1月  ①黄昏(たそがれ)に吹き抜けてゆく秋の風五百羅漢のつぶやきに似て

     ②健さんが見上げて泣いた夕張にあのハンカチが今日もはためく

 

2月  ①ベランダのガラス戸透かして子狸は我の心を覗き見しおり

     ②カラカラと風に吹かれて枯れ蓮は重き心の奥を震わす

 

3月  ①ひこばえの生うる枯れ田に霜降りて白き息吐く赤きランドセル

     ②虚しくて迷える夜は味噌をつけ臭う野蒜(のびる)を食いて眠りぬ

 

4月   ①(にび)色の空母の櫓そびえたち小舟で揺れる我を見下ろす

     ②初雪の積もれる朝に我一人童となりて椿を拾う

 

5月   ①眠れずに物思うかな賢しげな人の一言に黒雲の湧きて

      ②冬の日の射し来る窓辺にまどろめばのど自慢の鐘遠くに聞こゆ

 

6月   ①老いの坂転がらぬようガ-ドレ-ルに足を引っ掛けストレッチをする

      ②麻痺の人に手を差し出せばリハビリですと思わぬ強き言葉帰りき

 

7月   ①鎧付け兜をかぶるオニオコゼ唐揚げたるを()から食う

      ②咲き匂う菜種の花に戯れる蝶に春の日をそっと委ねる

 

9月   ①信管を抜かれしままの不発弾我の心の暗闇にあり

      ②安楽死自然死客死尊厳死人に知らえぬ孤独死の良し

 

10月  ①憂き事がいよいよ心に(わだかま)(こて)持ち壁に塗り込めるべし

     ②ぬるい湯から上がってコップの燗冷まし一人呑んでる留守番の夜

 

12月  ①日に焼けたハイネ詩集の「夢の絵」に父の残しし書き込みのあり

     ②心底に(うごめ)く邪鬼を踏みつける四天王こそあらま欲しけれ