こころをよむ「これが歌舞伎だ」                 金田 栄一(歌舞伎研究家・元歌舞伎座支配人)

160313⑩「外題は楽しい言葉遊び」

「外題」

歌舞伎の演目、例えば「助六由縁(ゆかりの)江戸桜」「菅原伝授手習鑑」こういった題名を外題(げだい)と言う。外題とは古く、江戸では

名題、上方では外題・芸題といった。今は名題と言うと、俳優のランクを指している。これは昔の芝居小屋の正面に掲げられた名題看板に名前が載る役者と言った所で、使われていた。現代では芝居の演目については外題が一般的である。

この外題は五文字・七文字が決まり。古来、奇数は陽、偶数は陰とされ奇数を大切にした。

歌舞伎の作者はこの制約の中で、趣向を凝らして教養・知識・機転を発揮して、しゃれっ気に富んだ個性豊かな外題を

工夫してきた。今でいうキャッチコピ-である。具体的例で説明する。

 

○仮名手本忠臣蔵 

 ・仮名手本→イロハ47文字つまり47士を表現している。秀逸なアイデアである。イロハは国語教育の基本、寺子屋の

  手本であった。

 ・忠臣→忠実な家来

 ・蔵→大石内蔵助

神明(かみの)(めぐみ)(わごうの)取組(とりく)

 め組の喧嘩といわれて、実際にあった町火消と相撲取りとの喧嘩が題材である。芝神明宮、今の芝大神宮。

  そこで興行していた相撲取りと地元の鳶との大喧嘩。江戸時代の火消は、大名火消・旗本の定火消(じょうひけし)、町火消。この

  町火消はいろは47組といわれていた。このいろは47組は隅田川から西で、新開地の深川、隅田は別。但しイロハの

  中で「へ」「ら」「ひ」「ん」はなくて、百・千・万・本が加えられて47組。

 ・神明→芝神明町

 ・恵→「め組」

 ・和合→喧嘩の後の和解 

 ・取組→相撲取り

演目の中のゆかりの文字を使って実に見事な外題に仕上がっている。外題の中でも秀逸でトップレベルのネ-ミングである。事件が起きたのは江戸時代であるが、芝居が書かれたのは明治23年。外題を付けたのは、河竹黙阿弥。この

芝居では、最後に神社の中で威勢のいい喧嘩の場面となる。小さくて身の軽い鳶と、大きくて力持ちの相撲取りの喧嘩が面白可笑しく描かれる。

伽羅(めいぼく)先代(せんだい)(はぎ)

  仙台伊達藩のお家騒動が題材。巷説に依れば以下。仙台伊達家の3代藩主・伊達綱宗は遊蕩にふけり、隠居させら

   れるこれは乗っ取りをたくらむ原田甲斐・伊達兵部の陰謀、後を継いだ亀千代(四代藩主 伊達綱村)の毒殺を

   計るが、忠臣や主人公の乳母政岡の働きで防がれる。幕府の裁定で悪臣たちは退治される。いつものように実名を

   出すことは出来ないので、舞台は鎌倉、殿様は足利。

 ・伽羅→めいぼくと読ませる。伊達綱宗が伽羅という名木で作った下駄をはいていたということから。

 ・先代→仙台

 ・萩→仙台の名花(宮城の県花) 

  伊達正宗には白萩にまつわる話がある。あきる野市の大悲願寺に弟を訪ねた際、見事な白萩に見惚れて帰国後所望

 したいとする文書「白萩文書」を出したという有名な言い伝えがある。

(いろ)(もよう)(ちょっと)(がり)(まめ)

 通称『かさね』とよばれ、鶴屋南北作の『法懸松成田利剣(けさかけまつなりたのりけん)』の一場面として初演された

 、「清元」の舞踊。

(なぞの)一寸(ちょっと)(とく)兵衛()

 ここに一寸(ちょっと)徳兵衛という人物が出るが、謎をとく・帯をとく・一寸とく・一寸徳兵衛 これらが絡み合って

 外題となっている。 言葉遊びの一例である。

於染久松(おそめひさまつ)(うきなの)読販(よみうり)

  質屋の一人娘が丁稚の久松と恋仲になるという芝居。町娘のお染・丁稚で恋人の久松・村娘のお光・奥女中の竹川・

   芸者の小糸・お染の母親の貞昌・悪婆の土手のお六という七役の早変わりがポイントの芝居。

 ・色→うきな

 ・読販→かわら版

 この話が多くの人々に周知されていた事を表している。

 

 河竹黙阿弥の外題について見てみる。歌舞伎の作者の中でも筆頭格である。面白い芝居を書き、名セリフを沢山生ん

でいる。と同時に判じ物とでもいう面白さを持っている。

青砥(あおと)稿(ぞう)(はなの)(にし)()()

 白浪物を得意とした河竹黙阿弥の代表作の1つで、日本駄右衛門・弁天小僧菊之助・南郷力丸・赤星十三郎・忠信

  利平5人の泥棒の因果を描いた作品。通称は「白浪五人男」
  
弁天小僧が武家娘に変装して強請をする「浜松屋見世先の場」、5人が勢揃いする「稲瀬川勢揃いの場」の2つの場面

  を中心に上演される。なおこの2場のみを上演する多くの場合では、『弁天娘女男白浪』というタイトルが使われる。

 最後の場面「滑川土橋」に登場する青砥左衛門藤綱という脇役の人物が出る。鎌倉滑川で落とした十文を五十文かけて拾うという有名な話である。大詰め「極楽寺山門の場」、ここに五人男のリ-ダ-格の日本駄右衛門が現れるが見逃すという人情味を示す。大岡越前、富樫の様な人物として描かれている。

(まる)天衣(くもに)(まごう)上野(うえのの)初花(はつはな)

 登場するのは河内山宋俊。将軍家に仕える数寄屋坊主。仕事柄得た情報をネタに上野寛永寺の高僧に化けて、

 ゆすり働く。正体を見破られた宗俊の「悪に強きは善にもと」からはじまる名セリフや、殿様に向かって「馬鹿め」と

  言い放ち颯爽と引き揚げる幕切れが見どころ。寛永寺は皇族身分、雲の上の存在。洒落た外題である。

皿屋舖(さらやしき)(つきの)雨暈(あまがさ)

 通称は「魚屋宗五郎」「新皿屋敷」。宗五郎は酒乱で禁酒中。妹が無実の罪でお手打ちになったので、屋敷に

 殴りこむという話。芝居の面白さは宗五郎の酔態の変化。

 ・新皿屋敷→「番長皿屋敷」というスト-り-の本歌取り。