詩歌を楽しむ「オノマトペのすてきな関係」 明治大学教授 小野 正弘
⑥ 130809「びしびし」の万葉 「ひとくひとく」の古今~短歌その一
今日から和歌のオノマトペを見ていく。日本語の中で一番古いオノマトペは712年に作られた「古事記」国生みの記事て、イザナギ・イザナミが「コウロコウロ」と混沌をかき回して国を生んでいったという擬音語。コウロコウロとは前回で話したオノマトペの造語法「繰り返しの重ね語」のシステムに則っている。
「古事記・万葉集の中のオノマトペ」
・仁徳天皇「大雀命(おほさざきのみこと)」 さやさや
天皇の姿を表した歌に(太刀がさやさや)とある。太刀の端が衣服とすれてかすかに
さやさやと音を立てている様子。
・(笹の葉は み山もさやに さやげども 我れは妹思ふ 別れ来ぬれば) 柿本人麻呂
万葉集
笹の葉は、山全体をさやさやとざわめかして音を立てているが、私は妻を思うばかり。こうして別れてきてしまったので。 人麻呂が石見の国に妻を置いて都に帰るときの歌。妻は現地妻。
・風雑(まじ)へ 雨降る夜の 雨雑へ 雪降る夜は 術(すべ)もなく 寒くしあれば 堅塩(かたしお)
を 取りつづしろひ 糟湯酒(かすゆざけ) うち啜(すす)ろいて 咳(しわぶ)かひ 鼻びしびしに 山上憶良「貧窮問答歌」
びしびし→風を引いて鼻をすすり上げている様子
・からすとふ軽率鳥(おおおそどり)の麻佐侵(まさで)にも来まさぬ君を児ろ
.来(ころく)とそ鳴く 万葉集 東歌
カラスという慌てものの鳥は本当はいらっしゃらない貴方がやってきたとばかり
コロクコロクとばかり鳴く。
東歌→万葉集巻14・古今集巻20にのる当時僻地の関東を中心とした東国の人の歌。方言が使われている。
「古今和歌集のなかのオノマトペ」
古今和歌集→勅撰和歌集の始まり。紀貫之らの選。歌風は調和的、優美。当初続万葉集といった。
① (梅の花 見にこそきつれうぐひすの ひとくひとくと いとひしもをる)
梅の花を見に来たのに鶯が人を嫌がってヒトクヒトクと鳴くものだ。ヒトク→人がくるの意。鶯にしてみれば折角梅の花を楽しんでいるのに人が来ることよ、邪魔しないでくれと鳴いている。
② (しほの山差出の磯にすむ千鳥君が御代をば八千代とぞなく)
塩山は「三窪高原」への入口の町
塩ノ山の差出の磯の千鳥があなたの世が長く続くようにと鳴いていることよ。 千鳥はチヨ(千代)と鳴くの掛詞。
しおのやま→塩山市の地名の由来にもなったと言われる「塩ノ山」。中央線塩山駅近くにある小さな山。
平安期より近代に至るまで和歌が数多くあり、塩山の地名の由来となった「塩の山」・山梨市の鳥「ちどり」も一緒に詠われている。松尾芭蕉・与謝野晶子がここを訪れており、また歌人である窪田空穂はこの山頂からの風景を詠っている。
③ (いくばくの 田をつくればか 郭公 しでの田をさを 朝な朝な呼ぶ)
しでの田をさ→幣垂(しで)の田長・ホトトギスの鳴く声の説有り
田長→田の監督 (田長)
どれだけの田を作るというのか、ホトトギスは 「しでの田をさ」を朝な朝な呼んでいる
④ (秋風に ほころびぬらし 藤ばかま つづりさせてふ きりぎりす鳴く)
秋の藤袴が咲いた風情を袴の「ほころび」にたとえ、そのほころびを冬に備えて縫ったり糸を刺したりせよとキリギリスが鳴いている、という言葉遊びの歌。 「かたさせ、すそさせ」と聞きなす。
春の野のしげき草葉の妻恋ひに飛び立つ きじのほろろとぞ鳴く (平貞文)
ホロロ・ホロホロ→キジや山鳥の鳴き声
春の野の生い茂った草のように、しきりにあなたを求めて、飛び立つ雉のように、私は「ほろろ」と泣いています
⑤ 秋の野に妻なき鹿の年を経てなぞ我 が恋のかひよとぞなく
妻のない鹿のようにイタズラに年を経て恋は何の甲斐があったのだろうか、結局何もなかったなあ。
秋の野に、妻のない鹿が長い間、どうして自分の恋に効果がないのかと 「かいよ」と
鳴いている
"かひよ" が鹿の鳴き声の擬音で、そこに 「効(かい:効果があること)」が掛けられている。
「まとめ」
古今集の俳諧歌(滑稽味を帯びた和歌の形)の中にオノマトペが入っている。動物の鳴き声を人の言葉に聞きなして、おどけている。当時のオノマトペを使った歌は戯れ歌であった。
この後勅撰集(21代集)にはオノマトペは使われていない。オノマトペを使った歌は正統的な歌と一線を画すものとされた。