「年間テーマ」
<ねらい> 有名な「昔、男ありけり」から始まる『伊勢物語』は平安時代の歌人、在原業平と目される人物の一代記を綴った短編歌物語集です。 『源氏物語』と並び、王朝文学の二大代表作と評され、 室町時代の謡曲や江戸時代の歌舞伎などの演目に取り入れられるなど、 「日本文化」に大きな影響を与えました。 『伊勢物語』の解釈は、時代とともに変遷し、 『源氏物語』以上に解釈の変貌が激しいといわれています。 多様な解釈が堆積している中で整理し集大成したのが、細川幽斎(1534~1610)という人物です。 今年度の古典講読では、「幽斎以前の解釈」と「幽斎以後の解釈」を視野に、 『伊勢物語』の尽きない魅力とその生命力の源泉に迫っていきます。
250405 ① 「伊勢物語の魅力」
今年度の古典講読は「伊勢物語」を取り上げる。「伊勢物語」には人間関係を考える上で有益なことが沢山描かれている。人と人との結びつき、特に男と女の心のつながりに着目しながら読み進める。古典作品のメッセ-ジは読者の生きる時代によって変わっていく。人々の悩みや求める幸福は時代によって少しずつ変わっていく。「伊勢物語」も平安時代に成立したのち、鎌倉時代、室町時代、安土桃山時代、江戸時代そして近世、現代と様々な解釈がなされてきた。そのことに留意しながら、「伊勢物語」のメッセ-ジに耳を傾けていく。
最初の6回は、「伊勢物語」の全体像の話をする。7回目以降は、第一段から順に本文を読んで行く。
さて今回は第一回である。歌物語を代表する「伊勢物語」の魅力に迫る。
「伊勢物語」と「源氏物語」は、王朝文化の物語の双璧である。共通点も沢山ある。但し異なっている点もある。「源氏物語」は光源氏という架空の人物が主人公。それに対して「伊勢物語」は在原業平という実在した人物のエピソ-ドをもとにしている。両者の違いについて、戦国大名として有名な細川幽斎は次のように述べている。
「されども源氏物語のように一向に作り話にてはなし。業平の一生を書きて、その内へ古きより、また別のことを書き加えて奉るものなり。源氏は虚を実に書きたり。この物語は実を虚に作りたり」
細川幽斎の説である。
虚 は作り物語の中にある。 実 は現実に起きた真実の出来事という意味である。
細川幽斎(細川忠興) は戦国時代から関ヶ原の戦まで活躍した文人で武将。足利幕府、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えた。彼は「伊勢物語」と「源氏物語」の違いを分かりやすく説明している。
「源氏物語」は作り物語であって、虚構のストーリ-である。但し歴史的な出来事や現実を下敷きに
して、それになぞらえて書いてある。だから作り物語ではあるものの、真実に近づいていると言って
いる。
例えば桐壺の帝は実在した醍醐天皇を踏まえており、光源氏は醍醐天皇の皇子で臣籍降下した源高明がモデルである。
ところが「伊勢物語」は実在した人物である在原業平のエピソ-ドをあたかも虚構の作り話のように脚色した内容で述べている。結果として「源氏物語」と「伊勢物語」は虚構と真実が入り混じっており、
似たような印象を与える。
けれどもそもそもの出発点が違っていて、「源氏物語」は虚構、「伊勢物語」は実際にあった物語という。
だから「伊勢物語」で男と書かれているのは、固有名詞が書かれていなくても在原業平の事であり、女と書かれた場合も実在した人物の固有名詞を隠して、敢えてボカしているということになる。
細川幽斎は先ほどの文章で大切なことを言っている。
業平の一生を書きて、その内へ古きより、また別のことを書き加えて という部分である。
