カルチャ-ラジオ日曜版「最後の隣人・ネアンデルタ-ル人を求めて」  講師 赤澤 威(高知工科大学大学名誉教授)

151129⑤ 人類交代劇の行く末

人類700万年の歴史の三度目のタ-ニングポイントも二度目と同じようにOut Of Africaである。但し役者が変わる。

演じるのは我々人類の直系の祖先になる新人ホモ・サピエンスである。20万年前に登場した彼らの動きを見ると長大な人類史の最終場面を劇的に変えたことが分かる。ホモサピエンスの起源については、ネアンデルタ-ル人の生みの親であるホモ・ハイデルベルゲンシスが同時に我々の祖先であるという最新の説が出て来ている。であるから我々は

ネアンデルタ-ル人と最も近い親戚関係になるというという事になる。

「ホモ・サピエンスの起源」

我々現生人類の起源に関する最新のモデルと言うのは20世紀以降目覚ましく発展した遺伝学の研究の成果に基づいている。所がそれまでは人類学・考古学・遺伝学の世界で論争が絶えなかった。論争を振り返ってみる。現代人起源論争である。

このテ-マについては二つの仮説の間で論争が続いた。

 ○他地域説

  現生人類は世界各地でネアンデルタ-ル人に代表される旧人から進化したとする。

  二度目のタ-ニングポイントでアフリカを出てユ-ラシア大陸各地に移り住んだホモ・エレクトスが、移り住んだ先で

    進化を繰り返し新人ホモ・サピエンスが誕生したとする。この他地域説では我々新人のル-ツというのはホモ・エレクト

    ス或いは旧人ネアンデルタ-ル人に遡ることになる。それ以降の進化と言うのはアフリカ・アジア・ヨーロッパ各地で

    それぞれに進行したので他地域進化説と言う呼び方になる。具体的には我々アジア人所謂モンゴロイドの祖先は

    北京原人など、現代ヨ-ロッパ人の祖先はクロマニオン人、彼らはアフリカから移り住んで来たハイデルベルグ人から

    進化したネアンデルタ-ル人を直接の祖先として生まれたとする。ネアンデルタ-ル人が進化してホモ・サピエンス

    となるので、その関係は親子となる。

 ○一地域説  アフリカ単一起源説

   20万年前にアフリカで生まれたホモ・サピエンスがユ-ラシア各地に移り住んでいき先住民ホモ・エレクトス、旧人

ネアンデルタ-ル人と交代する。この説はハ-バ-ド大学ウィリアム・ハウエルズ教授が「ノアの方舟モデル」と

名付けた有名な説である。

 ○結論

この対立する二つの説は結局、一地域説に軍配が上る。イブ仮説

長い論争に決着をつけたのはカリフォルニア大アラン・ウィルソン教授が率いる遺伝学チ-ムであった。その研究は

人類の進化、現代人の起源というテ-マについて、20世紀最大の発見の一つとも言われる有名な研究である。

世界各地の147人のミトコンドリアDNAを分析して147人の母方の系統が20万年前にアフリカにいた一人の女性に

始まるとした研究である。このミトコンドリアと言うのは我々の身体を作っている細胞の中にあってエネルギ-を

生産する器官である。その中に存在するDNAをミトコンドリアDNAという。このミトコンドリアDNAというのは100%

母性遺伝する。

この研究の結果はイブ仮説と呼ばれ一躍脚光を浴びた。1988年のNews Weekの新年号の表紙に登場した褐色の

アダムとイブであった。この特集記事の結論は「我々現代人のミトコンドリアDNAの研究で現代地球人の全ての共通

母が見つかった。その女性はアフリカにいた。」とするものである。このイブ仮説の登場で、旧人ネアンデルタ-ル

人と新人ホモ・サピエンスとの間柄には直接の系譜関係はないと結論はついたかに見えた。しかしそうではなかった

のである。

 ○イブ仮説への反論

   イブ仮説は現代人のミトコンドリアDNAの特徴に基づいたモデルである。その前提には仮説がある。

   「たとえば147人の間に認められたミトコンドリアDNAの変異というのは10万年の間に蓄積されたものと解釈されて

いたが、このミトコンドリアの変異を引き起こす突然変異率というのが変わると、結論は簡単に変わると指摘が出た。

という事で再検証が必要となった。この問題はネアンデルタ-ル人骨からDNAを抽出して現代人のそれと比較すれ

決着するのではないかと、多くの研究者は考えた。

 ○イブ仮説の検証 

  これを検証する画期的な研究が発表された。ドイツのマックスプラニク人類学研究所スバンテ・ベ-ボがゲノム配列を

  研究して「ネアンデルタ-ル人と現生人類の間に交雑があった」と発表した。

そして現生人類の成り立ちを知るには最も近い親戚であるネアンデルタ-ル人のDNAと比較する事であると述べて

いる。

そして彼は成功した。さしてその研究結果はアフリカ単一起源説を決定的に裏付けた。ネアンデルタ-ル人から抽出

したミトコンドリアの塩基配列は我々現生人類のそれとは大きく外れていた。

 ○現生人類とネアンデルタ-ル人は兄弟関係

  検証結果からネアンデルタ-ル人と現生人類の祖先は60~40万年前に共通の親から生まれていた。同じ親から

生まれた子孫はその後別々の道を影響し合う事なく進化して一方の道からはネアンデルタ-ル人もう一歩からは現生人類が生まれたというシナリオになった。アフリカ単一起源説はその後の化石研究でも裏づけされている。如何に素晴らしい画期的な研究であっても遺伝子レベルの研究だけでは仮説止まりであり、最後の決め手はフィ-ルドの化石

