科学と人間「生物進化の謎と感染症」                         講師 吉川 泰弘(千葉科学大学教授)

151030⑤ ヒトと動物に共通の感染症とは~バイオテロとの関連

「感染症法」

今日は人と動物に共通の感染症について話をする。人獣共通感染症は人と動物の共通感染症或いは動物由来感染症、人畜共通伝染病、ジュノ-シス等色々な名称で呼ばれている。学問的には人獣感染症なのでそう呼ぶことにする。「伝染病予防法」改め「感染症法」制定以来、厚生労働省は感染症と言う言葉を用いるが病原体の感染によっておこる病気が感染症、伝染病は感染症の中でも伝播力が強く容易に大流行を起こしやすいものを言う。以前の伝染病予防法が人から人へ感染症する流行病への対策を示した法律であったのに対し、新しくできた「感染症法」は動物から人に感染症病気も含む。予防を主とし、伝染病であれ、伝染性の強くない感染症であれ、患者に配慮する対策であるとする法の精神が

感染症という言葉に込められている。

「人獣共通感染症」→医学と獣医学の連携

人獣共通感染症の対策には医学と獣医学の連携が必要である。この点は細胞病理学の父と言われるドイツの病理学者

ルドルフ・ウィルヒョ-により指摘されている。人獣共通感染症や動物由来感染症などと呼ばれる感染症の元となる言葉は

ズ-ノ-ソス(ZOONOSIS)である。彼はズ-→動物の意、ノ-シスは病気と言う意味のギリシァ語。直訳すれば動物由来感染症なる言葉を作りだし、医学と獣医学の連携に注力した。

WHO(国連の世界保健機構)FAO(世界食糧農業機関)の合同専門家会議で、初めて脊椎動物から人に感染する病気

或いは人と脊椎動物に共通する感染症を定義した。

・次回の講義で紹介するが、人獣共通感染症の多くは動物から人に感染するものである。しかし人から動物に感染する

ものもある。サル類の赤痢、結核など。麻疹(はしか)や、類人猿のポリオも同じである。

・人獣共通感染症は人と動物が同じ病原体によって罹る病気だが、自然宿主では病源体を保有していても病気に罹らない場合もあるので要注意。:健康な齧歯類が親から子へウィルスを伝えていても、問題は生じないのにそのウィルスがヒトに感染すると致命的になることがある。腎症候性出血熱・ラッサ熱・ハンタ-ウイルス肺症候群など。

・1997年WHOは新しく認識された感染症で局地的に、国際的に公衆衛生上問題となる感染症を「新興感染症」と定義した。この定義により過去20年間に30種類以上の新興感染症が出現したことが判明した。

・以前から存在していたが急激にその発生が増加して再出現した感染症は「再興感染症」と定義された。

「感染症の歴史」

・1980年にWHO~天然痘撲滅宣言が出された。一種類だが歴史上初めて人類がウィルスに打ち勝った。輝かしい医学の勝利として記憶されている。

・2010年 家畜の世界で4千年以上の流行の歴史を持つ「牛疫」の撲滅宣言が国際獣疫事務局から出された。

・この頃先進国では抗生物質による細菌感染症の制圧が現実のものとなり、人類は感染症制御しうるのではと楽観論が

広がった。

「現在」  新興感染症・再興感染症の流行 耐性菌

・しかし同じ頃には、新興感染症であるエイズや種々のウィルス性出血熱が世界各地で流行し始め、又デング熱や黄熱、結核等再興感染症が再び人類の大きな脅威となってきている。更に世界的に畜産や養殖、病院内での抗生物質多用で抗生物質が効かなくなる黄色ブドウ球菌、バンコマイシン耐性腸球菌などの耐性菌が大きな問題を引き起こすように

なった。この様に事態に、WHOは感染症に関する楽観論を撤回した。

いずれの国も感染症の危機に見舞われているという危機宣言を出した。その後主要国会議で、国際的感染症の制御が繰り返しテ-マとなった。

2003年 サ-ズ     2009年 パンデミックインフルエンザ      2014年 西アフリカ エボラ出血熱

・近年の人獣共通感染症

  マ-ルプルン病(コウモリからサル)

   エボラ出血熱(コウモリからサル)

   リタウイルス感染症(コウモリからブタ)

  サ-ズコロナウィルスによる呼吸器症候群(コウモリからハクビシン)

  西ナイル熱(野鳥と蚊)

   鳥インフルエンザ(水禽類から鶏)

  ヘンドラウィルス感染症(コウモリから馬)

 この様に野生動物に由来するものが数多くある。

「新しい感染症の発生原因」 先進国のペット、コンパニオンアニマル

第3回の講義で20世紀後半の人獣共通感染症の発生原因が途上国の熱帯雨林開発にあるという指摘をしたが、開発途上国だけではなくて先進国でもまた新しい感染症を発生させている。先進国では従来のペット動物だけではなく、

エキゾチックアニマルと言われる野生動物のペット化がブ-ムとなり、新しい感染症を発生させる原因が増大している。

・米国ではプレ-り-ドッグによる野兎病、ペスト、サルなどが発生した。サル痘の場合は、アフリカからペット動物として輸入した野生の齧歯類が感染しており、同居していたプレ-り-ドッグに感染し、プレ-り-ドッグを購入した人の間に

サル痘が流行したのである。余談ではあるが米国9・11の時、天然痘ウィルスを撒かれたのではとパニックになった。

・アウトドアでの野生動物との接触や、節足動物に刺されることも感染症に罹患する原因になっている。例えば野生

齧歯類やダニなどによる日本紅斑熱、ツツガムシ病、ライム病、ハンタ-ウィルス肺症候群・・・・・・・・。

・更に先進国では家畜の経済効率を求める大量飼育方式や、蛋白質の再利用などによる新しい感染症が生まれている。バンコマイシン耐性感染症、サルモネラ症、BSE、O157・・・・・

「今後の感染症対策」

世界を震撼させる新興感染症の殆どは人獣共通感染症である。その流行は容易に国境を越え、グロ-パル化し繰り返し流行を起こす。これまで行われてきた従来型の人や家畜だけを対象として下流からの感染症調査や研究、対策や措置だけではなく、環境や野生生物学、生態学と言った上流からの視点からの研究を進める必要がある。又野生動物や家畜、畜産物を介して広がる感染症には国境というバリヤ-は意味をなさなくなっている。グロ-パルな対応が求められる。

 

「コメント」

伝統的な伝染病、感染症だけではなく環境変化によって新しい感染症がドンドン現れてくるのだ。戦いは終わらない。

犬、猫以外のペットは禁止すべきでは。特に野生動物は色々な意味で危険だと前から思っていたが、裏付けられた。

どんな病気を持っているか分からないのだ。それにしても、講師は誰をターゲットにして話しているのか。細部にわたりすぎるのは性格か、我々は大づかみでいいのに。