こころをよむ「これが歌舞伎だ! 極みのエンタ-テインメント」      金田 栄一(歌舞伎研究家・元歌舞伎座支配人)

160207⑤「魅せる表現と演出」

歌舞伎には他の演劇にはない独特な演技や演出法がある。派手な化粧、そして演技の途中で進行を止めてしまうような、他の演劇にはない特徴的なものが、歌舞伎には沢山ある。それが、どういった所から生まれて、どんな意味・役割を持っているのか、今回はそれを探っていく。

「歌舞伎独特の化粧法」  隈取

・中国の京劇の化粧法((れん)())・日本の猿楽・舞楽は仮面を基本としている。

・歌舞伎の隈取はあくまでも人間の顔の、筋肉の隆起、骨格とかを強調した、あくまでも人間の顔である。

非常に派手な化粧が、歌舞伎の特徴の一つであるが、中でも隈取というのが歌舞伎ならでは特徴的な化粧法であろう。基本的には、白塗りをした所に、赤・青の筋が描かれていていかにも強い人物、そういったものを表している。こういった化粧法は、例えば中国の京劇などでも見られる。これは(れん)()というが、歌舞伎の隈取とは違う。(れん)()というものの根本にあるのは、仮面で、日本でも歌舞伎以前の色々な演劇、猿楽・舞楽そして能にいたる先行芸能といえるのは、基本的に

仮面を使っている。

 現代ではこういったことは、アニメ・CGこういったものでは簡単に表現できる。こういった処理法のない元禄時代に、初代市川団十郎が、まず隈取を考案したと言われる。何百年も時代を先取りしていた。一見、同じように見える隈取であるが、役によって違いがある。隈取は大別して50種類程度といわれる。又隈取は描くと言わず、取るという。白塗りをした上に手早く勢いよく筋を引いたり、叩いたりして手早く仕上げるのである。名優といえども、なかなか難しいことなのである。

そして、役柄によって隈取は決まっているが、そこに各人の工夫が入る。故に、一回一回隈取をする役者の苦労は大変なのである。

●赤隈

 荒事といわれる勇壮なス-パ-ヒ-ロ-が典型であるが、まさしく力強い顔の筋肉が隆起している。或いは血管が

 浮き上がっているという風にも見える。超人的な力強さ、それと激しい怒りを表現していると考えられている。: 

●筋熊

 最も派手なもので「暫」に登場する鎌倉権五郎、「菅原伝授手習鑑」の車引きの場面に登場する梅王丸など、勇壮な

ヒ-ロ-に使われる。

●一本隅・二本隅

 筋隈より多少シンプルなものであるが、強い正義のヒ-ロ-に使われる。

●むきみ隈

 目の淵に僅かに紅が乗っている。この代表的なのは、助六、そして「寿曽我対面」に登場する曽我五郎。これも英雄的な役割であるが、すっきりとした正義の二枚目である。

●猿隈・(なまず)

 道化がかったコミカルなもの。

●時平隈

 赤い隈取が正義のヒ-ロ-とされる一方、青い隈取は悪の大物の役割に使われる。青い隈取は、青筋が立っているという事。敵役の中でも巨悪の一つ「暫」の藤原時平、これは公卿悪という役柄の中でも非常に大きな敵役である。

 高い位の敵役は公家荒れと呼ばれる藍色を使った隈取である。

(おし)(くま)

 隈取が掛け軸のように表装されていることがあるが、舞台を演じて汗と油が混じった状態で、これに羽二重を押し当てて

 型を取ったものである。ご贔屓に差し上げるという習慣がある。

 

「歌舞伎の動き」

●見得

 ・感情の高まりなどを表現するために、演技の途中で一瞬ポ-ズを作って静止する演技。こういったものは西洋演劇

には見られない。

・日常会話では「大見得を切る」という言い方をするが、歌舞伎の場合は「見得を切る」とは言わず、「見得をする」または単に「決める」という。そして見得の瞬間に、大きく眼を開いて睨むという演技がよくある。俳優の眼力というのも歌舞伎では

