こころをよむ「これが歌舞伎だ」                 金田 栄一(歌舞伎研究家・元歌舞伎座支配人)

160228⑧「まずは知るべき三大名作」

日本人は何かと三大〇〇というのが好きである。三大美女・三大祭・三景・御三家・三羽烏・三人娘・・・・。

歌舞伎にも三大名作という人気作品がある。「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」

この三作品は竹田出雲・ 三好松洛(しょうらく)・並木千柳の合作。最初は大阪の竹本座から人形浄瑠璃として初演されたが、すぐに歌舞伎に取り入れられて、大ヒット。今でもこの三大名作は数ある歌舞伎作品の中でも重要な位置を占めている。

 

「菅原伝授手習鑑」

菅原道真の失脚事件(昌泰の変)を中心に周囲の人々の生きざまを描く。歌舞伎では四段目切が「寺子屋」の名で独立して上演されることが多い。

この芝居は菅丞相(かんしょうじょう)(菅原道真)の世界を題材にして、この初演当時、大坂で三つ子誕生が話題になっていたのでこのエピソ-ドを取り入れている。前半の部分は菅丞相(かんしょうじょう)に謀反の疑いがかけられ、大宰府に流罪となる次第が主題である。

後半部分は、その菅丞相(かんしょうじょう)の物語を背景としながら、この三つ子の生き様が描かれている。この三兄弟の親子の別れも

もう一つのテ-マなのである。

●あらすじ

醍醐帝の御世、英明の誉れ高い菅丞相(かんしょうじょう)(右大臣菅原道真)、丞相の政敵である左大臣藤原時平(しへい)、帝の弟である(とき)()親王の3人に舎人としてそれぞれに仕える梅王丸、松王丸、桜丸という三つ子の兄弟がいた。菅丞相(かんしょうじょう)の娘 刈谷姫。

・加茂堤の段

 菅丞相(かんしょうじょう)の娘 刈谷姫と帝の弟(とき)()親王は人目を忍ぶ恋仲、これを桜丸とその妻が手引きする。しかしこれが後に

 菅丞相(かんしょうじょう)窮地に追いやる引き金となる。

・筆法伝授の段

 菅丞相(かんしょうじょう)が家に伝わる筆法を弟子に伝授する。これを古参の弟子である左中(さちゅう)(べん)希世(まれよ)(藤原時平の家来)が手に入れようと

 するが、しかし腕も素行も悪いので今は勘当している武部源蔵に伝授しようとする。この武部源蔵が貧しい寺子屋を

 営んでいる、その寺子屋の場面へと繋がって行く。 

・築地の段

 藤原時平が、先程の刈谷姫と斎世親王との一件から菅丞相(かんしょうじょう)謀反の讒言をして、ここで大宰府への流罪が言い渡され

 る。 藤原時平の命を受けた刺客が襲うが、自ら彫った木像のお蔭で難を逃れる。そして刈谷姫に別れを告げて大宰府

 に下る。

・車曳の段

 吉田神社に参拝する藤原時平の牛車に梅王丸と桜丸が立ちはだかり、主人の無念を晴らそうとする。時平の形相と

 眼力に怯む。この段は演目の中でもいかにも荒事に仕上がった歌舞伎らしい場面になっている。江戸歌舞伎らしい味わ

 いをもった人気の一つである。

・賀の祝

 三兄弟の父 四郎九郎の長寿の祝で三兄弟が揃う。ここでは先日「車曳」の段で睨みあった三兄弟の後日談という事に

なる。ここで桜丸は菅丞相(かんしょうじょう)を自分の行いで罪に落としたという事で死の覚悟を決めている。ここで父と子の悲しい別れが

描かれる。ここの場面には三兄弟の妻たちも登場する。その名前が松王丸→千代、梅王丸→春、桜丸→八重。夫婦

それぞれの名に関連がある。作者の意図・アイディアが感じられる。 

・寺子屋の段

 寺子屋を営んでいる武部源蔵の所に菅丞相(かんしょうじょう)の子、菅秀才が匿われている。藤原時平から菅秀才の首を討って渡せと言われる。窮地に陥った武部源蔵は松王丸の子 小太郎を身代わりとする。首実験役の松王丸は「菅秀才の首に違いない」という。松王丸は自分の子を身代わりにして菅丞相(かんしょうじょう)の恩に報いるという壮絶な場面である。この芝居のクライマックスである。

