251123㉞若菜上の巻(2)
娘の女三宮をどうすべきか、誰に託すべきか朱雀院は悩んでいる。私が出家して遠からず訪れるであろう死の時、娘はどうなってしまうのだろう。光源氏が当時十歳だった紫の上を引き取り立派に仕立て上げた如く、この宮を育んでくれる人がこの世にはいないものか。女三宮の乳母が、兄で六条院に出入りしている左中弁という男に、かくかくしかじかと話した。すると左中弁は「光源氏様はわが人生を振り返って、女性関係については満足していないらしい。女三宮様を光源氏様に預け縁付けすることも脈が無い訳ではない。」という。
左中弁からこれを聞いた乳母は朱雀院にこう報告した。「光源氏様にお願いしたら女三宮様を間違いなくお引き取りなさるでしょう。」左中弁の話とはかなり違ってきている。乳母の朱雀院への報告を聞いてみよう。
朗読①乳母は朱雀院に次のように言う。「何某の朝臣に聞いたら源氏の君は、女三宮様を
お受けされるでしょう」と。
乳母、また事のついでに、「しかじかなむ、なにがしの朝臣にほのめかしはべしかば、かの院にはかならずうけひき申させたまひてむ、年ごろの御本意かなひて思しぬべきことなるを、こなたの御ゆるしまことにありぬべくは伝へきこえむ、となむ申しはべりしを、いかなるべきことにかははべらむ。
解説
乳母はこう言っている。かの院にはかならずうけひき申させたまひてむ、「光源氏様は女三宮様を必ずお受けになります。身分の高い女君を迎えることを長年望んでおられたのですから」彼女は兄・左中弁は必ずお受けになるとは言っていなかったのに。朱雀院がその気になるのには時間は掛からなかった。しかし現実には光源氏がこのことを一笑に付してしまうと読者は予想する。しかし現実には、光源氏は女三宮を引き受けてしまう。六条院に迎えてしまうのである。
今回の話は普通に考えたら起こりえない事態、つまり光源氏が女三宮を六条院に迎え入れてしまうということを紫式部はどういう風に描くのか。若菜の巻の第二回目のテ-マである。
まず第一に紫式部が行ったのは、女三宮の生い立ち、その人物描写である。この人物を登場させるに際し、彼女をあの藤壺の血縁ということにした。このことで光源氏が女三宮に興味を持ってもおかしくないと思わせるのである。そのことについて今から話す。
前回の放送で、女三宮について話した。父は朱雀院、母は藤壺女御と呼ばれる。朱雀院は藤壺女御を愛していたが、彼女は朧月夜の蔭に隠れて、陽の目を見ない内に亡くなってしまう。あの、光源氏が憧れていた藤壺とは別人である。
藤壺女御の父は先帝である。そして先帝というと桐壺の巻にも出てきた言葉である。あの藤壺も先帝の娘で、女四宮である。あの光源氏の憧れの相手の藤壺と女三宮の母は、父が同じ先帝なので腹違いの姉妹なのである。よって憧れの藤壺と女三宮は叔母と姪の関係である。
さてここで話を元に戻して、光源氏は紫上という人がいながら、なぜ女三宮を新しい妻に求めたかということになる。多くの人は、あの藤壺の面影を忘れられずに、その姪となる女三宮を求めたのだろうと思う。そう解説する書物もある。それは真実であろうが、「源氏物語」原文に即して考えた時、物語の中にはそうは書いてない。
光源氏が藤壺の姪であると気付いたという記述はある。しかしその記述は次のようなものである。
朗読② 三宮の母は藤壺の中宮の妹であったので、血筋から言っても並みの器量ではないと
光源氏は思っている様子。
皇女の御母女御こそは、かの宮の御はらからにものしたまひけめ、容貌も、さしつぎには、いとよしと言はれたまひし人なりしかば、いづ方につけても、この姫君おしなべての際にはよもおはせじを」など、いぶかしくは思ひきこえたまふべし。
解説
女三宮の母の藤壺の女御はあの藤壺の腹違いの姉妹で、器量も良いと言われていた人だから、その母から生まれた女三宮も この姫君おしなべての際にはよもおはせじ この姫君も並々ならぬ容貌であろうと光源氏は思ったのである。
