カルチャ-ラジオ日曜版「最後の隣人・ネアンデルタ-ル人を求めて」  講師 赤澤 威(高知工科大学大学名誉教授)

151122④ ネアンデルタ-ル人は最後の隣人か

「前回のおさらい」

前回言い足りなかった部分のおさらいをする。700万年前に始まった人類史で最初のタ-ニングポイント、森で生まれた猿人達が森から草原サバンナに動いたことである。この背景は我々の祖先たちは直立二足歩行に向けて体を本格的に改造して始まったことである。逆に直立二足歩行でなければ生き抜けなかったであろう。

理由として手を使ってものを運ぶという事を挙げた。物を運ぶために直立二足歩行が促進され、それによって人類の身体は改造されることになる。

「人は歩きと同時に走って長距離を移動する為に進化した」

米国の人類学者グランベルとリ-バ-マンはこう主張した。彼らによると「人は四足獣と較べて短距離走のスピ-ドでは負けるが、長距離走では負けない。人は霊長類の中で唯一長距離を走る事が出来る生きものである。走る能力は森から草原サバンナの世界に適応して生きぬいて行くうちに獲得した。この能力が無ければ生き抜けなかった。獲物をとるに

しても競合者と競って食物を獲得するには短距離走も大事だけど、長距離走の方が有利である。このように要求から自己の身体を改造していったのである。

いずれにしても私達の身体は樹上から地上に降りてその時点から競合者、競合する他の生き物との競争に勝って行く

ように体を改造してきた。改造の目的は子孫を残しやすい、それに便利な身体特徴を獲得するプロセスであった。

「身体の進化」 手の機能の充実→石器製作→食事環境の改善→体と脳の大型化

700万年の70%の時間は直立二足歩行を獲得するための時間であったが、これを完璧にこなすようになった原人ホモ・エレクトスにとって解放された手の機能は飛躍的に進化した。

手の構造が変わりその器用な手によって彼らは以前にも増して遥かに機能的な石器を作るようになった。この石器に

よって一番変わったのは食事環境であった。格段に向上し充実する。それまでの猿人達がチンパンジ-と変わらない

サイズであったのが、ホモ・エレクトスになると1.5倍になる。脳が猿人の2倍になる。この身体と脳の拡大の背景には

食事環境の向上・安定・充実が大きく影響している。安定した食事環境によって体が大型化する、頑強になり同時に

持続力・運動能力・運動エネルギ-が増進した。このように500万年をかけて専らアフリカを舞台にして進化を繰り返したが、直立二足歩行を完璧にこなして頑丈な体になって、次に挑戦するのがOut Of Africa

Out Of Africa」 何故ユ-ラシアに動いたのか

これを演じたのが原人ホモ・エレクトスである。彼らは人類史上二番目のタ-ニング・ポイントを演出した。人類世界は

アフリカから出てユ-ラシア大陸に拡大する。ここでの謎は「何故ユ-ラシア大陸に動いたのか」

これについては議論が絶えない所で、未だ定説はない。このテ-マについて国立民族博物館の教授佐々木史郎は簡単で要を得た説明をしている。彼のフィ-ルドはシベリアなので説明モデルは、モンゴロイドが酷寒のシベリアへ何故進出

したのかその背景を説明するためのモデルである。彼のモデルはホモ・エレクトスの動きを考えるうえで十分に参考に

なる。

A引き寄せモデル

  温暖な気候、環境に恵まれた自然に魅せられて引き寄せられて移動する

B押し出しモデル

  気候変動などで自然環境が変化したり人口密度が増えて食糧事情が悪くなる。この事が背景にあって集団が分裂

  して一部の集団が動くというモデル  人口圧モデルという言い方もある

C拡散モデル

   同じ環境或いはより良い生息地を求めて周期的に移動を繰り返しているうちに結果的に新天地を切り開くことになる

   というモデル

 

講師の考えでは以上三つ全てそれなりに移動に影響していると思うが、ホモ・エレクトスの出アフリカについてはC

当たっているように思うという。とりわけ主な食糧源が動物資源であったので、それを求めて移動を繰り返している内に

次第に生活空間が拡大し、知らぬうちに自らの世界を切り開いて行くことになった。

このモデルが妥当だと思う理由は

原人ホモ・エレクトスが移住拡散した先、ユーラシア大陸の低緯度の温暖な気候が卓越する一帯、中東から南アジア

一帯。こういう場所は彼らの地アフリカと近い環境である。アフリカの地で時間をかけて貯えてきた知識・文化・技術を

生かせる地域であった。

「ホモ・エレクトスの出アフリカの足跡」

最初の出アフリカを演じた原人の遺跡が各地で見つかっている。その遺跡を調べることによってどのようなル-トを使って移動したのかという研究も進んでいる。

・北上するル-ト  一番有力視されている

  ナイルル-トと呼んでいるが、シナイ半島からユ-ラシア大陸へ

・紅海ル-ト

  ナイルル-トの途中、エチオピアからアラビア半島の南端紅海の出口を通って現在のイェメンに通じる紅海ル-ト

  このル-トを通って東アジア、南アジアに移り住んだのではと指摘されている。

・地中海ル-ト

  アフリカから直接ヨ-ロッパへ移住するル-ト。

  紅海ル-トも地中海ル-トも海が陸橋になっているのが条件

「ホモ・ハイデルベルゲンシスの出アフリカ」 

ホモ・エレクトスが演じたのは最初の出アフリカであったが、これだけでは終わらなかった。前に新人ホモ・サピエンスの

出アフリカを三度目のタ-ニングポイントと言ったが、その前にもう一回出アフリカがあった。それを演じたのはOut Of Africaから生まれた旧人ホモ・ハイデルベルゲンシスである。最初の出アフリカを演じたのはホモ・エレクトスであったが、そのままアフリカに留まっていたホモ・エレクトスもいた。それが進化して80万年前にホモ・ハイデルベルゲンシスとして

