科学と人間「私たちはどこから来たのか?~人類700万年史」            講師 馬場 悠男(国立科学博物館名誉研究員)

150925⑬孫たちに贈る二つの世界

「22世紀の人類が体験するであろう世界  地球崩壊か?

22世紀の人類が体験するであろう二つの違った世界に関する話である。これまで私たちはどこから来たのかというシリ-ズで、私は

人類の進化と日本人の形成過程をいわばサクセススト-り-として説明してきた。しかしこれから先の地球環境と文明の有り方を想像すると平和で豊かな状況が続くとはとても思えない。世界の文明社会が崩壊していく危険性が間近に迫っていて、私達の子孫は悲劇的な事態に直面することになりそうである。

文明と言うのは豊かで便利であるが実は人々の欲望を充足させる人工装置である。しかもその欲望には限りがない。二つの世界の内の一つは、この文明と言う名の欲望を充足させる装置をこのままのさばらせる結果として訪れる崩壊しつつある世界か、崩壊してしまった世界である。もう一つの世界は皆で欲望を制限して現在ほど豊かではないが遠い将来まで平和で暮らし続けられる世界である。

どちらの世界を子孫に贈ることになるかは、現在の私達の考え方と行動にかかっている。

別の言い方をすると今回のシリ-ズの中で、度々取り上げてきた知性による共感と優しさ思いやりの問題でもある。

つまり未来の子孫に対してどれだけ共感し優しさを或いは思いやりを持てるかという事である。私が長年勤めていた国立科学博物館の展示の統一テ-マは「人類と自然の共存を目指して」である。そして展示の2/3を占める地球館のテ-マは「地球生命史と人類」である。そこでは地球と生物が共に進化してきた歴史の中で最終的に人類がどのように発展してきたかが展示されている。これが今回の

ラジオ講座のテーマでもある。

 

人類発展の歴史を振り返って、今がどのような時代なのか考えてみよう。

「人類進化の歴史」

(中生代) 1億年前 恐竜の時代

私達も含まれる哺乳類の祖先は、ネズミのような小型の動物であった。食物を細かく咀嚼して高い代謝を維持し胎盤で受精卵を発生

させ赤ん坊に乳を与え、大切に育てていた。しかし大きな恐竜には勝てず昼間は隠れていた。全身に生えた密な毛で体温を維持し

夜に行動していた。但し手や足歯などの構造は元々の構造を保っていて、今後の発展進化の可能性を秘めていた。

(新生代)6500万年前 巨大隕石落下

中央アメリカのユカタン半島に巨大隕石が落下。その時に飛び散った大量の微粒子が空を覆い太陽光を遮った為、地球全体の気温が何年も下がった。恐竜など多くの生物が絶滅した。その中で生き残った小さな哺乳類は様々な環境変化に適応して発展していった。

人の祖先の霊長類は色々な食物があり、競争相手の少なく安全な木の上で暮らすという選択をした。木の上は進化の舞台ではなかった。しかしここで得た柔軟で把握力のある腕・足の構造は後に人類として進化する際に大いに役立った。

「中新世」700万年前 日本ユーラシア大陸から分離し、日本海が形成され、これに伴う海底火山活動で日本各地にグリーンタフ

呼ばれる凝灰岩層が発達した。

この時人類の進化が始まった。「人類700万年の歴史」。アフリカでチンパンジ-との共同祖先から分かれた二足歩行の人類 

初期猿人は森林で徐々に直立歩行を始めた。雄は雌に食物を運ぶ為に直立二足歩行を始めたと言われる。

「鮮新世」400万年前 気候は寒冷化しており、南極大陸中新世よりもさらに氷床を拡大していた。

猿人は恐る恐る草原に出ていく。そして安定した二足歩行が出来たので手と腕は外界に働きかける潜在的な能力を得たことになる。

「更新世」200万年前 更新世のほとんどは氷河時代であった。 

アフリカで原人が誕生し脳が拡大し本格的に道具を作りだした。はじめは死んだ動物の肉を切り取っていたが、後には積極的に狩りを行うようになる。捕食動物の地位を獲得した。しかし肉食により脳が発達し始めたことは後の悲劇の始まりだったかもしれない。

「更新世中期」60万年前

アフリカで旧人が誕生し手・道具・脳の相互作用が進んだ。更に原人だった時の能力を洗練させて中型・大型の動物の狩猟を行った。

「更新世中期」20万年前

アフリカで新人のホモサピエンスが誕生し戦略的創造的思考能力を発展させた。その結果私たちは他の動物と極端に違う素晴らしい能力を得てしまった。そのことが現在に至って地球環境を破壊し、文明崩壊の危機をもたらそうとしている根本原因である。

