190525⑧「元暦の大地震」

五つの災厄

 ・安元の大火 治承の辻風 福原遷都 養和の飢饉 元暦の地震  四つは自然災害

「朗読1

「また、同じころかとよ、おびたたしく大地震ふること侍りき。そのさま、世の常ならず。山は崩れて川を埋み、海は傾きて陸地をひたせり。土さけて水わき出で、巌割れて、谷にまろびいる。渚漕ぐ船は波にただよひ、道ゆく馬は足の立ちどをまどわす。都のほとりには、在々所々、堂舎塔廟、一つとして全からず。或いは崩れ、或いは倒れぬ。塵灰立ち上てり、盛りなる煙のごとし。地の動き、家の破るる音、雷に異ならず。家の内に居れば、たちまちにひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。竜ならばや、雲にも乗らむ。恐れの中に、恐るべかりけるは、ただ地震なりけりとこそ覚え侍りしか。」

また同じころであろうか、ものすごく大地が揺れることがあった。その様子は普通ではない。山は崩れて川を埋め、海は傾いて陸地を水浸しにした。地面は裂けて水が噴き出し、岩は割れて谷に転がり落ちる。海近くを漕いでいる船は、波に漂い、道を行く馬は、足の踏み場をまごつかせる。京都の郊外では、あちらこちらで、神社仏閣の建物が、一つとして完全なものはない。あるものは崩れ、あるものは倒れてしまった。塵や灰が立ち上って、盛んに上がる煙のようである。

地面が動き、家が破壊される音は、雷と異ならない。家の中に居れば、すぐに押しつぶされそうになる。走り出れば、地面が割れ、裂ける。羽がないので、空を飛ぶこともできない。竜であれば、雲にも乗ろう。恐ろしいものの中で、特に恐れなければならないものは、全く、地震なのだなあと思った。

 

・元暦の地震  1185年後鳥羽天皇7月

 前年に一の谷の合戦、同じ年に屋島・壇之浦で平家滅亡  まさに世情騒然のころである。

・液状化現象を描写している

・京都には海がないので、船のこと・津波のことは琵琶湖で起きたことであろう。

 この地震の震源地は堅田附近、M7.4  震度 6~7

・鴨長明の特徴として、対句の多用

 海-川、在々所々、堂舎塔廟、

「朗読2

かくおびたたたしくふることは、しばしにて、止みにしかども、そのなごり、しばしば絶えず。世の常驚くほどの地震、二三十度ふらぬ日はなし。十日、二十日過ぎにしかば、ようよう間遠になりて、或いは四五度、二三度、もしは一日まぜ、二三日に一度など、おほかたそのなごり、三月ばかりや侍りけむ。

四大種の中に、水、火、風は常に害をなせど、大地にいたりては、ことなる変をなさず。昔、斎衡のころとか、大地震ふりて、東大寺の仏の御頭落ちなど、いみじきことども侍りけれど、なほこの度にはしかずとぞ。すなはち、人みなあじきなきことを述べて、いささかの濁りもうすらぐと見えしかど、月日重なり、年経にし後は、ことばにかけていひ出づる人だになし。

このようにひどく揺れることは、暫らくして止んだけれども、その余震は、暫らくの間は絶えない。驚くほどの地震が、二、三十度揺れない日はない。十日、二十日過ぎてしまうと、だんだん間隔が空いて、一日に四、五度、二、三度、または一日おき、二、三日に一度など、その余震は三月ほどであったか。

(仏教でいう物質の構成要素)四大種(地・水・火・風)の中で、水・火・風は、いつも被害を起こすけれども、大地には異変を起こさない。昔、斎衡の頃に、大地震が起きて、東大寺の仏頭が落ちるなど、大変なことがあったが、それでも今回のことには及ばない。その時は、人々は無益なことを色々言って、いささか心の鬱屈をはらしたが、月日が経って、年数が経つと、言葉にする人もいなくなる。

 

・四大種  仏教用語  宇宙の構成要素とされる。

・数詞の多用  徐々に数詞を減らすことで、余震が収まっていくことを表現している。

・斉衡(さいこう) 平安前期、文徳天皇の年号。

・平家滅亡

 この年に平家滅亡して、さらし首や、捕虜が京都に連れてこられ、さらし者にされた。

 この為、地震はこれら平家の人々の怨霊の祟りと噂された。

 

「コメント」

余震の描写など、きわめて正確である。長明の特徴をよく表している。又、対句の多用は効果的。