.こころをよむ「漢詩に見る日本人の心」 宇野 直人(共立女子大学教授)
150628⑬「祖国へのまなざし~徳富蘇峰」
「略歴」
明治大正昭和の思想家・歴史学者で大言論人、大知識人である。肥後熊本の人。進歩的平民主義を唱えたが、日清戦争後国権主義に移行し山県有朋・桂太郎ら陸軍軍人との結びつきを深め、桂が亡くなると政界を離れた。第二次世界大戦では、国体護持の「大日本言論報国会」会長となる。戦後はA級戦犯となり一切の対外活動を退き、著述に専念し97才で没。
徳富蘆花は実弟。「不如帰」「自然と人生」「思い出の記」などの著作。
蘇峰は幼い頃から漢学を学び、続いて10代後半から熊本洋学校で学んだ。その頃から無類の本好きでまた新聞に強い興味を持っていた。
20代で熊本に私塾「大江義塾」を開き、自由民権の立場から青少年を教育した。その後進路を模索し、土佐へ行く。当時土佐は世直しを志す人たちが集う所。所が行ってみると、人々は本を読まず学問をせず、酒を飲んで悲憤慷慨をするばかり。後、一家をあげて上京し、「民友社」、我が国初の総合雑誌「国民の友」を創刊、藩閥政治を批判して人気。日清戦争後の方向転換(進歩的平民主義⇒富国強兵、政権寄り)は、変節漢と非難される。
漢詩は10代後半から沢山の詩を作っており、その詩は最初から堂々とした詠み振りで、漢詩人として第一級。
① 偶成 七言律詩 ふとした思い付きで作った作品と言う意味。この詩はある秋の夜、心中の思いを吐露したもの。無力感と悲しみ。10代終りの頃の作
跳丸烏兎去難留 跳丸 烏兎 去って留め難し 時はどんどん立って、とどめておくことは出来ない
奈此夙心猶未酬 奈せん 此の夙心 猶 未だ酬いず 我が志が実現しないのはどうしたらよいだろう
露滴空庭蟋蟀泣 露は空庭に滴って蟋蟀泣き 露は人気のない庭におりて コオロギが鳴いている
風鳴叢竹短檠愁 風は叢竹に鳴って短檠愁う 風は竹藪にざわめいて 部屋の灯が悲しげ
敢期功業冠千古 敢て期す 功業の千古に 冠たるを 僭越ながら自分の仕事がいつまでも素晴らしいと言われる事を
期待して
漫願人間第一流 漫に願う 人間の第一流 何となく 一廉の人間になろうと思っていた
抛巻深宵提剣起 巻を抛って 深宵剣を提げて起てば 読んでいた本を置いて 夜更け 剣を手にして立ち上がると
碧天如水大星幽 碧天 水の如くにして 大星 幽なり 空は晴れあがり 大きな星が瞬いていた
1~2句 月日は過ぎ去っていくのに、自分の願い、理想は一向に実現できないという、焦り・焦燥感から歌い起こす。
3~4句 夜景の描写 対句になっている
5~6句 心の中では、自分の仕事が素晴らしいものである事をねがっていた 対句
7~8句 そういう抱負と現実の差に苛立ち 庭に出て空を眺める
・跳丸 伝統的球技、玉を素早く操る、転じて時の経過が早いことの例え
・烏兎 太陽の中の烏、月の中の兎。転じて月日。
・夙心 志
・蟋蟀 コオロギ
・漫に 何となく
・巻 書物
② 京都東山 七言絶句 土佐に行き、そこの人々の退廃振りに落胆して、京都で幕末の志士たちの墓に詣でた時の詩
22才
三十六峰雲漠漠 三十六峰 雲 漠漠 東山三十六峰はすっかり雲に覆われている
洛中洛外雨紛紛 洛中洛外 雨 紛紛 京都の内外に 雨は降りしきる
破簦短褐来揮涙 破簦 短褐 来って涙を揮う 破れ傘に粗末な着物の私は この墓に詣でて 涙を流す
秋冷殉難烈士墳 秋は冷やかなり 殉難烈士の墳 秋の冷たさの中 国難に準じた烈士の墓に
1~2句 雨の中 東山にやってきたという歌いお越し
3~4句 維新の志士たちの墓に詣でて涙する
・三十六峰 36の連峰をもつ東山の山 鴨川の東
・漠漠 果てし無く広がるさま
・紛紛 入り乱れたさま
・破簦 破れ傘
・短褐 毛織の短い着物⇒粗末な身分の低い人が着た
・烈士 気性の激しい、道義心の強い国士
③ 除夜 五言古詩
自分のこれまでの生き方(世の為、社会の為)に努力して来た。それが思うに任せないという焦燥感・無力感そして諦めを詠んだ。
この頃苦難の時期。関東大震災で国民新聞社・民友社は崩壊。父・次男・実弟(徳富 蘆花)の相次いでの死去。こうした悲しみの中で国民新聞社の再興に奔走した時期の詩。更に経堂経営者との不和で国民新聞社を退社する。
今年今夕尽 今年 今夕に尽き 今年ももう今夜限りとなった
冥坐虚堂中 虚堂の中に冥坐す 人のいない部屋でじっと物思いにふける
心頭湧百感 心頭 百感湧き 心の中には色々な思いが渦巻き
窓外吼北風 窓外 北風吼ゆ 窓の外は 北風が吹きまくっている