そして いぶかしくは思ひきこえたまふべし。 心を動かしているようである。とても遠回しの言い方である。光源氏がそういっているというのではなく、語り手が光源氏の気持ちを想像しているのである。紫式部は控えめの言い方しかしていない。少なくとも光源氏が女三宮を引き受けて六条院に引きとってしまう理由には弱い。
朱雀院から直接、女三宮のことが話題に出されるまで光源氏はそんなことはとんでもないと周囲に
話していた。次のようである。
朗読③
この宮の御事、かく思しわづらふさまは、さきざきもみな聞きおきたまへれば、「心苦しき御事にもあなるかな。さはありとも、院の御代の残り少なしとて、ここにはまたいくばく立ち後れたてまつるべしとてか、その御後見のことをば承けとりきこえむ。
解説
光源氏は朱雀院が女三宮の処遇について、頭を悩ましていると聞いて、今の文章にもあったように考え語る。
心苦しき御事にもあなるかな。 御いたわしいと思うが、 しかしそうはいっても院の寿命が長くないからと言っても、年下の私が先に逝くことになっても、いくばく立ち後れたてまつるべし ほんの少しの差ということで、そんな私がどうして その御後見のことをば承けとりきこえむ。 女三宮を引き受けることが出来ようか と光源氏は話している。
正論である。これは朱雀院の意向を受けて、光源氏の考えを確認に来た左中弁への答えである。
左中弁に更にこう付け加える。
朗読⓸
おほかたにつけては、いづれの皇女たちをも、よそに聞き放ちたてまつるべきにもあらねど、またかくとりわきて聞きおきたてまつりてむをば、ことにこそは後見きこえめと思ふを、それだにいと不定なる世の定めなさなりや」とのたまひて、「ましてひとへに頼まれたてまつるべき筋に睦び馴れきこえむことは、いとなかなかに、うちつづき世を去らんきざみ心苦しく、みづからのためにも浅からぬ絆になむあるべき。
解説
朱雀院が仰るように、朱雀院が亡くなり次に私ということも分からないが、仮にそんなことになったら
女三宮はうちつづき世を去らんきざみ心苦しく 連続で頼りになる人を失うことになるので、それも心苦しい。いよいよ御気の毒である。そう思うと朱雀院が期待されているように、私が女三宮に 睦び馴れきこえむこと 夫として妻としての関係は却って良くないことである。私は若くないということを朱雀院によくよくお伝えなさい。左中弁にそう話した光源氏は冷静である。
しかし案の定、朱雀院への見舞いに訪れ、そして宮殿を出る時には「兄上、分りました。女三宮の御後見は致します。
六条院にお迎えします。」そう答えてしまう。そこでなにが起きたのか。
朗読⑤ 光源氏は出家して病気の兄・朱雀院に対面する。
院にはいみじく待ちよろこびきこえさせたまひて、苦しき御心地を思し強りて御対面あり。うるはしきさまならず、ただおはします方に、御座よそひ加へて入れたてまつりたまふ。変りたまへるありさま見たてまつりたまふに、来し方行く先くれて、悲しくどめがたく思さるれば、とみにもえためらひたまはず。
解説
朱雀院にとって光源氏は幼少の頃から特別な人であった。それが見舞いに来てくれる。とても嬉しい気持ちで、それは次の文章からも分かる。 うるはしきさまならず、ただおはします方に、御座よそひ加へて入れたてまつりたまふ。
光源氏の御座 座る所を自ら用意して、うるはしきさまならず、 格式ばったことではなくて
院にはいみじく待ちよろこびきこえさせたまひて、 とあったように、朱雀院はこの日を今か今かと待っていたのである。しかし光源氏はこの兄の朱雀院を見て、悲しみの涙が止まらない。この時には院に既に女三宮の後見を光源氏が断ったことを、内々に伝えられていたが、このままにしておく訳にはいかない。
