科学と人間「生物進化の謎と感染症」                                講師 吉川 泰弘(千葉科学大学教授)

151002① 4000年の歴史をもつウィルス~狂犬病ウィルス

「講義の主旨」

主として動物から来る感染症について話す。感染症の由来も人が、この世にある前から見られた感染症がヒトの社会の中に根付いて現在に至っている。そういう意味で感染症とその原因になる病源体と言うのはどういうものかを考えてみたいというのが今回の講義の主旨である。

その為に単に感染症ではなくて生物進化の謎と感染症という切り口にした。最初に一言言っておきたいと思う。

明治の中頃に伝染病予防法という人の伝染病を予防する法律が出来た。その基本は伝染病と言うのは名の通り人から人へとうつる病気と言う事で医学部で教えるという事になっている。殆ど同じ頃に家畜伝染病予防法という法律も出来た。これは家畜から家畜へとうつる伝染病という事で獣医学部で教えることになった。そして100年間、動物から人にうつる感染症は医学部でも獣医学部でも教えないことになってしまった。しかし最近新興感染症の殆どのものは動物に由来する感染症という事になって、もう一度ここの部分を見直さなければならないという事になって、感染症法にも動物由来感染症という動物と人の感染症が組み込まれた。もう一方、感染症の原因と言うものを考えると、これは名の通り病原微生物という事になる。しかし微生物とはなんだろう。定義すれば、目に見えない小さな生き物という事で、17世紀に顕微鏡が出来るまで、その存在は認められていなかった。細菌、バクテリア、原虫と言ったものが明らかになっていった。こういった病原微生物即ち細菌、ウイルス、原虫、真菌(きのこ・かび・酵母の総称)、こういったものが地球上に生命が誕生した一番元になるグル-プという事になる。地球の生命史40億年の内の30億年以上は、この細菌、単細胞の原虫或いは多細胞が、10億年前に生まれて寄生虫と言ったものが出現した。そして5億年前に多細胞の高等生物が登場して魚類から両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類という風に来て、その点で考えると感染症と言うのは地球の初期に出現した原始生命体と我々人、或いは家畜などの高等生物の相互作用を感染症と言っているのだ。

それを考えると現状の感染症の過程には、色々の生物群が色々な形で登場して、そこには色々な相互作用即ち感染があったという事になる。そういった視点で、この講義を進めていきたい。

「狂犬病を最初に取り上げる理由」

第一回は4000年の歴史をもつウィルスという事で、狂犬病ウィルスから話を進める。

感染症の第一回が何故狂犬病かと言う疑問を持つかもしれないが、人の感染症の起源というのは人が生まれる前からあった色々な生物群の相互作用という事になる。地球上に細菌と言う原始的生命体が出現してからずっと生物間では感染症があった。しかし昆虫や寄生虫の感染症を話しても理解出来ないと考えて、記録に残っている人の最も古い感染症の一つという事で狂犬病を取り上げた。

狂犬病と言うのは歴史的に見て非常に古い動物としての感染症である。

現状は、この狂犬病と言う感染症が世界中に蔓延し、人が感染して発症すると治療法がなくて100%死亡する。

(メソポタミアのエシュヌンナ法典)  BC2000年頃

 ここに狂犬が人を噛んで死に至らしめた時にはその対価を払うべと言う事が書かれている。

 (バビロニアのハムラビ法典)    BC1800年頃

飼い主には狂犬病の犬が人を噛んで死亡させたら罰金を科すとの記述

(ローマ人のケルスス)  AC50年頃 「医学論」を書いた。  人の狂犬病について恐水病(ハイドロホ-ヒア)と命名。

治療法として噛まれた部位を切除するか焼くことを提唱。このような処置をしなければ発症して危険に陥ると警告している。

 

「狂犬病の現状」  日本と違って海外では日常茶飯事

・2015年 フランス 狂犬病のブルテリアが16人を噛んだ。この人たちはワクチンを接種され無事。

・2015年 アメリカ アライグマが狂犬病陽性となった。これと接触した犬も感染した。

「狂犬病とは」

狂犬病は狂犬病ウィルスに感染して起きる。人を含めて全ての陸上哺乳動物が、この病原菌の感受性を持っている。

殆どは発症した犬に噛まれて感染する。噛まれてすぐ発病するわけではなく、潜伏期は1~3ヶ月。発症した場合、最初風邪に似た症状が出るがその後噛まれた部位に知覚異常が出てやがて不安感、恐水症、興奮、麻痺、錯乱などの神経症状が出てくる。数日後に