「伊勢物語」の全部が全部、実際に体験したことではなく、在原業平が生まれる以前の古い言い伝えや、在原業平と無関係なエピソ-ドも紛れ込んでいるというのである。「伊勢物語」の基本は在原業平の実体験であるが、しかし真実だけで描いた作品ではない。細川幽斎のこのような見方は、これから「伊勢物語」を読んでいく上での大きな指針、ガイドラインになる。
さて細川幽斎は中世における「伊勢物語」の解釈をまとめ、「闕疑抄」という優れた書物を著した。1596年。これが以降繰り返し広く読まれていた。「源氏物語」は北村季吟の「湖月抄」で広く読まれた。
1673年の製作である。
ここで「闕疑抄」の説明をしていく。抄 とは説明書、研究書という意味。
闕疑 は論語に出典のある言葉である。正しいと確信のある言葉だけを述べ、疑問のある内容は
一切述べていないという厳密な態度のことである。こんなタイトルが示しているように、「伊勢物語」に関しては到底信じられないような、疑わしいことが沢山存在していたのである。「伊勢物語」の本文は何通りにも解釈されていた。具体例を上げよう。
室町時代に成立した謡曲「筒井筒」は、世阿弥の傑作である。諸国一見の僧が大和の国の在原寺を訪れ、一人の女性と出会う。彼女はかつて業平が紀有常の娘と暮らしていた生活を僧に語って聞かせる。彼女の話があまりにも具体的、迫真的であり、深い悲しみに満ちているので、僧は不思議に
思い彼女に事情を質問する。
朗読①
「げにや古りにし物語、聞けば妙なる有様の、怪しや名のりおはしませ」「まことはわれは恋ひ衣、紀の有常が娘とも、いさ白波の竜田山、夜半に紛れて来りたり」「不思議やさてはさては竜田山、色にぞ出づるもみじ葉の紀有常が娘とも」「または井筒の女とも」「恥づかしながらわれなりと」「言ふや注連縄長き世を、契りし年は筒井筒、井筒の陰に隠れたり、井筒の陰に隠れたり」
解説
謡曲「筒井筒」の一場面であった。この作者は「伊勢物語」の第二十三段に題材を得ている。筒井筒つまり井戸の辺りで幼馴染の少年と少女が、大人になって結婚する話である。謡曲「筒井筒」は「伊勢物語」第二十三段の男には在原業平、女には紀有常の女という実名を示している。世阿弥以前の
鎌倉時代には男と女は、在原業平と紀有常の娘であるとする説が存在していたからである。
では「伊勢物語」では二人の実名は書かれているのだろうか。第二十三段の冒頭部分を読む。
朗読②
むかし、ゐなかわたらひしける人の子ども、井のもとにいでて遊びけるを、大人になりにければ、男も女もはぢかはしてありけれど、男はこの女をこそ得めと思ふ。女はこの男をと思ひつつ、親のあはすれども聞かでなむありける。さて、このとなりの男のもとより、かくなむ。
筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに
女、返し
くらべこし ふりわけ髪も 肩すぎぬ 君ならずして たれかあぐべき
などいひいひて、つひに本意のごとくあひにけり。
解説
現在の古文解釈は、本文に書かれていることを書かれている通りに理解するのが基本姿勢である。だから、男とあるのは誰だかわからない男の事、女とあるのは誰かわからない女のことである。
ゐなかわたらひ という言葉は、地方を回って生計を立てているということである。貴族や国司などと
して、地方に赴任することか、庶民が地方へ行商することなのかは決められないという立場である。
ところが中世の「伊勢物語」の歴史解釈歴を総決算した細川幽斎は次のように言っている。
朗読③
此段を紀有常が女の事というは貞女の所を、あらはさん為也。
解説
闕疑抄の一節である。