 

「義経千本桜」

この演目は源義経を軸とした演目である。しかし義経というのは、この演目に限らないが必ず象徴的な姿で登場するで、

むしろ脇役と言った方がよい。主人公となるのは佐藤忠信、しかしこれは本物の佐藤忠信ではなく実は狐の化身という事になっている。そして平家の武将 平知盛それと無頼漢で知られるいがみの権太。この演目に流れるテ-マは、平家が滅んで実は死んだはずの三人の武将、それが生きていたというのである。近年は余り上演されないが、堀川御所の場では、頼朝の所に届いた平家の武将の首、その内知盛、維盛、教経この三人が偽首であるという、そういった所から芝居が始まる。この三人が生きていて、義経の周辺に再び現れるというのが、この演目全体を流れる一つのテ-マになっている。中でも平知盛は大きな主役の一人として、重要なポジションを占めている。

・伏見稲荷(鳥居前)

 義経は後白河法皇から初音の鼓を賜る。そして頼朝から追われ、京から落ち延びることになるが、この時に静御前に

 初音の鼓を与えて別々に旅をすることになる。その静御前の前に義経の家臣の佐藤忠信が現れる。しかしそれは本物の佐藤忠信ではなく、初音の鼓の皮になっている狐の子供という事になっている。その子狐が親を慕って、その鼓を慕って、その鼓を持っている静御前と共に旅をするという童話のような話である。

・河連法眼の館

 義経の前に本物の佐藤忠信がやってきて、それまで静御前に従ってきた佐藤忠信が偽物で狐だという事が分かる。ここでは子狐が親を慕う心情が語られやがて子狐は鼓を与えられて遠くへ飛び去って行くという幕切れとなる。ここでの幕切れは本来、桜の木に登って行くような形で決まるのであるが、ここで二代目市川猿之助(二代目市川猿翁)時代に体をワイヤ-で吊って客席の上を飛んでいくという即ち宙乗りのという演出を試みてこれが評判を呼んだ。この宙乗りは江戸時代からあった演出であるが、明治以来途絶えていたのを猿之助が復活したのである。

・渡海屋大物浦

 義経の一行は船で九州へ向かおうと、渡海屋という船宿に逗留している。この渡海屋の主人の銀平は、実は壇ノ浦で沈んだ筈の平知盛そして女房のお龍は安徳帝の乳母典侍の局、娘 お安は安徳帝である。天候が悪い中、銀平は義経

 一行を打ちとらんと船を出すが、義経に逆襲され海に没する。 

・鮨屋

 更にもう一人の主人公 いがみの権太を紹介する。吉野の鮨屋の息子 ここには平維盛が弥助という使用人になって身を隠している。この鮨屋の娘お里は、そんなことは知らず弥助に恋をしている。いがみの権太は弥助の本名を知り源氏方に通報する。そしてそこを訪ねてきた維盛の妻と子供を源氏方に突き出す。そのやり方に激怒した父親は息子 

 いがみの権太を刺す。しかし権太は息絶える前に突き出したのは、権太自身の妻と子であると言う。自分の妻子を身代わりにしたのである。

 この様に悪人と見られた人物が、死に際に主人などを救う為、悪人の振りをしていたと告白するという演出を戻りという。こういう役を演じるときには、戻りの場面に入る前に底を割る、つまり善人であるという事を匂わせてはいけないと

 言う決まりがある。

 

