詩歌を楽しむ「あるがまま」の俳人  一茶     二松学舎大学教授 矢羽 勝幸

 

    130524 是がまあつひの栖か雪五尺~雪と一茶

 

一茶前期江戸在住の頃は故郷を懐かしんでいるが、後期柏原在住となると伝統的美意識、雪月花への反発が見られる。

北信濃では雪は生活に密着しており、豪雪で知られている。雪への反発が激しい。

 

「はつ雪や古郷見える壁の穴」

江戸在住の頃の句。壁の穴を覗くと少年時代の故郷の初雪を思い出すという望郷の句。

 

「有様はいまいましいぞ角の雪」

家の入口の雪は不愉快だ。

 

「はつ雪を煮て喰らいけり隠居達」

伝統的俳句の風流人とされる年寄りは、雪を煮て食っていると冷ややかに見ている。雪は忌々しいのに初雪など大切にしているのはけしからんと言っている。一茶にとって雪は鑑賞するものではなく非情で恐ろしいもの。

 

「大雪やせっぱ詰りし人の声」 

大雪で困った人たちが大声を上げている。

 

「はつ雪や今捨てるとて集め銭」 

初雪を捨てて貰うためにお金を集めてることだなあ。

 

「はつ雪や息を殺して相借家(あいしゃくや→長屋)

家が雪で潰れるのを心配して息を殺している長屋住まいの人達。

 

「ミシミシと柱の細る深雪かな」  北信濃の近代俳人 瓜生澄夫の作品

これも雪潰れへの不安を詠んでいる。

 

「雪散るやきのふは見えぬ空家札」

雪がチラチラ降ってきて、昨日は見えなかった空家という札が今日は出ている。

 

「はつ雪をいまいましいと夕かな」

夕は、言うと夕の掛詞。

 

「羽生えて銭が飛ぶなり年の暮」

 

「雪菰(こも)や投げ込んでいくとどけ状」 

大雪になって家をむしろで囲んでいるので、手紙は投げ込まれるようになった。

 

「雪囲い世はうるさしやむつかしや」

 

「人そしる会は立つなり冬籠り」

隣近所との関係は難しいなあと閉鎖的な雪国を詠んでいる。外は大雪。何をする事もできず、人々は炉端に集まってそこにいない人の噂話をするしかない。

雪国の暗い句が多いが明るいのもある。

 

「ほちほちと雪にくるまる在所かな」

静かでしんみりしている雪国の田舎だな。

 

「婆(ばば)殿に抱きつかせけり雪の道」

雪の道は狭いのですれ違うとき、婆さんに抱きつかれたことだ。

 

前期は雪に望郷の思いを重ねることがあったが、後期になると雪は生活と直結した格闘する対象であった。

故郷の現実を冷静に見つめ、どちらかといえば批判的に立場をとっている。

その苦渋に満ちた作品群はその頃の「内容の乏しい伝統的風雅の俳句を越えてべつの一つの世界を作っているように思える。