第二十三段目の創作目的は、紀有常の女が貞女というにふさわしい女性であったあらわすためで
あったというのである。
このように中世は筒井筒の女は、紀有常の女とする解釈があった。それを踏まえて、世阿弥は謡曲の「筒井筒」を書いたのである。現在の「伊勢物語」の解釈からは、謡曲「筒井筒」は生まれなかったのである。
それでは、男と女に実名を当てはめるべきではないとする現在の解釈はいつ頃から主流になったのであろうか。先ほどは関ケ原の戦の直前に成立した、細川幽斎の「闕疑抄」の考えを紹介した。それに先立って一条兼良が「愚見抄」という研究書を著しており、応仁の乱の頃の人物である。
彼は第二十三段の男が在原業平で、女が 紀有常の女であるとかには全く触れていない。名もなき男女の物語として、この段を理解している。「筒井筒」を書いた世阿弥が生きたのは室町時代の三代将軍足利義満の時代である。一条兼良は八代の足利義政の時代である。この間に解釈の変化が
あったのである。それでも第二十三段は在原業平と紀有常の女との夫婦愛を描いているとする解釈が根強く残っていた。
江戸時代になると、古典文学の主題解釈が大きく変更される。「源氏物語」の世界では、 もののあはれ を唱える本居宣長が登場し、「源氏物語」の主題解釈を一変させた。但し 「伊勢物語」の本格的な解釈書は残していない。国学の研究者の一人に荷田春満という人がいる。彼は「伊勢物語童子問」という書物を著した。童子問 とは、初心者の童子の質問に、先生である荷田春満が答えるという形式である。この本が細川幽斎の 「闕疑抄」 歌論を次々と否定していくのである。初心者の童子が質問する。「闕疑抄」 には「伊勢物語」の第二十三段の登場人物は、紀有常の女であるとあるが、
これは間違った解釈でしょうか。それに荷田春満が答える。
「その通り」と言っている。「伊勢物語」を業平の一代記であると誤って把握している為に、架空の人物である女にも紀有常の女などと名前を当てはめたのだ。現在の古文解釈は、この荷田春満 の国学の流れを引いている。但し世阿弥の「筒井筒」は日本文学史に輝く傑作である。その為現在でも
第二十三段の女は紀有常の女とすること説があるといわれるのである。
本年度、私が担当する古典講読では、現在なされている解釈のもとにうずもれている解釈の分厚い歴史を掘り起こしたいと思う。読者が「伊勢物語」に何を求めてきたのかが見えてくるだろう。
さてここから「伊勢物語」の歌物語としての特質について話す。
「源氏物語」は作り物語で、「伊勢物語」はそうでないと言った。現在物語にはいくつかの分類がある。まずは「源氏物語」のような作り物語が圧倒的に多い。但し「竹取物語」や「宇津保物語」は作り物語の中でも伝奇物語と呼ばれる。
「竹取物語」は月の世界の住人の話。「宇津保物語」には波斯国・現在のペルシアに漂流したり仙人が登場したり、幻想的な内容が含まれる。「竹取物語」以外には歴史的な出来事を描いた歴史物語がある。藤原道長を描いた「栄華物語」などである。また歌物語という分野もある。「伊勢物語」「大和物語」「平中物語」などである。王朝物語の双璧は「源氏物語」と「伊勢物語」であるから、作り物語と歌物語とが、物語の二大作品ということになる。歌物語は世界に知られている歌がどういう状況、どういう人間関係の中で詠まれたかを描く。作り話が長編であるのに対して、歌物語は短編である。
作り物語である「源氏物語」でも、和歌が沢山含まれる。それらの歌は男と女が対座、対面した場面を描くときに、締めくくりとして使われるのである。歌物語は作り物語より、和歌の比重が多くなって
いる。
