科学と人間「私たちはどこから来たのか?~人類700万年史」 講師 馬場 悠男(国立科学博物館名誉研究員)
150814⑦謎の超小型人間~ホモ・フロレシエンシス
「謎の小型人類の発見」インドネシア
謎の古代人類、ホモ・フロレシエンシス。この話はヒマラヤで雪男が発見されたという話と似ている。普通なら専門家がこんなことを言ったら他の専門家から相手にされなくなるであろう。しかし実際にインドネシアのジャワ島の東のフロ-レス島と言う所で300万年前の
猿人と同じような身長と脳容積を持つ超小型の人類がかなり最近まで住んでいた事が確かめられた。およそ700万年間にわたる人類進化の過程では一般に身長と脳が大きくなる傾向があり、逆に小さくなることはないだろうと人類学者は考えていた。しかしインドネシアとオ-ストラリアの合同調査チ-ムが2003年にディアンボアという洞窟で発見した女性の化石はそうではなかった。2万年前であるにも拘らず300万年前の猿人と同じ110cmの伸長と420ccの脳容積であった。→私達の1/3~1/4の脳であった。しかも小型の象を捕まえて石器を使って解体していた。翌年この化石がホモ・フロレシエンシスと名付けられ、その研究結果がNatureに載ると世界中の人類学者は驚いた。過去50年間における人類学の最大の発見と言われた。
(その疑問点)
・そんな小型の人類が最近までどうやって生きたのだろうか。
・初めから小さかったのだろうか。
・そもそも大きな人類が特別に小さくなったのであろうか。そうなら何故どのように小さくなったのであろうか。
・そもそも何故フロ-レス島という場所で生き残っていたのであろうか。
・そこはインドネシアの中でも特別な場所なのであろうか。
・人類の進化は初期猿人・猿人・原人・旧人・新人と5段階に分かれるが、ホモ・フロレシエンシスはどの段階にいるのか
・ホモ・フロレシエンシスの脳の大きさは猿人と同じ、石器を使うのは原人に当たる。しかし生きている時代は我々新人と同じ。
全く疑問は尽きないのである。
「どうしてこのような大発見が生まれたのであろうか」→人類学や考古学の常識を疑ってみることであった。
・新人は海を渡る技術は持っていたが原人や旧人は海を渡ることはありえないと研究者たちは考えていた。ジャワ島は寒い氷期には
海は凍結して海水面は下がり、アジア大陸と陸続きになるのでジャワ原人は歩いてジャワ島に到達したに違いない。
・一方フロ-レス島は深い海が隔てているので氷期でも陸続きにはならなかった。従ってフロ-レス島に新人より古い人類が移り住んで
いた事は想定できない。
・実は第二次世界大戦前からオランダの古生物学者が調査を行って、象(ステゴゾン)の化石や石器を発見していた。しかし象は海を
渡るし、石器は数万年前にやってきた新人のものだろうとか、そんな風に考えていた。
・そんな状況の中でマイク・モーウッドというオ-ストラリアのニュ-イングランド大学の考古学者がインドネシア当局の許可の下に
フロ-レス島で発掘を始めた。かってオランダの古生物学者がごく一部を発掘したことはあった。そして動物の骨と石器を見たけただけで固い地層に達したのでそこで発掘を止めていた。モーウッドも固い地層に達したがこれは石灰石が堆積物にしみこんで固まったものとみて、更に掘り進んだ。下から小型のステラゾン象の化石や石器が見つかり始めた。2003年に完全な頭と体の骨が揃った骨格が発見された。どんな人類学者でも新種あるいは親族の人類だと判断できる完璧なものであった。
「ホモ・フロレシエンシスの概要のついての論争」
110cmととても小柄、ホビット冒険物語に因んで「ホビット」という愛称が付いた。そしてなぜなのかと言う論争が起きた。
様々な説があった。
・初期の原人 猿人の子孫である可能性もある