不省頑鈍質 頑鈍の質を省みず 頑固で鈍い性質にも関わらず
猛志趁無窮 猛志 無窮を趁う 激しい志を持って 道理を求めてきた
不憂世途嶮 世途の嶮を憂えず 世の中の困難さを気に掛けずに
欲竭報国忠 報国の忠を竭さんと欲す 国の役に立つ忠義の心を尽くそうと心掛けた
不希栄与達 栄と達とを希わず 名誉と地位に望まずに
清白存家風 清白 家風存す 私欲に捉われないのが我が家の家風である
不関誉与毀 誉と毀に関せず 賞賛と非難に関わりなく
唯期千秋功 唯 千秋の功を期す 偏に不朽の業績を目指した
寸衷向誰説 寸衷 誰に向って説かん 此のささやかな思いを誰に話せばよいのか
俯仰乾坤空 俯仰 乾坤空し 上も下も 天も地も虚しく広がるだけ
四壁人声絶 四壁 人声絶え 四方に人の声はしない
深宵爐火紅 深宵 爐火紅なり 夜更けに 囲炉裏の火だけが赤々と燃えている
古詩生で4句ずつ見ていく。
1~4句 大晦日の夜、今の境遇に心が乱れる、そういう自分を見つめている。
5~8句 自分は生来、愚鈍な性質ではあるが、強い意志をもって世の中・人の為に尽くしてきた。
9~12句 それを具体的に説明する。それは私利私欲の為ではなく、ひたすら世の中の為であった。
13~16句 苛立たしい、苦しい思いを語る。途方に暮れている。
17句~18句 孤独感で結ぶ。
・冥坐 思いを巡らしながら座る
・虚堂 誰もいない部屋 唐の詩人朱熹の詩「虚堂 唯だ四壁」の引用
・頑鈍 片意地で鈍い
・栄与達 名誉と地位
・無窮 どこまでも続いて極まりのない事⇒天を司る法則
・世途 世の中
・清白 清々しくて私利私欲がない事
・誉与毀 毀誉褒貶⇒誉めたり貶したりの世評⇒無責任な人のうわさ
・千秋 非常に長い年月
・寸衷 ささやかな自分の思い
④ 無題 五言古詩 80才の作
熊本市の手取天満宮の石碑の詩。菅原道真の至誠の心を褒め称えたもの。
この詩は道真を称えつつ、「人にとって最も大事なことは、純粋な真心と思いやり」だと言っている。無報酬の奉仕が信条。
儒門出大器 儒門に大器出で 儒学の家から 優れた人が出た
抜擢躋台司 抜擢せられて 台司に躋る 選ばれて高い官職にのぼった
感激恩遇厚 恩遇の厚きに 感激して 厚い処遇に感激して
不顧身安危 身の安危を顧みず 自分の安全など気に掛けなかった
一朝罹讒構 一朝 讒構に罹り ある時 讒言によって
呑冤謫西涯 冤を呑んで西涯に謫せらる 無実を胸に秘めて 西の果てに流された
傷時仰蒼碧 時を傷んで蒼碧を仰ぎ 時を嘆きながら 青空を仰ぎ
愛君向日葵 君を愛すること 向日葵 天子様を案じることは ひまわりの様だ
祠堂遍天下 祠堂 天下を遍く 今 天神様の社は 日本中にあり
純忠百世師 純忠 百世の師 純粋な忠義な心は 何時までも師と仰がれる
・儒門 儒学の家
・台司 太政大臣・左大臣・右大臣
・讒構 無実の事で人を讒言する事
・冤 無実と訴える事
・西涯 西の果て 大宰府のこと
古詩なので4句毎に見ていく
・祠堂 先祖や先輩を祀る社 ここでは天満宮の事
1~4句 道真は抜擢されて高い地位について、職務に精励した。宇多天皇・醍醐天皇に重用された。
5~8句 道真の逆境について。讒言で大宰府に流されたが、天皇への忠誠心は失わなかった。
9~10句 結び こうしたことで道真は今でも尊敬されている。
「蘇峰自伝」によると
・早寝早起き 5時起床 9時就寝
・強い意志力の人。天下国家の事を常に考えるべきと唱えた。
「講義のまとめ」
13回にわたって、13人の日本人の漢詩を読んできた。様々な個性が表れてきたが、漢詩には短歌・俳句に見られない独特の清々しさ、深さが備わっている。それは漢字ばかりで表現するという事、それを訓読体で読み下すという事、そこから生まれるものであろう。日本人は千年にわたって、漢詩から色々な形で糧を得てきた。今後も漢詩を読み、漢詩を作ることを盛んにしたい。
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「コメント」
・漢詩に接するのは、高校以来。小説と違って、読み理解するのにこちら側の智識・理解力が必要なのが辛い。また、文中にちりばめられ、引用されている本場中国の漢詩も困難さを増す。
・しかし日本人の知識人は漢詩が必須。江戸、明治の人たちは幼少の頃から学び始めている。これは儒学が学問の柱だったから。
・今回のこの記録も、講座テキストが無かったら途中で頓挫していたであろう。
・これをきっかけにして、漢詩を作りたいものだが、まさに「道遠し」と改めて思う。