29年

12月 ①口に出し言うを憚ることのありススキの闇に低く吐き出す

   ②灯を慕い飛び込みて來し黒き蛾をそっと両手で囲い放しぬ

 

10月 ①子の我が眉ひそめいし父の性その血を受けて生きており今

    ②方を過ぎたりという人羨しスタンド消して闇に目を開く

 

9月   ①飲み夢を語りしあの日々を振り返ることなく別れし人あり

    ②す友との出会いは樋を桶と読み違えてより六十年経る

 

7月   ①身勝手と誹られており黙すまま手酌でふくむ清州鬼殺し

    ②穂をきらめき揺らす朝の凬迷路の先に小さき灯の見ゆ

6月   ①下げ潮に身を任せつつゆるゆると古き友との宴始まる

    ②夕暮れの丘に登れば西空に明星は見えずいく度の春

 

5月   ①声上げる幼等を率て野を行けば卯の花は咲き夏はきぬの歌

    ②熟するを求めながらも至らずに喜寿を間近に青梅残れり

 

4月   ①明星は三日月に刺され西空にその下はるか産土のあり

    ②春一番砂埃舞い頬を刺しタブノキしならせ吹き抜けていく

 

3月   ①子を思う母の歌集の切なさに胸ふさがりて今日は命日

    ②我が知らぬ母に触れたり「椎の木」への歌下書きを読む氷雨の日

 

2月   ①ヤンキ-に席を譲られ戸惑えり老いはなかなか受け入れ難し

    ②大和路の道の曲がりにたたずめる古き仏は祖母の優しさ

 

1月   ①初雪の石山寺に散り盛る山茶花越しのムラサキシキブ

    ②昼下がりの神保町の喫茶店けだるく流れるパープルレイン