・アフリカのビグミ-や東南アジアのネグリトの様な小柄な現代人 或いは生まれつきの小頭症、成長障害などの病気
頭と顔が歪んでいる例がある、これがその証拠だと。また左右対称でない。
「インドネシアとの共同研究」
そんな議論が進む中で、私のジャワ原人の共同研究者のアジズ研究官から共同研究の申し入れがあり始めることになった。
その結果色々なことが分かってきた。
・ホモ・フロレシエンシスは猿人とも新人とも違っていて原人の一種である。しかもその中でジャワ原人に最も似ている。従ってジャワ
原人或いは東南アジアに分布するジャワ原人の仲間がフロレス島に渡って独自の進化を遂げたのであろうという結論に達した。
「ホモ・フロレシエンシスの謎」
・小さな脳
脳は体の大きさに比例する部分と、智能として働く部分があるが、ホモ・フロレシエンシスは智能として働く部分がとても小さい。これで石器を作り利用できたものだ。ここでは競争相手となる別の人類集団がいないので、石器が作れる最低限の脳細胞を残して、他の
脳機能を節約したのだろうと推測されている。
・フローレス島でホモ・フロレシエンシスが生き残った理由
この地域はアジア大陸とオ-ストラリア大陸との間にあって両方から隔絶された特殊な地域である。スマトラ島、ジャワ島、カリマンタン島付近は氷期には海水面が下がり地続きになってしまって、一つの亜大陸を形成するのでスンダランドと呼ばれる。もう一方オ-ストラリアとニューギニアを含む地域も氷期には地続きになるのでサワールランドと呼ばれる。そして両地域の中間にあるフロ-レス島、チモ-ル島、スラウェシ島などを含んでいる地域はウォ-レシアと呼ばれていて、その東西を深い海が隔てているのでスンダランドともサワールランドとも地続きになったことはない。つまりアジアともオ-ストラリアとも繋がったことがない。その結果中間のウォ-レシアに住んでいる生物たちの大部分は他地域からの偶然の移住者によって構成され、島ごとに微妙に違う生物が住むことになった。つまり元は同じ生物が環境に適応して変化し別の種になっているのである。これはダーウィンが進化論のヒントを得たガラパゴス諸島と同じで
理屈である。その事実にまず気が付いたのは民間の冒険標本収集家のアルフレッド・ウォ-レスであった。そこでこの地域をウォ-レシアと呼ぶことになった。ウォーレスがダ-ウィンに送った進化論の原稿を見て、ダ-ウィンが慌てて「種の起源」を出版したという伝説は有名である。
・ホモ・フロレシエンシスが渡ってこられた理由
スンダランドからフロ-レス島に渡って来た哺乳類は象とネズミとホモ・フロレシエンシスだけであった。爬虫類はコモド大トカゲだけである。ホモ・フロレシエンシスは巨大地震による津波で運ばれたと考えられている。
・ホモ・フロレシエンシスが小さい理由
フロ-レス島で発見された動物はアジア大陸の同種とは大きさが全く違う。それは競争相手の全くいない小さな島で暮らしていた為。例えば象は食料が少ないので小型になったほうが個体数を増やせる。ネズミは他の小型中型の雑色動物の競争相手がいないので、むしろ仲間同士の体力勝負の為に大きくなった。このように隔絶された島では競争相手がいなかったり、環境が違ったりして動物の
サイズが変わることを「島嶼効果」と言う。ホモ・フロレシエンシスは狭い島で暮らすために小型化して個体数を増やしたのであろう。
更に他の人類との競争もなかったので脳を小さくしても大丈夫だった。つまり創意工夫をする大きな脳は必要なかったのである。
「コメント」
今回の事実はとても示唆に富む。島嶼効果である。
・競争相手のいない隔絶された所で生きると脳は進化どころか退化する。→人間の全ての器官は使わなければ退化する。
・必要ない器官は退化し消滅する。