それでは歌物語と歌集の違いはどこにあるのだろうか。それを考えるために、「伊勢物語」の第百二十三段 深草の鶉を読む。
朗読④
むかし、男ありけり。深草にすみける女を、やうやう飽きがたにや思ひけむ、かかる歌をよみけり。
年を経て すみこし里を いでていなば いとど深草 野とやなりなむ
女、返し、
野とならば うづらとなりて 鳴きをらむ かりにだにやは 君は来ざらむ
とよめりけるにめでて、ゆかむと思ふ心なくなりにけり。
解説
男が深草に住む女を捨てようとする。深草は伏見にある。女は自ら去ろうとする男を恨まない。そして歌を詠む。
野とならば うづらとなりて 鳴きをらむ かりにだにやは 君は来ざらむ
あなたが来なくなったら、私は鶉になります。鶉になった私を狩ろうとしてあなたはここまで足を運んでくるでしょうから。
この歌によって、男の女への愛情が蘇った。女の歌の第四句 かりにだにやは は、かりそめにも つまり たまさかにという意味で、狩り との掛詞である。
この歌は古今和歌集にも載っている。全部で21ある勅撰和歌集の最初の歌集である。我が国の美意識と感受性の源流となった歌集である。古今和歌集の詞書きと和歌を読む。「伊勢物語」と比較してみよう。
朗読⑤
古今集巻第十八 雑歌下 971番
深草の里に住みはべりて、今日にまうでくとて、そこなる人によみておくりける
なりひらの朝臣
年をへて 住みこし里を 出でていなば いとど深草 野とやなりなむ
返し 詠み人知らず
野とならば 鶉となりて 年はへむ かりにだにやは 君がきざらむ
解説
男の歌は業平朝臣であるが、女の歌は詠み人知らずとなっている。女の歌の第三句 鳴きをらむ が 年はへむ となっている。いつまでもあなたの訪れを待ち続けます という意味である。古今和歌集の歌と「伊勢物語」を比較すると、「伊勢物語」にあって「古今和歌集」に書かれていないことが
二つある。
一つは、深草にすみける女を、やうやう飽きがたにや思ひけむ、
これは語り手が読者に対して作中人物である男の心の中を推測して語っているナレーションである。
「源氏物語」では 草子地 と呼ばれる。
もう一つ、とよめりけるにめでて、ゆかむと思ふ心なくなりにけり。の部分である。
これは後日談というか、語り部が歌のやり取りがなされた結果を、読者に知らせる部分である。このように「伊勢物語」は語り手が登場して、歌が詠まれた状況だけでなく、人物の心の奥深くに分け入り読者に説明している。
「伊勢物語」は作り物語である「源氏物語」と比べると、登場人物の心情描写が詳しくはない。けれども語り手が読者に語りかけるという物語の描写が定着している。「伊勢物語」は歌物語の代表で
ある。歌物語として有名な「大和物語」にも、作者や語り部が顔を出している。「平中物語」もやはり
歌物語の一つ。但し広く知られるようになったのは、昭和に入ってからなので、研究の業績はさほど
ない。
中世において歌物語である「伊勢物語」は、歌人の必読書として高い評価を受けた。現在私たちが
読んでいる「伊勢物語」の本文は、藤原定家が確定したものである。「詠歌大概」という和歌の本質を論じた書物の中で「伊勢物語」を重視している。
朗読⑥
常に、古歌の景気を観念して、心を染むるべし。殊に見習ふべきものは、「古今」「伊勢物語」「後撰」「拾遺」それから「三十六人集のうち、殊に上手の歌」を、心に懸くるべし。柿本人麻呂、紀貫之、壬生の忠岑、小野小町の類なり。
解説
「詠歌大概」の一節である。定家の述べている内容を説明する。
歌の道に志す人は常に昔の歌に沈潜して、その歌の世界の中に浸るべきである。歌人が見習うべき古歌としては、「古今和歌集」「伊勢物語」「後撰和歌集」「拾遺和歌集」そして藤原公任が選んだ