研究である。

 ○ホモ・サピエンスの誕生

このようにして我々と同じ特徴を持つ新人ホモ・サピエンスはアフリカ大地溝帯で20万年前以降生活していた事が

具体的に検証された。

「ネアンデルタ-ル人とホモ・サピエンスの交代劇」

共通の祖先を頂きその後進化の違いから別々の人類となって登場する両者で演じられることになる交代劇が始まる。

○共通の祖先

  現在最も有力視されているのはアフリカ ザンビアで発見されたハイデルベルグ人である。ホモ・エレクトスよりも

  進化して

いるがネアンデルタ-ル人よりは原始的特徴を留めている。ハイデルベルグ人は原人ホモ・エレクトスの仲間で

ある。出アフリカを演じヨ-ロッパに移り住んだそのグル-プからネアンデルタ-ル人が誕生する。一方同じ

ハイデルベルグ人からアフリカの地で新人ホモ・サピエンスが登場する。

  ○ホモ・サピエンスのOut Of Africa→ネアンデルタ-ル人との遭遇

このホモ・サピエンスがOut Of Africaを行いユ-ラシア全域に拡散する。そしてヨーロッパの地でネアンデルタ-ル

人と遭遇する。

  ○交代劇の幕開け 氷河期

暫く共存した後、ネアンデルタ-ル人は消えて行く。当時のヨーロッパはネアンデルタ-ル人が唯一の住人で

あった。

ここにアフリカ生まれの新人ホモ・サピエンスが中東経由で入ってきて、交代劇の幕が開く。

当時ヨ-ロッパは最終氷河期。この氷期環境への対応が両者で違った。この対応の違いが交代劇のKeyとなる。

  ○氷河期への対応策の違い

    ・まずネアンデルタ-ル人は氷河地帯を回避して比較的温暖な地域に移住していく。地中海沿岸、黒海沿岸、

     中東、西アジア・・・。

    ・新入植者ホモ・サピエンス(クロマニオン人)はあらゆる地域に進出していく。拡大した氷河地帯へと突き進んで

     いく感じである。イギリス、シベリア・・・

  ○ネアンデルタ-ル人の絶滅

    更に寒冷化が進む4万年前以降、クロマニオン人に圧倒されてネアンデルタ-ル人の社会は消滅してしまう。

    イベリア半島南端ジブラルタルにあるゴ-ラ洞窟がネアンデルタ-ル人最後の場所である。この交代劇の期間中、

両者間での争いがあったという証拠はない。

  「交代劇の真相」

  交代劇の真相というのは現生人類の起源論争に残された最大の謎の一つとして多くの研究者が競い合うテ-マと

  なっている。今でも盛んに論争が行われている。これらを説明する。

 ○疾病説

   新人ホモ・サピエンスが持ちこんだ病気。感染症。これに免疫のないネアンデルタ-ル人は絶滅した。

 ○環境説

   交代劇の舞台は氷河期。その厳しい環境への適応能力に欠けるネアンデルタ-ル人は絶滅した。

 ○言語能力

    言語能力に差があった。ホモ・サピエンスはコミニュケ-ション能力に優れていた。情報交換・社会的組織の維持

    拡大で優位であった。

 ○交雑・吸収説

   色々な面で劣位にあったネアンデルタ-ル人はホモ・サピエンスに吸収されてしまった。