  重要である。

・見得の瞬間多くの場合、舞台の上手即ち右側で、バタバタと大きな音を出して柝を打つ。歴史上の英雄が登場する

時代物では、バタバタと大きく打ち上げて、バッタリとして大きく見得を決めるのである。一方世話物では、トットトットと

走ってきて、パタッと形を決める。わりと簡単にその瞬間を決めるが、見得というのはツケという演出も併せて歌舞伎に

とっては御馴染みである。

・見得というストップモ-ションがどういう役割するのかというと、一種のクロ-ズアップという事が言える。一種の映像

効果であり、カメラでいえばズ-ムアップするとかの方法があるが、歌舞伎では見得で役者を際立たせ観客に印象 

付けるのである。

・見得は、ざわついている観客を舞台に注目させる役割を持っていた。今の座席は前を向いているが昔は升席でてんで

に飲食をし、酒を飲んだりしているので勝手気ままであったのだ。役者は常に観客との戦い、つまり客の興味を引きつ

けなければならなかったのである。

・色々な演目で、幕切れの所で基本的には三人で一枚の絵になるようにストップモ-ションの見得で決めて、そこで

チョンチョンチョンと幕切れとなる。三人が引っ張り合う形になるので「引張りの見得」と言うが、登場人物が一枚の絵に 

なった形のストップモーションで、幕切れを迎えるのである。それも歌舞伎の大きな特徴である。

●六方

歌舞伎の動きの特徴的なものに、六方がある。六方とは、歌舞伎・人形浄瑠璃・舞踊の演出の一つ。伊達や勇壮な

様を誇張したり美化した荒事の要素を持つ所作で、天地と東西南北に手を動かす事に由来する。基本動作は、左足を

出す時は左手を、右足を出す時は右手を出す、俗にいう「なんば」というものである。当初は舞台への出の時に行われ

たが、後代になると専ら花道への引っ込みの時に行われる。

「なんば」は古来の日本人の基本的な動作という事である。

・「勧進帳」の弁慶その幕切れの飛び六方、これが代表的なものであるが、他には「菅原伝授手習鑑」の梅王丸

  或いは「国姓爺合戦」の和藤内にも、この飛び方が使われている。

・「義経千本桜」の鳥居前の場面では、佐藤忠信、実は源九郎キツネなので、狐六方といって動きの中に力強さと

 共に、少し怪しげな狐の本性を出しての狐六方の演出がある。

・六方の元祖 

 「鞘当」という演目で、名古屋山三と不破伴左衛門。すこしゆったりとした優雅な歩き方で六方を踏むが、これを

丹前六方といい、六法の元祖とする。

 ●立ち回り

  立ち回りという言葉と立というのがあるが、厳密に言うと闘争場面の事を立ち回りと言い、その形を立と区別して

  いたが、今は同じ意味で使われている。その段取りをつける人を立て師という。歌舞伎の立ち回りには約束事がある。

  つまり一人に大勢がかかる、これが歌舞伎の立ち回りの特徴である。また、主役の役者の動きは大きくない、ゆっくり

  とした動きの中で、周りの大勢の絡みの人々が、色々な動きを見せる。タテ師が動きを工夫して観客を喜ばせるので

  ある。 

・特徴的なのは緊迫した場面にも拘わらず、バックの三味線はゆっくりと演奏されて、歌舞伎の立ち回りというのは

現実離れしていて、舞踊と考えればいいのである。歌舞伎は絵になっているのである。

 ●とんぼ

   立ち回りの動きの中に、トンボというものがある。これはいわゆる前方宙返りである。トンボを切るという方が歌舞伎

   の人は、トンボをかえるという。立ち回りの中心の人も、自分もトンボをかえらなければ、相手役にトンボをかえさせる

   ことは出来ないとして、明治の頃の名優たちは、見事にとんぼをかえれたという。今の歌舞伎の研修生は、必須の

   こととなっている。

 ●だんまり

   歌舞伎の中でゆっくりとした静かな場面を見てみる。「だんまり」であるが、無言劇という事になる。場面としては、

   真っ闇、手探りでゆっくりゆっくり動いて、大事な宝物を探り当てるという場面を見せる。これは、元々顔見世狂言の

   一つの手法といわれる。座頭や人気役者以下一同を観客に披露する目的で、だんまりという場面がなされる。是に

   は全員が登場する。

長い演目の中に、突然割り込んでだんまりが演じられることもあり、観客は驚く。前後のスト-り-とは全く関係なく演じられる。真っ暗闇での、人の動きを表現して、身をかわしたり、どこかコミカルな仕草が色々とあるが、動きのアイディアはタテ師が考案している。

 

「幕」  定式幕・緞帳・

歌舞伎では幕というのが色々な役目を果たしている。幕開き・幕切れには定式幕或いは緞帳が使われるが、芝居の中でも色々な幕が使われる。基本的には、古典の歌舞伎では、三色の定式幕がチョンチョンチョンという柝の音と共に横に幕が引かれる。一方緞帳は上下に開くが、この緞帳を使って幕が開く時には柝は打たない。代表的なのは、松葉目物(まつばめもの)といわれる能の様式を取り入れた舞踊劇で緞帳が使われる。 

(松葉目物→能舞台を真似て、舞台の正面に老松を描いた舞台装置のこと。能や狂言を元に作られた舞踊劇に使われる。)

浅葱

浅葱色というのは、爽やかな上品なライトブル-である。幕が開いても浅葱幕で舞台全体が覆われている。そしてチョンという柝の音と同時に、一気にこの幕が切って落とされて一瞬のうちに、豪華な舞台面が出る。今では、例えば真っ暗闇の中で、一気にライトをつけるということも出来るが、江戸時代には浅葱幕を使って、目の前に豪華な舞台が一瞬のうちに出て来て、観客を

驚かせるのである。今でも「幕が切って落とされた」という表現があるが、歌舞伎の浅葱幕の遣い方から来ているのである。

●黒幕

黑というのは夜を表現するのに使う。舞台の奥に黒幕を張れば、ここは夜の暗闇という事になるが、逆に前面に黒幕を使うと、舞台全体が覆われて、舞台の道具転換の時の目隠しになる。黒い幕の裏で、何やら動いている、何やら蠢いている。そういった所から「~の黒幕」という言い方も、ここから来ている。黒幕というのは便利なもので、舞台全体を覆うだけではなく、小さな黒幕を使って、舞台上の物を、取り去る特に利用する。この場合は、黒幕ではなく「消し幕」という。

●波幕

大海原を表す。

●網代幕

網代塀と言った塀の模様を描いたもの

揚幕(あげまく)

花道への出入り口の幕。花道から、登場人物が出てくるときには、ここからチャリンという音と同時に、人物が出てくる。演目によって、役者の登場の仕方が違うので、この開け方のタイミングは芝居をよく知っている人の職人芸である。