「更新世後期」6万年前

新人ホモサピエンスはアフリカから世界各地に拡散し、各地の古い人類を絶滅させた。最も一部では古い人類と僅かではあるが混血したことは分かっている。

「完新世」1万年前 現在までの時代。農耕と牧畜の開始。

農耕と牧畜が始まった。これは食料を大量に作ることである。しかし別の見方をすると自然の生態系から自然の恵みを貰うという

つつましやかな立場から脱却したことを意味する。自然を傷付け冒涜し始めた事を意味する。

「完新世」5千年前 文明の誕生

世界各地で文明が興り移転していった。旧大陸の四大文明だけではなく新大陸でもマヤ・アズテクなどの地域文明が発達した。

 

私達日本人は現在の文明生活を享受できているのは当然の権利であると思っている。極めて幸運にも文明の恩恵を享受できている事を認識していないし感謝もしていない。世界各地にはその恩恵にあずかっていない人々の方が多いのに。

 

「何故文明が発達した所としなかったところがあるのか」

この疑問を著書「銃・病原菌・鉄」であざやかに説明したのは、生理学者・鳥類学者・人類学者のジャレド・ダイアモンドである。その

経緯を説明する。彼がニュ-ギニアで鳥類の研究中、現地の人に「白人は沢山のものを発達させたが、我々はなにも持っていない。

それはなぜだろう」と聞かれた所から始まる。以下はニュ-ギニア人への答えである。

「ジャレド・ダイアモンドの説明」 1万年前の旧石器時代の末期には世界中の人々が同じ認知能力を持ち同じような狩猟採集生活であった。

大陸の地理的形状つまり大陸が拡がる方向によって栽培植物や家畜として利用できる生物種の数が大陸によって違っていた。更に

大陸によってそれらの制御技術の伝わり方が違う。一般に東西方向は気候が似ているので栽培植物や家畜の利用は容易に伝わるが南北は気候が違うので伝わりにくいし条件が違うので定着しない。つまりアフリカ北部を含めたユ-ラシアは東西に伸びているので条件が良くて、アメリカとアフリカは南北に伸びていて条件が悪い。実際にユ-ラシアで家畜化された哺乳類は犬・馬・ロバ・ラクダ・牛・豚・

ウサギ・ヤギ・羊など数多くある。しかしアメリカ大陸で家畜化されたのはリャマ・アルパカの仲間だけ。特に人が乗って高速で移動できる馬のような動物がいなかった。但し栽培化された植物はアメリカに沢山ある。ジャガイモ・トウモロコシ・カカオ・トマト・唐辛子・

キャッサバなど今日でも沢山利用されている。

しかしアメリカでは南北では気候が違うので、別の地域ではそれらのものは有効に利用されなかった。このように条件に恵まれたユ-ラシアとアフリカ北部では早い時期に強い経済力と軍事力を持つ文明が発達した。アメリカ各地の文明の経済力はまあまあであったが、軍事力が弱かった。サハラ以南のアフリカとオ-ストラリアではなおさら特筆すべき文明は興らなかった。このような地域文明は数百年から3千年程度栄えたが大部分は地域の資源を収奪して環境を破壊した結果、衰退或いは崩壊した。しかも重要なのは文明が衰退し崩壊するまで当事者たちはその悲劇が起きることに気が付かなかったことである。しかし自然の恵みを収奪したのは地域の環境からだけであり、地域限定だったので、近隣或いは別の地域で文明が復活した。そしてその文明を吸収した周辺地域、具体的には

-ロッパ文明が発展し、世界を席巻した。従ってユーラシアから遠く離れたニュ-ギニアでは自分たちが文明を興すこともなく、

周辺から学ぶこともなかったのだ。

 

その意味では私達日本人は中国文明を隣りで直に学習し、更にメソポタミア文明を発展させた西洋文明を絶妙のタイミングで取り込むという非常にまれな幸運に恵まれた。

 

「産業革命以降の消費文明」

250年前の産業革命で今までの文明の在り方の全てが変わった。自然の恵みである化石燃料などの鉱物資源を大量に収奪すると

いうこれまでと全く違う異質な消費文明が始まった。その結果これからの生活がどうなるかに関しては、数々の指摘がなされている。

 

「今後の世界の予測」 

(文明崩壊の危機)

