科学と人間「生物進化の謎と感染症」                         講師 吉川 泰弘(千葉科学大学教授)

151120⑧ ウィルスの適応と進化

700種類以上ある動物由来の感染症をより深く理解するためにこれから2回、ウィルスの戦略とその多様性又宿主の

防衛手段とその進化という両方の面から感染症を考えてみる。ウィルスは栄養素を取り入れて自分でエネルギ-生産をすることが出来ず全て宿主の細胞に依存するので、生きた細胞の中でしか増殖できない。また細菌や通常の細胞の様に二分裂で増えるのではなく全遺伝情報を担うゲノムだけを複製し別に蛋白質などを合成させ一気に組み立てるという方式をとっている。細胞が手工業ならウィルスは近代工業のベルトコンベヤ-方式で組み立てを行うと言える。

「ウィルスの感染の過程」

・ウィルスの複製と転写と翻訳

ウィルスは標的細胞の受容体セクタ-に結合する。そのままウィルスの被膜と細胞膜が融合してウィルスゲノムが細胞質に注入される場合と、ウィルス粒子細胞内に取り込まれる場合がある。ウィルス粒子内に複製酵素(ウィルスを複製するための酵素)を持っている場合は直接ゲノムの複製が起きる。しかしウィルス粒子内に複製酵素を持っていないウィルスは感染した細胞に複製酵素を作らせる。複製酵素はRNA(ゲノムがRNAで出来ているウィルス)ならRNA依存性、合成酵素DNAウィルスならDNA依存症合成酵素である。DNADNAの複製とメッセンジャ-RNAを合成する。DNAからメッセンジャ-RNAを合成することを転写と言う。一方RNAはゲノム自体がメッセンジャ-RNAとして働くものがあるが、メッセンジャ-RNAとして働かないもの即ち-RNAは粒子の中の複製酵素で+RNAを作る。

リボゾ-ムの働きでメッセンジャ-RNAが今度はそれに対応するアミノ酸に読み替えそれぞれが集まって蛋白質となる。このメッセンジャ-RNAから蛋白合成のプロセスを翻訳と言う。

転写と翻訳はこれから何度も出てくるのでここで理解しておいてほしい。

アミノ酸そして蛋白質の合成工場であるリボゾ-ムなどでウィルスは自前のものを持っていない。全て標的細胞にある

ものを利用する。こうして複製酵素が出来たらウィルス遺伝子の複製が行われる。その為の材料であるNAまたはRNAも標的細胞が調達する。

その他の材料即ち構造蛋白質をつくらねばならない。この過程もメッセンジャ-RNAに転写して或いはウィルス遺伝子をそのままメッセンジャ-RNAとしてそれから翻訳して進む。こうしてウィルス遺伝子の組み立てゲノムの挿入が起こり細胞内輸送により完熟を許す粒子は感染細胞から放出される。感染してから24~48時間で1細胞当たり多数のウィルス粒子が産出される。ウィルスによって自分で増殖する足場を作らせるものがいる。上皮細胞で増殖するボックスウィルスは

細胞が生産する上皮細胞増殖因子などによる類似の遺伝子を持っている。ウィルスはこの遺伝子を使い宿主である兎の上皮細胞を異常増殖させながらウィルス増殖の場を増やしている。他のボックスウィルス例えば牛痘や天然痘など

ウィルスのグル-プでも上皮細胞増殖因子用蛋白質(PVGF)は、上皮細胞の増殖を誘発する類似の現象が見られる。天然痘などに特徴的な皮膚病変である麻疹はこうしてウィルスの指令によって作られウィルス増殖の足場に利用される病巣である。ウィルスは細胞の最も重要な蛋白質合成工場であるリボゾ-ム蛋白質構造即ち翻訳機能を乗っ取る。細胞のメッセンジャ-RNAの翻訳機能で遺伝情報を読み取って蛋白質に置き換える機能であるが、これを止めてウィルスのメッセンジャ-RNAだけを読み取らせようとする戦略である。

種々のウィルスが異なる戦術でこれを行っている。

インフルエンザウィルスはメッセンジャ-RNAのキャップいわゆる帽子を作らず宿主のメッセンジャ-RNAのキャップを切り

取って自分のメッセンジャ-RNAのキャップとして利用する。キャップはメッセンジャ-RNAの一方の端に作られる構造でメッセンジャ-RNAが完成し機能するために必要なのである。キャップを奪い知られた宿主のメッセンジャ-RNAは翻訳である。

別の戦略もある。メッセンジャ-RNAは細胞の翻訳開始後合体と言われる酵素複合体によって複合が開始される。

ウィルス蛋白質の多くはこれらの複合体と結合することによって細胞のメッセンジャ-RNAの翻訳を止めてしまう。

ソクゴウタイ構成する蛋白質の種類が多いので、色々な種類の蛋白質がこの複合体に結合する事が出来、翻訳を停止させる。しかし細胞のメッセンジャ-RNAの翻訳を止めながら何故ウィルスのメッセンジャ-RNAの翻訳は可能なのであろうか。ある種のウィルスは細胞のメッセンジャ-RNAと異なりウィルスのメッセンジャ-RNAの中に酵素複合体の様に独自にリボゾ-ムに結合できる部位を持っていることが分かった。その為細胞のメッセンジャ-RNAを翻訳出来ないようにしてウィルスのメッセンジャ-RNAのみを翻訳できる工場にしてしまう。こうした現象をウィルスのシャットオフ機能と呼んでいる。ウィルスに感染すると宿主の防衛機能にもスイッチが入り生物進化の中で獲得してきた色々な防御機能が順次働く。細菌ウィルスが合成する蛋白質の中にこうした生体防御得な初期の防衛反応を止めてしまうものが見つかっている。

