こころをよむ「漢詩に見る日本人の心」                 金田 栄一(歌舞伎研究家・元歌舞伎座支配人)

 

160131④「芝居はまず役柄ありき」

 

「役柄の成立」

 

役柄というのは特殊な言葉ではないが、歌舞伎における役柄というのは、一般的に使われる以上に大きな意味を持っている。つまり役柄とは登場人物を分類したものといえる。しかし沢山ある役をいくつかに分類したという事ではなく、寧ろ

役柄という観念が先にあって、それに沿って登場人物を設定して物語を作っていくのである。ここが西洋演劇とか、私達が普通考えているような演劇の在り方とは逆の、全く違う性格を持っている。それが歌舞伎の役柄であり、本質なのである。役柄が確立したのは江戸時代の早い時期である。つまり女歌舞伎、若衆歌舞伎というのがその風俗の乱れから禁止されて、芝居そのものが全面的に禁止される恐れがあった。役柄設定しバタ-ン化したのが存続出来た要因の一つ、又女形と男方つまり役割を明確に規定し、その役割を明確にした事でもあった。その役割の区分は舞台の上だけでもなく、役者一人一人に役柄が割り当てられ、それが明確に分業されて身分制度の一つとして厳格に守られてきたのである。

 

「役柄システムの変化」

 

しかし時代の流れと共にそういった縛りも緩み、芝居の中に新たな役柄も登場した。それから他の役柄を兼ねる役者も出てきた。現代になれば、役者の芸域も広がってきている。色々な役柄を演じられるという事で人気も高まるので、今の役者たちは何でもできるという感じになってきている。しかし例えば女形を極めて行く「真女形」という言葉があるが、そういった人たちも育って欲しい所ではある。

 

「役柄の分類」

 

その役柄が作られてきた過程を見てみる。つまり立役と女形。これが最初の大きな分業であった。その立役の中から、

まずは敵役(かたきやく)というものが専門化していく。更に立役の中でも、前髪のついた若い役柄つまり若衆方、老け役のおやじ方、そしてコミカルな演技をする道化役、こういった専門職ができ上がっていく。女形は若女形と花車形(かしゃか゛た)という区分ができ上がる。そこに別の形で子役というものもある。当然芝居は大変な数があるし、そこに登場する人物といえば数限りなくあるので、色々な形の役柄がある様に見えるが実は10~20程度に分類されている。これは役柄が先にあって、それに合わせて物語が描かれてきたからである。この様に役柄というのがバタ-ン化されているのが、他の演劇と根本的に違う所で

ある。それが歌舞伎の本質なので、芝居の筋は問題にならないのである。

 

「歌舞伎の見方」

 

つまり歌舞伎というのは、どの芝居を見ても「いい人」「悪い人」「美しい人」「強い人」「面白い人」そう言った姿がくっきりと色分けされているのである。そこに特徴のある衣裳、かつら、様々な化粧の仕方とか、役柄を特徴づける色々な工夫があって、役者が舞台に登場してくると一目瞭然にそれが分かるように表現されている。歌舞伎というのは実にシンプルで、親切で丁寧に、観客本意に作られていることを理解してほしい。歌舞伎を見るときに、物語の展開を理屈で追うのではなくて、役柄で追っていくのである。この人がいい人で、この人が悪い人で、こうなって行くとこういう人が出てくる、だからこうなるのだ という風に役柄で追っていくと実に分かり易く見ることが出来る。ここが歌舞伎を見ると一番のポイントなので

ある。こういう見方をすると歌舞伎に親しんで貰えると思う。

 

「立役」

 

これは広い意味で使うと、男役全般の事である。立役という言葉は立方(たちかた)という言葉から転じている。つまり囃子方、地方(ぢかた)(音楽を演奏する人)にたいして立って動作をする人、能・舞踊でも立方と言うが同じ意味である。そして立役というのは

狭い意味で考えると、敵役以外の善人全般をいう。立役に特徴的なのは江戸の荒事・上方の和事もその一つであるが、

 