ヨルゲンサンダ-ス「2052年 今後40年のグロ-パル予測」や総合地球環境学研究所「地球環境学辞典」等の出版物がある。

これらによると、この後数10年で環境が悪化し食料や鉱物資源が不足する或いは枯渇する可能性が指摘されている。それは今までの様に地域文明が崩壊するだけでなく地球規模で文明が崩壊する事を意味する。特に事態を深刻にしているのはグロ-バリ-ゼーションによって途上国の人々が先進国の人々が体験している快適な生活を自分たちも享受しようと資源の大量消費に突っ走っていることである。そして世界中の人々が麻薬のような快楽を追求したら次の世代は間違いなく文明崩壊に直面する。その時には資源争奪戦が始まり大規模戦争に発展するであろう。そうでなくても温暖化による気候変動が引き金となって食糧生産が減少すれば多くの人達は飢餓に直面する。

(文明崩壊の回避の方法)

私達は文明の崩壊に直面していることを知りながら何故資源の大量消費を止められないのか。それはアルコ-ル中毒・麻薬中毒同じように文明の大量消費装置に中毒して抜け出せないでいるからである。ホモサピエンスが10万年前に獲得した知性による共感する

能力、思いやりや優しさを自分たちの子孫に向けることは出来ないのか。その根底には私達の知性や認知能力がまだまだ十分に発達していない事実がある。最初の回で話したチンパンジ-は今日の今だけに生きていて、昨日も明日もない。これまでの地球の動物は

全てそうであった。人類も、初期猿人・猿人もそうであった。しかし原人や旧人以降程度は違っても過去から未来に繋がる自分の人生を理解し、他人の人生の存在を認識し共感することは出来たであろう。又自然環境を破壊することもなかった。しかし私たちは記録された歴史によって過去の地域文明が崩壊したことを知りながら、又最近の科学的研究・調査によって地球規模の文明破壊の危機が迫っていることを頭では知りながら有効な対策を立て実行しようとしていない。

●「エコロジ-」

最近この言葉が頻繁に出てくる。耳触りの良いこのスロ-ガンの下でエネルギ-や物質の消費を節約しようとしている。つまり現状における自然環境の破壊や資源の消費をわずかに減少させることで将来の崩壊に対処しようとしている。しかし焼け石に水である。

 

私達は文明史や人類史と言う視点や重要性を知ろうともせず、まして理解しようともしていない。あたかも自分の無知と欲望の為に

祖先が築いた貴重な財産を自分の代で浪費してしまうグ-タラ親と同じである。強大で多くの資源を持つ国や国民は近縁度に応じて連合を形成し弱小な国や民族を見殺し或いは抹殺するかもしれない。

資源が枯渇するにつれて人種、宗教などのなどによる対立が先鋭化する。欲望のままに生きている勝手放題に生きている人々にどのように生活水準の低下を納得させうるか、はなはだ疑問である。

●日本が自然と共存するような文明縮小モデルのロ-ドマップを作り世界に提唱し理念的イニシアティブを取る。

日本には力はないがそれに対応する理念は提示できる。もし世界中でこの理念を提唱し、実行できる国があるとすれば私達日本人

以外にはない。真面目で辛抱強く教育レベルは高く全体の為に何をなすべきかを理解し自分らを律することの出来る日本人ならば

やれるかもしれない。私達日本人は一致団結して目標に向かう事が得意な民族である。また日本人は過去に自然環境に合った

身の丈サイズの生活をしてきた経験がある。それに学べば良いのである。国立科学博物館の日本館のテ-マは日本列島の自然の

素晴らしさと暮らし方の歴史を展示している。日本列島には四季の変化があり各種の豊かな植物と動物がもたらす恵みが豊富に

ある。私達は日本に生まれた幸せに感謝し質素であっても恵まれた生活が出来る。これを守って子孫に残すべきである。

●日本はまず食料を自給し、生きて行けるだけの人口の数を考えるべき。具体的には電化製品は電燈とラジオしかなく炬燵で寒さを

しのいだ戦後の7000万人、江戸時代の3000万人がモデルになる。更には古墳時代の500万人も。

まず米食にすれば、主食は完全に自給可能である。

●このような事を決断し実行すれば世界に貢献しながら、日本国民を守ることが出来る。

●このような計画が成功して安定した世界を築くことが出来れば、22世紀の人々から日本は尊敬され大いに感謝されるであろう。

 

「コメント」

最終回は学者の話ではなく、どこか町の善意であるが各種の知見のない70~80才のお爺さんの床屋政談の雰囲気。

家に帰ればパン食でク-ラ-にひたってワインを飲んで昼寝していなければいいけど。

人類の将来を憂う気持ちには同感するが、これでは現代の日本人に対して説得力はない。但し食料自給の必要性、又意識の持ち方によっては可能だという説には賛意を表する。ドゴ-ルの言葉「食料を自給できない国は独立国ではない」

辛口が過ぎたけれど、人類史を700万年通して勉強したのは始めてなので感謝はしたい。今日の放送大学「ネアンデルタ-ル人は何故滅んだのか」は楽しみ。