「仮名手本忠臣蔵」

三大名作の中でもとりわけ人気の高かった作品である。当時実際の武家社会を芝居にすることは禁じられていたので、赤穂とも浪士ともいわず、あくまで曽我兄弟の仇討という事で芝居にしているが、初演は三日で上演中止となる。その後色々と工夫をして上演されたが度ごとに上演中止となる。結局三人の合作で書かれた現在の「仮名手本忠臣蔵」が上演されたのは、事件後50年近く経ってからであった。これが決定版となった。この「仮名手本忠臣蔵」の舞台は、足利忠義の時代、鎌倉幕府の末期と言う設定。歌舞伎武家物の多くは、時代設定を鎌倉時代に持っている。場面は鶴岡八幡宮から始まる。

登場人物は、吉良上野介→高師直、浅野内匠頭→塩谷判官、 大井氏内蔵助→大星由良之助、大石主悦→大星力弥

「仮名手本忠臣蔵」が通し上演される場合、開幕前に口上(こうじょう)人形というコミカルな人形が登場する。この人形が配役を読み上げていく。そして最後は首を一回転させて観客の笑いを誘う。 

●あらすじ

・鶴岡歌兜改めの段

 登場人物は全て人形のように俯いている。幕が開くに従ってその人物に血が通って、徐々に顔を上げていく。荘厳な

 幕開きから始まる。高師直、塩谷判官そして桃井若狭の助が顔を合わせるが、桃井若狭の助は血気盛んでまずは

 高師直の標的 になる。

・進物の段 

 若狭の助の家老加古川本蔵が高師直に賄賂を贈って事なきを得るが、逆にその矛先が塩谷判官に向かう。終に

 判官が刀を抜いて高師直に切りつける。

  ・判官切腹の段

   判官は切腹を申し付けられ、国元から大星由良之助が駆け付け復讐を誓う。更に華やかな舞踊の場面 道行旅路

   の花婿というのがある。これは判官が高師直に刃傷に及んだ時、その家臣であった早野勧平が腰元のお軽と会って

   いた為大事な場面に居合わせなかった。その為二人はお軽の故郷へと鎌倉を駆け落ちする。 

  ・山崎街道

   お軽は勧平が討ち入りに加われるようにと、祇園に身を売って50両を作る。その金を持ったお軽の父が山賊に殺さ

   れ金を奪われる。しかしその山賊を勧平がイノシシと間違えて撃って、50両を手にする。いよいよお軽は祇園に売ら

   れていくが、その時に父の遺骸が運び込まれる。父が持っているはずの財布を勧平が持っているので母親は夫を

   殺したのは勧平と決めつける。追い詰められた勧平は腹を切るが、仲間の検死で父の死は鉄砲でなく刀であること

   が判る。「仮名手本忠臣蔵」でもクライマックスの場面である。

  ・祇園一力茶屋の段

   「仮名手本忠臣蔵」で一番華やかな場面である。大星由良之助は連日豪遊をしている。周囲の目を欺くためである。

   息子の力弥が密書を持ってくるが、遊女になっているお軽に盗み読まれてしまう。この為由良之助はお軽を殺そうと

   するが、その事情と健気さによって許す。

  ・討ち入りの段

幕が開くとそこは鎌倉の高家表門。深々と雪が降り積もっている。浪士たちが勢揃いしている。ここでトントンと太鼓

の音が聞こえてくる。これは歌舞伎ならではの約束事、雪音である。いかにも静かな雪の夜更け、その音がないはず

の雪に音を付けることでより静けさを感じさせる趣向である。これは写実を乗り越えて歌舞伎を作ってきた先人たち

のアイディアである。炭小屋に隠れていた高師直を見つけて本懐を遂げる。

 

「仮名手本忠臣蔵」は御馴染みのスト-り-と共に壮大な作品全体の中で、一人一人の登場人物が見事に語られて

いる。