もうひとつ重要なものは実事(じつごと)といわれる正義感に富んで思慮分別のある人格の優れた人物こういった役柄を実事と言うが、もっと狭い意味では実事の役柄に限定して立役という言い方がされる。

 

(実事)

 

「仮名手本忠臣蔵」の大星由良助「石切梶原」の梶原平三景時、熊谷陣屋の熊谷直実といったしっかりと腹のすわった武将、侍であるが、姿も凛々しく理想的な男性像とされる役柄であるが、狭い意味では実事という。

 

「女形」

 

これは女性の模倣ではなく、女性では表現できないくらいの理想の女性像、それも芸を極めて作り上げた、それが女形なのである。年齢では、「若女形」と「花車方(かしゃかた)」に大別される。花車というのは、色町の茶屋女房あるいは年配の仲居、そういったものを指す言葉から入ってきたが、大きく年配女性の役柄全般を言う。女形は細かく言うと傾城、赤姫、里方、世話女房、肩外しなどそういった役柄が出来あがっている。

 

(傾城)

 

女形が出来あがる過程で最初から重要視された役柄である。女方を極めて行く中で、まず傾城というハ-ドルの高い

一番難しい役柄をまず目標にして習得する大切さは、初代吉田あやめ以来伝えられてきている。

 

(赤姫)

 

女方の代表の一つである。歌舞伎に登場するお姫様であるが、大概赤い衣装を着ている。それからその役柄を言う様になった。この役柄の特徴は美しくて高貴で一途さ、多くの場合は淋しい恋に泣いている。代表的なものは三姫といわれる。

 

「本朝廿四孝」の八重垣姫、「金閣寺」の雪姫、「鎌倉三代記」の時姫

 

(片外(かたはず))

 

女方の役柄の中で重要なものであるが、このカタハズシというのはかつらの名前で、このかつらを使うのでこう呼ばれる。武家に仕えて男の武士にも勝るとも劣らぬ毅然とした態度を持って、判断力・勇気を持った立派な武家の奥方或いは

武家に仕える女性をいう。「伽羅先代萩」の乳母政岡、「鏡山旧錦絵」の岩藤、「仮名手本忠臣蔵」九段目 山科官許の場の加古川本蔵の女房・戸無瀬、「彦山(ひこやま)権現(ごんげん)(ちかいの)助剣(すけだち)」のお園。

 

「敵役」

 

そして歌舞伎で重要な役柄に敵役がある。敵役と呼ばれる悪人が登場して、舞台の緊迫感を高める。敵役が登城する事が、芝居の展開の第一歩なのである。敵役は立役の中で最初に役柄として確立されている。敵役と言っても映画やTVドラマに登城するような単なる悪者ではなくて、其の多くの役柄は座頭或いは主役に匹敵するような役割を持っているので、それ相応の格を持っている役者が演じる。実際に敵役と言っても大きな物が沢山あって、大きさの順に追ってみる。

 

 ・公卿悪

 

  皇位を奪おうとしたり、国政を専断しようとする身分の高い公家を表す。その風体は、頭に金冠を被り、白衣を纏い、「王子」とよばれる長髪を誇張した鬘と、鬚鬘とよばれる顎鬚をつけている。隈は「公家荒れ」と呼ばれる青系統のもの。超人的な力を持ち、権力を操って天下を狙うので、このような独特の扮装で巨悪を表現している。見得をきる時も真っ赤な舌を出して異様な気味の悪さ強調する。「暫」の清原 武衡、「菅原伝授手習鑑.」の 藤原時平。

 

 ・国崩し

 

  お家の乗っ取りをたくらむ巨悪。「新薄雪物語」の秋月大善、「伽羅先代萩」の仁木弾正、

 

  歌舞伎では大善、弾正は敵役のしるし。

 

 ・伯父敵

 

