1908827⑨ナポレオン誕生250年『「文化革命」としての性格とジェンダ秩序』

 

1789年三部会招集から始まってバスティ-ユ監獄攻略と革命的状況になって以降、様々なことが起きたが、単なる政権奪取だけではなく、全体的なものの考え方、生活文化の考え方も含めて、根本的改革を求める一種の文化革命としての性格を帯びていた。これを六つのポイントから話す。

「文化革命の諸点」

〇人権宣言

 17898月に人権宣言を打ち出した。この精神は91年憲法に全文が収録され、93年・95年憲法にも

 修正はされるが基本的に引き継がれた。

 ・個人の自由(啓蒙思想から由来する)

 ・主権在民

 ・法的平等

 ・法治国家の原則

〇全国一律の法体系化に置く

 旧来の州を廃止し、83の県を置く。中央集権化に、地方行政制度の整備。従来の州毎の差異を

  なくし、平等に。明治維新の廃藩置県に匹敵する。

〇時間の改変→共和暦の採用、革命暦ともいう。

17929月を革命初日とする。従来の王政化のグレゴリオ暦の廃止→ロ-マ法皇主導の廃止

一週間を10日、一か月30日、一年12か月。余りは年末に調整。

対外的に不適合となり、1805年に廃止。

 〇M法の採用

  179Ⅰ年に採用、国内バラバラであった度量衡システムを統一。1875年に国際化される。

 〇信教の自由

  旧王制はカトリックと密着していた。カトリック以外は禁止されていた。

  ・教会財産の国有化

 ・教会の課税権の停止

 ・教区司祭が市民の日常を管理していたが、革命政府は革命への忠誠を誓わせたうえで、権威を

    認めた。

 ・政教分離  

 〇国民教育は、国民主権を基本とした。

「ジェンダ-秩序」 社会的、文化的な性別

混乱の中で、この文化革命的な動きが活発に行われた。この中で、王政時代と変わらなかったのがジェンダ-秩序である。革命の担い手は男なのだ、女が介入すると混乱するとの考え方が支配的。

この考え方は、公的役割は男、私的役割は女とする考え方。当初、女性革命クラブもあったが、のちに廃止。女性活動家は、むしろ弾圧された。

 

「コメント」

今回で理解できたのは、フランス革命は

〇単なる政権移動ではなく、啓蒙思想を基盤とする文化的な思想に基づくものであった。

〇女性解放、政治参加はやはり時期尚早。

〇メ-トル法は、フランス革命で出来たこと。

ギロチンの残虐さを連想させるフランス革命であるが、それは皮相的なもので実態は文化革命で

あったのだ。