三十六歌仙の中でも、特に優れた歌人の歌集である。具体的には 柿本人麻呂、紀貫之、壬生の
忠岑、小野小町 である。勅撰集の中でも、最初の三つは三大集と呼ばれ、和歌の世界では大切なものである。その中に勅撰和歌集ではない「伊勢物語」が入っている。三十六歌仙の中で特に優れた歌人の中に、業平が入ってないのは、彼の歌が「伊勢物語」に入っているからであろう。藤原定家は、歌人の必読書として「伊勢物語」を推奨しているのである。「伊勢物語」に書かれている内容を熟読しなさい と、定家はそのように教えている。
細川幽斎は「闕疑抄」の中で、次のように述べている。
朗読⑦
原文略
要約
・古今集を理解するには「伊勢物語」が必須である。
・古今伝授でも「伊勢物語」は重要とされている。
・歌を学ぶときには、「古今和歌集」「「伊勢物語」、「後撰和歌集」の順に学ぶべきである。
細川幽斎は定家の孫が起こした二条家の教えを受け継いでいる。二条家の教えは古今伝授と呼ばれる。「古今和歌集」だけでなく「源氏物語」「伊勢物語」そして三代集などが重視されている。
三代集とは、最初の勅撰集である「古今和歌集」「後撰和歌集」「拾遺和歌集」の総称
「古今和歌集」の次に「後撰和歌集」「拾遺和歌集」に先立って、「伊勢物語」を学べと定家が述べたのは、「伊勢物語」が大切だからである。二条家で歌の教えを受け継ぐものに、二条家で歌を講義する際にも、和歌に先立ってこの「伊勢物語」を講義したというのである。
「伊勢物語」には様々な恋愛が描かれている。そして 東下り など旅の描写もある。後の時代の
歌人たちが、恋をテ-マとする歌を詠む時には、「伊勢物語」の世界に深く沈潜するとよい。業平が
どのような気持ちで女性たちを愛したかを想像して、業平の心を自分の恋の歌の創作に生かすべきである。旅をテ-マとする歌にも、業平がどのような気持ちでさすらい を続けたのかを思い、その
感情の高まりを胸に自分の旅を詠めと言っているのである。
この様にして「伊勢物語」の後の時代の人に影響を与えたのである。すなわち、膨大な本歌取りが
なされた。先ほど取り上げた第二十三段・筒井筒 を例に取り上げる。この段には少年少女の和歌の贈答が含まれている。
まず男の歌
筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに
次に女の歌
くらべこし ふりわけ髪も 肩すぎぬ 君ならずして たれかあぐべき
まろがたけ と くらべこし
この二つを組み合わせれば たけくらべ となる。樋口一葉の たけくらべ の本歌取りは、「伊勢物語」の幼馴染少年少女の本歌取りなのである。
夏目漱石にも「伊勢物語」を題材にした俳句がある。
朗読⑧
ゆく春や 振り分け髪も 肩過ぎぬ
解説
夏目漱石が明治29年に詠んだ俳句。漱石はこの年、熊本の第五高等学校の講師として赴任している。「伊勢物語」第二十三段・筒井筒で女の詠んだ歌
くらべこし ふりわけ髪も 肩すぎぬ 君ならずして たれかあぐべき
の第二句 ふりわけ髪も と第三句 肩すぎぬ をそのまま用いている。漱石は「伊勢物語」を読みながら、大人になった女が幼馴染の少年を恋人として意識したのは晩春だろうとしたのではないか。漱石の俳句と似た作品を与謝蕪村も詠んでいる。 ゆく春や 重たき琵琶の 抱き心
晩春や恋心とがマッチしている。蕪村の句は、男が女を思う気持ち。漱石は逆に女が男を思う気持ちを表現している様に思われる。
漱石には次のような俳句もある。
朗読⑨
暁の 夢かとぞ思う 朧かな
中七の 夢かとぞ思う は「伊勢物語」の第八十三段に見える表現である。