初期のウィルスの増殖を止める最も有効な因子はインタ-フェロンである。ウィルスの増殖を特異的に阻害、即ちインタ-フェアするのでこの名がある。例えば昨年流行したデング熱のウィルスは自分の増殖に必要なウィルス粒子の構造

蛋白質の他にウィルス粒子にとりこまれない非構造蛋白質ノンストラクチャ-(NS)を作る。

 

ある種のNS

・産生を阻害する。又他のNSタンパクは産生されたNSによって次の免疫応答を誘発する為に働く細胞質核内の主要な情報伝達因子の機能を止めてしまう。こうした例は他のウィルスでも見られる。ウィルスが自分の増殖にとって不利になる

宿主の因子の生産や免疫反応への誘導を止めてしまうのである。

「ウィルスの変異」

ウィルスにとって最大の強敵は宿主の免疫反応である。従ってウィルスは免疫機構から逃れる為に様々な手段をとるが最も良く取られる方法はウィルスの変異である。ウィルスの変異とは何だろう。

生物は環境に適応するために多様性を作り出す機構を持っている。人では主に遺伝子組み換えと父母由来の染色体の選択により多様性を作る。同じ父母を持つ子供でも全く同じ精子や卵子が出来る確率は1/10億である。しかしウィルスの様に単純なゲノムでは正確に複製すると同じコピ-が出来るだけで全く多様性がない。こうなるとワクチンや免疫で簡単に排除されてしまう。このようなリスクを避けるためにウィルスは二通りの方法を使う。

 ●インフルエンザウィルスは遺伝子毎に8本の分節に分かれている。二種類のウィルスが同じ細胞に感染すると遺伝子

   の組み換えが起きる。2の8乗の子供ウィルスが出来る。このように誰も免疫を持っていないインフルエンザウィルス

   が出来る可能性がある。新型インフルエンザウィルスはこうしたメカニズムで生まれる。

 ●一方ウィルスの複製酵素はいい加減な所があり、この為にエラ-を起こす。場合によっては一つのアミノ酸の置換や

蛋白質の立体構造の変化が起きる。抗原シフトと呼ばれる。ワクチンを用意していてもいつの間にか効かなくなるの

こうしたウィルスの変異によるものである。

ウィルスにとって抗原シフトは必須の生き残り策であり、免疫から逃れる最後の手段である。

「免疫系への攻撃」

一方ウィルスには免疫系から逃げるだけでなく免疫系を攻撃し破壊するものもある。人の麻疹はリンパ組織を始め全身で

増殖する。

・日和見感染

特に胸腺、免疫細胞であるT細胞の中枢で細胞免疫中枢と言われている。或いはリンパ節で激しく増殖するので、感染

発症すると一時的に免疫不全となり日和見感染が起きて重症化する。

日和見感染→日頃は何も悪さをしないが宿主が弱体化すると突然感染発症する常在細菌の感染症の事を云う。

・エイズウィルス

 時間をかけて免疫機能を徹底的に破壊するのがエイズウィルスである。最終的に免疫機能をほぼ0にする。常在して

 いる微生物の感染、即ち日和見感染で死に至る病である。人類はまだエイズウィルスには勝利していない。

・ヘルペスウィルス

 単純ヘルペスは一度感染し免疫が出来ると体内の神経節細胞に潜り込み眠り込んでしまう。ストレスが掛かったり

 免疫系が弱まったりすると眠っていたウィルスが再活性化増殖が始まり再発を繰り返す。こうしてウィルスは生涯宿主と

 共存していく。水痘は子供の時に罹る病気である。発熱と発疹症状のでる比較的予後の良好な感染症である。皮膚に

 達したウィルスは血管内細胞で増殖し水泡を形成し名前の通り臨床的に水痘を発症させる。ヘルペスウィルスなので

 水痘が治った後も脊髄神経節や三叉神経節に潜伏する。多くは中年以降になってウィルスが再活性化すると、帯状

 疱疹として発症する。同じウィルスが潜伏感染し二つの違う病気を起こす。

「ウィルスの起源」

よく分かっていないが原始生命の時代に自分でエネルギ-を産生しない未分裂で増殖しない生命体として細菌から

分岐進化したと思われる。原核生物を含むすべての細胞はゲノムを複製し蛋白質など合成し全てを2倍にした上で分裂する。しかし二分裂方法の変形や細胞質を分分裂させ一気に増殖する方法をとる場合もある。ウィルスの寄生体としての進化の方向はSimple is bestの戦略で進んだ。徹底的に無駄をなくすこと、冗長性をそぎ落とす事を目指した。

自己再生産のみを目的とする戦略では、最低限必要な要素は全遺伝情報を担うゲノムと複製酵素と粒子構成蛋白質

だけである。如何に早く効率よく自己複製をするかが競争原理となった。しかしウィルスの進化は別のグル-プを生み

出した。宿主の中で長く留まろうという戦略である。宿主の中で持続的に感染したりヘルペスの様に潜伏感染により感染した個体の中で出来るだけ宿主と共存したり。しかしこの場合も宿主が死んでしまうと生きた細胞でしか生存できないウィルスも滅んでしまう。宿主が死ぬまでに次の世代に感染しなければならない。ゲノムを宿主の染色体に組み込み、宿主の細胞が分裂する度に受け継がれていく仕組みを作り上げた。更に精子や卵子を通じて伝播する。

 

「コメント」

今までで一番手こずった講義であった。前半の部分はまるで理解不能。さてどうまとめるか、お経みたいにやるか、

分からない所は飛ばすか。結局お経みたいになったかな。門外漢に専門用語の羅列は如何かと思うし、もっと噛み砕いて話す努力も欲しい。しかしこんな講師に負けてたまるか。