  お家騒動では必ず黒幕が出てくる。これを伯父敵という、親類筋の悪人という事か。

 

 ・赤っ面

 

  顔を赤く塗る化粧を指して、又その役そのものを赤っ面という。大悪人の家来や手下などはこの化粧で現れる。

 

  平敵、端敵と呼ばれる。

 

 ・(しき)(あく) 

 

  悪役の中で江戸時代の文化文政の頃に定着したもの。鶴屋南北の際物というのがある。社会の底辺を極めて写実的

  に描いた作品であるが、登場してくるのが退廃した世相を背景にした悪が、カッコよく見えるという風潮である。ここに

  登場してくるのが色悪と悪婆である。色悪というのは見るからに青白い二枚目、それでいて体内には冷たい血が流れ

  ているような非情な悪という役柄である。「東海道四谷怪談」の民谷伊右衛門。文化文政時代にこういった役柄が

  生まれたが、近年になって再び人気が出て来ている。

 

(あく)()

 

 女の敵役である。老婆ではない。あくまで歌舞伎というのは、女性の女性らしさを描くものであるが、それから外れた

 

 ゆすり・たかりを働くような非道な女の事である。「お染久松」の土手のお六がその典型。その役柄も中々魅力が

あって、女方としては演じてみたい役柄である。

 

「二枚目」  

 

  芝居小屋では、11月に向こう1年の出演者をお披露目する顔見世が行われる。その看板には役者名が一定の決まりで並んでいる。その看板の名前の書きだしの部分は、主役である立方、二番目つまり二枚目の所に和事、濡れ場と

   いう言葉もあるが、綺麗な・若い・女性に人気の立役が書かれる。この事から二枚目という言葉が美男の代名詞と

   なる。

 

   二枚目の代表芝居が、男女の色恋を演じる上方の和事。これが女性の人気を集める役柄である。

 

・ツッコロガシ

 

特に上方の和事で特徴的なのが「ツッコロガシ」。後ろからツンとついたら転んでしまう、いかにもナヨナヨとした力の

ない若旦那である。

 

・ピントコナ

 

ツッコロガシよりやや強さを持った上方の二枚目がピントコナ。立役のきりりとした強さを持った役をいう。「伊勢音頭(こいの)寝刃(ねたば)の福岡貢である。

 

「前髪」

 

  若さと美しさの象徴である。元服すると前髪を取るが、歌舞伎ではこれを大人にもつけて、その若さと美しさを表現

  する。「菅原伝授手習鑑」の桜丸というのは結婚しているが、これには前髪が付いている。前髪を付けることによって

  若さと清々しさとどことないひ弱さも表す。歌舞伎というのは、必ずしも習慣に沿うのではなく、効果的なところには何で

  もありなのである。

 

若衆(わかしゅ)

 

  元服前の前髪であるが女性のように襟を抜いて、俗にいう「抜き衣紋」と言う、この着付けをするのが若衆の特徴である。「仮名手本忠臣蔵」の大星力弥、これが若衆の典型。襟元に注意。

 

「子役」

 

  歌舞伎に子役が登場する演目は多い。子役の演技は特徴的である。甲高い調子のセリフと典型的な動作で成り立っている。

 

   子役というのは表情や、細かいセリフで感情をあらわすことはない。つまり悲しい時には首を横に振る。嬉しい時には手を叩く。泣く時には目の前に両手を持ってきて交互に上げる。そういった仕草だけで感情を表す。つまりこういった

   動作は人形の動き、或いは人形芝居から転じて来たといわれる。子役のセリフは、非常に甲高い声で一本調子。これは無邪気で、可憐な子供らしさとも見ることが出来るが、必要以上の演技をさせずに、大人の芝居を妨げない工夫というのが正しい。

 

   これらのことも歌舞伎を作ってきた先人たちの工夫であろう。男女別にみるとほぼ半分。画一的な演じ方であるから男女差、個人差も感じないので好都合でもある。一般の人の、又役者の子弟も混じりあっている。