誕生した。その彼らがOut Of Africaに挑戦する。そしてユ-ラシア各地に移り住んでいく。

(スペイン アタプエルカの洞窟遺跡)

 この洞窟から多くの人骨が見つかった。50~25万年前のホモ・ハイデルベルゲンシスの化石である。最初に移動して

 きたホモ・エレクトスはユーラシアに定着しなかったが、ホモ・ハイデルベルゲンシスは定着に成功する。その背景は

 技術の進歩である。ホモ・エレクトスが使っていた石器よりはるかに機能的な様々な石器を作っていた。彼らの脳は

 現代人の脳の90%まで大きくなっていた。因みにホモ・エレクトスは60%程度。

 

原人(ホモ=エレクトス)の中から、約60万年前にアフリカで枝分かれして生まれたのがハイデルベルク人(ホモ・ハイデルベルゲンシス)となり、その一部が中東・ヨーロッパに移動して約20万年前にネアンデルタール人となった、つまり、ハイデルベルク人は原人と

 旧人をつなぐ化石人類見られている。つまり二度目の出アフリカを演じたホモ・ハイデルベルゲンシスが進化してネアンデルタ-ル人が生まれるというシナリオとなる。

「ホモ・ハイデルベルゲンシスからネアンデルタ-ル人への流れ」  ホモ・ハイデルベルゲンシス=ハイデルベルグ人

アフリカで誕生し進化を繰り返し、その後も温暖な気候帯を移動してきたハイデルベルグ人の新天地ヨーロッパ、そこで彼らは氷期の

寒冷な気候と対峙することになった。新しい環境に適応し定着するには技術的な進化と共に生理的にも順応して自らの身体を改造する必要があった。ハイデルベルグ人から進化したネアンデルタ-ル人のユニ-クな顔つき、姿形はヨ-ロッパの氷期の寒冷気候に対する適応の結果である。

●ベルグマンとアレンの法則

  以上のことを説明するのがベルグマンとアレンの法則である。

 「人のような恒温動物では体温を一定に保つためには生息する環境に順応する固有の体型を持つことになる。温暖地の動物では

  体温を一定に保つためには絶えず放熱しなければならない。それに有利な体型と言うのは体重当たりの体表面積を大きくすることで

  ある。一方寒冷地に適応した動物では体温を維持するためには大型、ズングリムックリとした体形が有利になる。」

「寒冷地の動物では手足、耳、鼻、首など突出している部分を短くすることが有利である。突出する部分の体表面積が放熱量に比例

するから。」

この二つの法則が働いてあのネアンデルタ-ル人の体型が生まれたとする。極北のイヌイット、アフリカ熱帯地帯のマサイ族を想像すればよい。ネアンデルタ-ル人は寒冷地適応の産物である。

 

ネアンデルタ-ル人の後、ヨーロッパに住みついた新人ホモ・サピエンスのクロマニオン人がこうでなかった理由については後で説明

する。

ネアンデルタ-ル人の身体的特徴は寒冷地対応の産物だという事を検証するには、彼らの生活を復元することが欠かせない。しかし

考古学者にとって最も厄介なのは古代人の食生活の分野である。証明する証拠が殆どない事である。

●アイソト-プ食性分析→ネアンデルタ-ル人は肉食であった。→体を張っての狩猟

  近年古代人の食生活を復元する画期的な研究方法が見つかった。これがアイトソ-プ食性分析法。この分析の基本的な原理は

     人骨のコラ-ゲン(蛋白質)に含まれている炭素13と12、窒素15と14.この量はその個体が生前食べていた食べ物に由来する。

     ネアンデルタ-ル人を調べたら極北のイヌイットの値に近いことが分かった。という事はネアンデルタ-ル人は肉を主として

     エネルギ-源にしていた事が判明した。しかし獲物をしとめるハンタ-であったという事であるが、それに必要な道具、技術は

     見つからない。よって考えられるのはネアンデルタ-ル人の狩猟方法は体を張って獲物と戦う事。イメ-ジはロデオか闘牛士。

  こうして氷河期を生き抜いて来たと考えられる。

●ネアンデルタ-ル人の食生活

 最近の研究でわかってきたことであるが、彼らは自ら改造してしまった体を維持していく為に、現代人より2倍のエネルギ-を取って

 いたという事。その最も有効なエネルギ-源が動物蛋白であった。ネアンデルタ-ル人はハンタ-であったのだ。

「ネアンデルタ-ル人に異変」

こうして繁栄していたネアンデルタ-ル人に驚くべき異変が起きる。4~5万年前の異人種の登場である。

 

「コメント」

日本人の体格は戦前と戦後では驚くべき変化を示している。原因は食生活である。たかだか数十年の間のこと。

しかしこれ以上の栄養改善で体格の向上は起きないとか、ただデブが増えるだけとか。

数百万年の間の人類の進化は驚くべきことではないであろう。進化は環境への適応と食生活。

考えさせられることである。自分自身、食生活も豊かになり、環境にも適応して来たと思うが果たして進化してきたのかと