   様々な交代劇の原因を説明するモデルがある。最近注目されているのは吸収説である。

   同時代に生きていたので当然交配が起きたであろう。その過程で個体数の少ないネアンデルタ-ル人の遺伝子が次第に減少して、結果として新人ホモ・サピエンスに吸収されてしまった。

 ○学習能力説

  両者の間に学習能力の違いがあった。社会学習能力(物まね)、個体学習能力(イノベ-ション能力、創造能力)

   学習能力とりわけ個体学習能力に差があった。

  ・使っている道具

   ネアンデルタ-ル人  単調  単純な石器  切る・削る・突く

   サピエンス        複雑  複雑で便利な道具の制作

  ・言語能力に優れ、学習能力、技術革新能力の高いサピエンスはネアンデルタ-ル人を圧倒した。

  ・技術革新力に優れ、環境の変化に素早く対応したサピエンス→変化しないものは滅びる

   これが両者の明暗を分けた。

 ○まとめ

  旧人ネアンデルタ-ル人と新人ホモ・サピエンスの間には著しい学習能力の差があった。とりわけイノベ-ションを

  創出する個体学習能力に大きな差があった。そのイノベ-ション創出能力の違いが二つの社会の文化の進化速度に

  影響し、そして二つの社会に文化格差が生まれる。その文化水準の違いが環境変化に対応する生存戦力の優劣と

  なって交代劇が起こったのである。

 「講師が交代劇の課題に取り組んできた理由」

  ○文明は滅びるものである。

それは我々のこれからの歩みを考えることに繋がっているからである。現在も次の交代劇に進んでいる。此れからの

人類の進化の道筋はこれまでと違ったものになる。「文明は必ず滅びるものである」と言われている。発展し続ける文明はない。もう一つ大事なことは「衰亡の原因は繁栄の中に隠されている」

  ○将来の人工知能 

   人工知能に代表される技術進歩が、我々の行く手を左右することになるだろうと言われている。人工知能は人類

   最悪にして最後の発明と言われる。人類は自分が作ったにも関わらずそれを制御出来なくなる。結局人工知能の

   暴走によって人類は滅亡するというシナリオがある。

  ○過去を知る事が大事

    交代劇で知りたかったことは人類の歩みである。知ることによってこれからの歩みを考えるしかない。この人工知能

    など不要である。過去である。イノベ-ションの話をしたが、どうも流行り言葉で猫も杓子も。人工知能も同じ。

    過去を知るという事が人類が将来を生き抜く上で基本になるスタンスである。歴史を勉強しない人に未来はない。

 

「コメント」

お蔭様で人類700万年の歴史(国立科学博物館 馬場先生)の講義と併せて人類史の初歩は完了したのかな。

人類はアフリカの一人の女性から生まれたというニュ-スを聞いた記憶はあったが、それが意味することは

分からなかった。又人類誕生から700万年、ホモ・サピエンスは20万年前と、これも頭に入った。よし、これで当分

人類学はお休み。