呼吸麻痺を起して、10日前後で100%死亡する。どんな動物から感染するかと言うと、犬・猫・アライグマ・キツネ・スカンク・

コウモリ・・・・。

そうした動物に噛まれて唾液中の狂犬病ウィルスが人の体内に入る所から始まる。一般的なウィルスは感染した部位でまず増えて、それから血流或いはリンパ流に乗って全身を回って臓器で更に増殖するというのが普通だが、狂犬病の場合は違う。狂犬病ウィルスと言うのは特殊で、噛まれた部位から直接末梢神経に入ってしまう。そこから神経を逆流して脳まで行って、脳の神経細胞の中で増殖する。血液を介して回らないので、人間の免疫系が役に立たない。ずる賢いウィルスと言うか、侵入の戦略としては優れている。

中枢神経で増殖すると神経機能が攪乱されて過敏になり、パニック状態となり一種の狂騒状態になる。

述べたようにも噛まれた所を焼くか切除するかの対策はパスツ-ルがワクチンを開発するまでずっと行われてきた。

「狂犬病ウィルスの正体」

ウィルスの中には感染すると狂犬病によく似た症状を引き起こす性質のよく似たウィルスがいる。このグル-プをリッサウィルス族と

言うが、丁度人の血液型が違う様に血清抗体に対する反応が少しずつ違う5種類のウィルスがある。

この血清型1~5のうちの血清型1が狂犬病ウィルスで全世界に広がっている。血清型2~4はアフリカ、オ-ストラリア等の各地域に存在。

「狂犬病が撲滅できない理由」

このウィルスが野生動物を介して広がる為である。媒介する動物は国や地域によって異なってくる。アジア、アフリカは主に犬、その他ではコウモリ・スカンク・アライグマ・コヨ-テ・狸・オオカミなど。北米ではコウモリ、アライグマ、キツネ。南米では吸血コウモリ。

ヨ-ロッパはキツネが知られている。これらの中で発症すると食肉類は狂躁状態になり目の前の動くものに噛みつく。こうしてウィルスは広がっていく。狂犬病の予防治療に最も有効なのはワクチン接種である。

「バスツ-ルのワクチン開発」 予防用ワクチン・曝露後ワクチン

色々なエピソ-ドが残っている。8歳の時、郷里の村で狂犬病のオオカミに襲われ28人が死亡した事件があったという。その時旧来の治療法である焼く・切除を身近に見たのである。成人になってジェンナ-の種痘ワクチンに刺激され、狂犬病ワクチンに興味を持った。ワクチンと言うのは感染症に罹る前に病原性を弱めたり或いはホルマリンで病源体を殺して、これを接種すると免疫が出来て、本物の感染症が流行しても同じ感染症には罹らないというもの。これはギリシァ時代から知られていた技術である。

切っ掛けは1879年コレラ菌を培養していたが、休暇の間に菌が弱毒化されて、後パスツ-ルが鶏に注射しても発症しなかった。

此れから弱毒ワクチンと言う考え方を導入した。

パスツ-ルは病源体が脳や脊髄で増殖していると考えた。そこで狂犬病で死んだ犬の脊髄を、ウサギの脳に摂取するとウサギが発症することを確かめた。それを21回繰り返したら当初2週間で発症していたものが1週間となった。これは病原菌がウサギに馴化したものである。

しかしその他の動物には弱くなるという性質を見つけた。今でもこうしたウィルスの馴化と言う方法は生ワクチンの製造に使われて

いる。こうしてパスツ-ルは狂犬病予防用ワクチンを開発したが、噛まれた後ウィルスが脳に行くのを防ぐという事を考えて曝露後

ワクチンを開発した。これは狂犬に曝露された後に打つという特殊な使い方のワクチンである。

最初にこの曝露後ワクチンの恩恵を受けたのは少年で、一命を取り留めた。

「狂犬病の予防」

現在狂犬病のワクチンは人用と動物用に分けている。いずれもウィルスを不活性化したものである。狂犬病の予防に最も必要なことは、野生動物での流行を止めることである。しかし世界各地での野生動物へのワクチン接種が行われているが、ウィルスが馴化しているとの報告もある。撲滅はなかなか困難なのが現実である。

「現状」

狂犬病による死者 6万人/年。特にアジアとアフリカが多い。海外では殆どの国に狂犬病が存在している。農水省によると狂犬病の清浄国は6地域しかない。アイスランド・オーストラリア・ニュ-ジ-ランド・フィジ-諸島・ハワイ・グァム。海外旅行者は注意の事。噛まれたらすぐ傷口を石鹸ときれいな水で良く洗い、医療機関にかかる事。渡航前に予防ワクチン接種。

 

「コメント」

医学専門用語は難解。馴化、曝露? 辞書、WEBで調べるけど正しい理解か自信ない。おおよその概念理解で勘弁して貰おう。

しかし知らないことは新鮮、次からはどうなるのか紙芝居だ。