業平が仕えてきた唯喬親王が突然出家して、小野の山里に隠棲した。雪の降る日に小野を訪ねた業平は寂しげな親王の姿を見て悲しくなった。
忘れては 夢かとぞ思ふ おもひきや 雪ふみわけて 君を見むとは と歌を詠む。
夢かとぞ思ふ という表現を引く和歌は沢山ある。但しその多くは「伊勢物語」の影響を受けている。夢かとぞ思ふ と詠んだのは、明治19年の ゆく春や 振り分け髪も 肩過ぎぬ を詠んだのと同じ年である。やはり「伊勢物語」を意識しているのであろう。
「伊勢物語」は中世文学や近世文学だけではなく、近代文学にも大きな影響を与えている。
一人紹介したい歌人がいる。若山牧水である。恋と旅に生き、酒を愛した歌人として高い人気で
ある。牧水には「万葉集」の影響が強いと言われている。けれども「伊勢物語」の影響も大きい。牧水の日記によれば、郷里の宮崎から上京し早稲田大学に入学した後、明治37年5月に「伊勢物語」を読んでいる。牧水の歌を見よう。歌集「独り歌へる」から二首朗読する。
朗読⑩
少女等の かろき身ぶりを 見てあれば ものぞかなしき 夏のゆうべは
胸にただ 別れ来しひと しのばせて ゆふべの山を ひとり越ゆなり
解説
古典と無関係に見えるが、ここには牧水が「伊勢物語」の世界を遡及した痕跡がはっきりと見て
取れる。
まず最初の歌。 少女等の かろき身ぶりを 見てあれば ものぞかなしき 夏のゆうべは
ものぞかなしき は、牧水の感じた人生のもの悲しさを歌っているが、「伊勢物語」の第五段の歌を遡及したものである。一人の少女が若者を好きになったが、打ち明けられずに恋死にしてしまう。
そのことを後から聞いた青年は、彼女の喪に服し、レクイエムを詠んだ。
暮れがたき 夏のひぐらし ながむれば そのこととなく ものぞ悲しき
牧水の歌では 夏のゆうべ だが、「伊勢物語」の第四五段では 暮れがたき →夏の宵から夜半にかけて となっている。「伊勢物語」は、死んだ少女を悲しく追悼しているのに対して、牧水は少女たちの生き生きとした かろき身ぶりに心を動かされている。
二首目 胸にただ 別れ来しひと しのばせて ゆふべの山を ひとり越ゆなり
この歌は「伊勢物語」の第二十三段を下敷きにすると理解が深まる。「筒井筒」の少年が少女と結ばれた後、試練が訪れる。女の親が亡くなり貧しくなったのである。男は河内の裕福な女に通うようになる。男の幼馴染の女は新しい女のもとに向かう男を快く送りだす。それをいぶかしく思った男が、出かけたふりをして物陰から覗いていると、女は男を思いやる歌を詠んでいた。
風吹けば 沖つしら波 たつた山 夜半にや 君がひとり こゆらむ
牧水はこの歌を用いているのである。男が一人で山をこえるという発想が、「伊勢物語」と牧水が共有している。「伊勢物語」では山を一人で越える男を女が家にいて思いやっている。牧水の歌では、後に残った女を思いやりつつ、男が一人で山を越えていくのである。
この様に「伊勢物語」の表現を用いながら、牧水は近代を生きる自分自身の心を歌いあげている。
これが古典の力である。古典の力は歌の力である。「伊勢物語」には、人の心を動かす力を持った歌が沢山ある。これから「伊勢物語」の世界に分け入っていく。謡曲の「筒井筒」と「伊勢物語」の第二十三段の筒井筒、そして第百二十三段の鶉、を聞きながら今日を閉じる。
「コメント」
最初の会なので、緊張しながら聞いた。なんとなく今まで、古代の男の恋愛遍歴かと思っていたが、漱石や牧水に大きな影響を与えていたとは。今後に大きな興味を持ちながら聞いた。出典があちこちに飛ぶので調べるのに大わらわ。
無知であったことを改めて知らされた。短歌をやるには「伊勢物語」とは・・・。