次の場面である。
朗読⑥ 光源氏は、父・桐壺院が亡くなってから無常観を感じていましたが、出家も遅れて
しまいました と申し上げる。
故院に後れたてまつりしころほひより、世の常なく思うたまへられしかば、この方の本意深くすすみはべりにしを、心弱く思うたまへたゆたふことのみはべりつつ、つひにかく見たてまつりなしはべるまで、後れたてまつりはべりぬる心のぬるさを、恥づかしく思うたまへらるるかな。身にとりては、事にもあるまじく思うたまへ立ちはべるをりをりあるを、さらにいと忍びがたきこと多かりぬべきわざにこそはべりけれ」と、慰めがたく思したり。
解説
光源氏はこういう。「父を亡くし今は兄上にも出家で後れを取ってしまった」と涙を流す。朱雀院も涙涙である。
女三宮をどうしたらよいだろうと考えあぐねている朱雀院を前にして光源氏はどう思ったか。
朗読⑦ 朱雀院は 皇女たち を残していくのが心苦しい、特に世話を任せられない女三宮が
気掛かりです と、仰る。
思しおきてたるさまなど、くはしくのたまはするついでに、「皇女たちを、あまたうち棄てはべるなむ心苦しき。中にも、また思ひゆづる人なきをば、とりわきてうしろめたく見わづらひはべる」とて、まほにはあらぬ御気色を、心苦しく見たてまつりたまふ。
解説
そうした朱雀院を光源氏は、心苦しく見たてまつりたまふ。 光源氏は共感力の高い人である。例えばあの明石の君から姫君を強引に奪い取って都の二条院に連れてきただろうか。大堰の山荘に何度も訪ねては、明石の君の意向を優先的に考えた。明石の君から姫君を奪い取ったら明石の君はどうなってしまうか。それが分かっているので出来ないのが光源氏である。そうした光源氏であれば、今の兄・朱雀院の気持ちを察すれば、女三宮のことに断りを言うことは出来なかった。先ほどの最後の所に光源氏は、朱雀院の気持ちを 心苦しく見たてまつりたまふ。
この 心苦し という言葉が、若菜の巻上のキ-ワ-ドで、繰り返しあちこちに使われている。やはり原文を読み鑑賞しなければこのことには気付けない。
女三宮を引き受けたことを紫上に告げる場面にも次のように書かれている。
朗読⑧ その翌日は雪、二人は色々と話す。光源氏は「朱雀院がとても弱っておいでご同情に
堪えない。女三宮のこともお断りできなかった。このことを世の人は色々と取り沙汰
することでしょう」と言う。
またの日、雪うち降り、空のけしきもものあはれに、過ぎにし方行く先の御物語聞こえかはしたまふ。「院の頼もしげなくなりたまひにたる、御とぶらひに参りて、あはれなることどものありつるかな。女三宮の御事を、いと棄てがたげに思して、しかじかなむのたまはせつけしかば、心苦しくて、え聞こえ辞びずなりにしを、ことごとしくぞ人は言ひなさむかし。
解説
女三宮のことをどうしても思い捨てることが出来ない朱雀院を前にして、光源氏は心苦しくて、え聞こえ辞びずなりにしを、気の毒でほって置けなくて断れなかった。そのあとにこう言う。ことごとしくぞ人は言ひなさむかし。
世間の人は色々と言うだろうけれど、紫上よ、あなたにはどうしても分かっておいて貰いたいと言うことである。
この巻で書かれているのは光源氏の 心苦し である。何と優しいことか。この事でこれからの光源氏は自らの首を締めて行くことになる。優しさは弱さである。この弱さで女三宮を拒むことが出来ず、紫上を苦しめ六条院の調和は崩れ、光源氏は苦境に陥り追い詰められていく。その様を紫式部は残酷なまでに描いていく。六条院の調和は今崩れ始めた。
きっかけはまさに十三歳の内親王の登場である。しかし六条院世界を崩壊させてしまったのは女三宮ではない。その原因は光源氏の優しさである。一つの悲劇が静かに幕を開けたのである。
「コメント」
そうなのか。前に読んだ時にはそうした理解はしていなかったし、出来なかった。