菜・肝臓に含まれ造血に有効)

又皮膚の細胞のDNAが破壊されシミになったり皮膚がんになったりする。強い紫外線を防ぐために濃い肌の色になっている。

・体毛が殆どないのは、全身に分布する汗腺から出る汗を蒸発させ体温を下げる為。そうすれば暑い昼間でも活発に活動できる。一般に汗腺は薄い塩水を出して体温調節するエクリン腺と、蛋白質を含んだ汗を出して毛にまとわりつかせ、体臭を作るアポクリンセン腺とがある。エクリン腺は全身に分布して大量の汗をかく、そういう事が出来るのは人間だけに出来る特徴的なことである。

・体毛がないのに頭髪があるのは直射日光を避ける為、髪の毛に汗を貯め込んで徐々に蒸発させ、脳を冷却する為とも言われる。

・人の鼻の軟骨部分、鼻の先の小鼻は何の為にあるのだろうか。チンパンジ-にはない。軟骨の部分は鼻の穴を下に向かせそこから吸った空気を上に導いて鼻腔の天井にある匂いを嗅ぐ嗅覚神経に届かせる役目である。であるからもし怪我をして鼻が無くなると匂いが嗅げなくなる。

・更に特徴として目の白目が常に見えている事、唇がめくれている事。これらは人間だけの特徴である。

一般の哺乳類では目の空いている部分(眼瞼裂(がんけんれつ))、これが眼球に対して小さく、いわゆる目として見えているのは虹彩(こうさい)だけ。更に一般の哺乳類では人の白目に当たる部分が着色している。それで少し位横を向いても人間の目の様に白目が露出することはない。それは

自分が何処を向いているかを隠すため、つまり視線の方向を隠すためと解釈される。何故なら自分が何に着目しているかが他の個体に分かってしまうと不利なことが多いからである。一方人間の目は白目があるので何に注目しているか常に明白である。それは人間が他の人々の間にお互い手の内をバラすことによって仲間としての親密さと信頼感を高めようとしていると解釈できる。

・人の唇は解剖学的には(せき)(しん)(えん)と呼ばれる。口の中の粘膜がめくれ露出したものである。顔面の皮膚とは違って表皮が非常に薄いので毛細血管が透けて赤く見える。それがSex Appealにもなる。これも他の動物では見られない。それは母乳を吸いやすくするためとも、微妙な感情を表したり言葉を発す時に動くので日頃から顔の表情に注目することの多い人間には特別な魅力を感じる場所ともなっている。

しかし皮膚の色が濃い場合には唇の赤が明瞭でないので唇を厚くしたり、更に縁を盛り上げたりして目立つようになっている。

女性が口紅を付けるのはこの様な効果を更に満足させているのだ。

・ホモエレクトスの(原人)の生長期間は猿人より長くなっている。生長期間の長いことは脳の発達と関係して、それだけ教育・学習の

期間が長くなったことを意味する。そうすると他の人々にも自分と同じ人生があるという事が少しは理解できるようになり、優しさと思いやりを持ち始めたと考えてもよい。尚、ホモサピエンスが言葉をしゃべったかどうかは不明。

・ホモエレクトスが使った石器はどんなものであったか。

最初に使った石器は大きな剥片を主体とするオルドバイ型の石器。つまり石を打ち砕いただけ。其れでも肌理(きめ)の細かい石を使えば

鋭い刃が出来るので動物を解体したり木を加工したり地面を掘るには十分であった。オルドバイ型と言うのはタンザニアのオルドバイ渓谷でそのような石器が沢山発見されたので名付けられた。

(オルドバイ→ タンザニアのゴロンゴロ保護区にある渓谷。リ-キ-一族の猿人化石発掘で知られる)

 

(ホモエレクトスがユ-ラシア大陸に拡散していく物語)

(ジョージア共和国 ドマニシ村の人の化石)  

・その舞台は西アジア、以前はグルジアと呼ばれたジョ-ジア共和国である。黒海とカスピ海に挟まれた、コ-カサス山脈の南にある。

ドマニシ村に中世の遺跡があり、その発掘調査中に人の下顎骨とオルドバイ型石器が発見された。下顎骨は旧人に相当すると思われた。

しかし石器は古いオルドバイ型で原人の時代に当たっており、その時代判断に苦しんだ。その後頭骨の化石が次々と見つかりそれまでの原人(ホモエレクトス)のアジアへの拡散に関する常識を大きく覆すことになった。つまり今まではツュルカナボ-イの様な脳容積の大きな、背の高いホモエレクトスがアフリカからアジアに拡散し、北京原人やジャワ原人に進化したと考えられていたのである。

このドマニシ化石の発見によってかなり初期のホモエレクトスがアフリカからユ-ラシアに拡散したことがはっきりしたのである。

そしてその脳容量や頭骨の形態から初期の原人 ホモハビリスとの類似が指摘されている。

・更に老人の頭骨が発見され、全ての歯が生前に抜け落ちていたことが分かった。この時代に歯のない老人が生き延びることは不可能であったのに。これはここの食糧事情がとても良かったことを意味している。

・そして何よりも重要なことは、ここの動物たちはホモサピエンスが危険なハンタ-である事をまだ認識していなかったことである。

 

⇒このドマニシ化石の発見で、人類の出アフリカの今までの定説が覆り、学会での論争になっている。

 

コメント

・骨の断片から、その全体像・時代の推定を行うのは凄い。それも数百万年前に遡って。しかも地球規模で。

新しい発見でそれまでの定説がいとも簡単にひっくり返る。これは若い研究者の功名心をくすぐる。

人類学者と歴史学者は対象こそ違うが、同じ分野だなと思う。

・中学高校時代にもっとこういう分野に興味を持っていれば又違った人生もあったかな。ただただハンドポ-ルと受験勉強の日々だった。

・次は旧人・新人とホモサピエンスに近付いて行く。