211106紫式部日記⑦「五日の産養」

一条天皇の中宮彰子は、道長の孫の敦成親王を無事出産した。お産所となった道長の土御門邸は、喜びに満ちていた。

若宮誕生当日の産湯の儀式、三日目の三日の産養、今回は五日の産養の模様を見る。

 

「朗読1」屋敷内に身分の低い者を招いて、その喜ぶ様子を描いているのも興味深い所で

          ある。五位を見下している紫式部の凄さ。

五日の夜は、殿の御産養(うぶやしない)。十五日の月くもりなくおもしろきに、池のみぎは近う、かがり火どもを木の下にともしつつ、屯食とせも立てわたす。あやしきしづの男のさへずりありくけしきどもまで、色ふしに立ち顔なり。

殿守が立ちわたれるけはひもおこたらず、昼のようなるに、ここかしこの岩がくれ、木のもとごとに、うち群れてをる上達部の随身などやうの者どもさへ、おのがじし語らふべかめることは、かかる世の中の光の出でおはしましたることを、かげにいつしか思ひしも、および顔にこそ、そぞろにうち笑み、

心地よげなるや。まして、殿のうちの人は、何ばかりの数にしもあらぬ五位どもなども、そこはかとなく腰もうちかがめて行きちがひ、いそがしなるさまして、時にあひ顔なり。

「現代語訳」

誕生五日目の夜は、十五夜の月が曇りなく照って美しいうえに、池の水際の近くに、かがり火を幾つも木の下に点して、屯食などが並べてある。身分の低い男達がしゃべりながら歩き回っている様子

なども、晴れがましさを盛り立てている。

中宮担当の役人が並んで、松明を掲げている様子も、甲斐甲斐しく見える。昼のように明るいので、あちこちの岩の陰や木の下で、公卿の召使たちが、話し合っている話題も、このような時代に光とも言うべき若宮の誕生を、影ながらに祈っていたことも、自分も手柄顔で、何と言うことなく嬉しそうである。まして、お屋敷内の人達は、数にも入らない五位の者共も、腰を屈めて、忙しそうな様子でしたり顔である。

 

「朗読2」中宮にお食事を差し上げる時の様子。給仕の女房達の様子を描いている。

           綺麗な若い女房達。

御膳まゐるとて、女房八人、ひとつ色にそうぞきて、髪上げ、白き元結して、しろき御盤もてつづきまゐる。今宵の御まかなひは宮の内侍、いとものものとく、あざやかなる様態に、元結ばえしたる髪のさがりば、つねよりもあいまほしきさまして、扇にはづれたるかたはらのめなど、いときよげにはべりしかな。髪あげたる女房は、源式部がむすめ、小左衛門がむすめ、小兵衛がむすめ、大輔がむすめ・大馬がむすめ、小馬がむすめ、小兵部がむすめ、小木工がむすめ、かたちなどをかしき若人のかぎりにて、さしむかひつつゐわたりたりしは、いと見るかひこそはべりしか。例は、御膳まゐるとて、
髪上ぐることをぞするを、かかる折とて、さりぬべき人々をえらみたまへりしを、心憂し。いみしど、うれへ泣きなど、ゆゆしきまで見はべりし。

「現代語訳」

中宮様にお食事をさし上げるという事で、女房が八人、同じ白い一色に装束して、髪上げをして、白い元結をして、白い御膳を捧げて参入してくる。今宵の御膳の係りは宮の内侍、とても堂々として、とても美しい容姿に加えて、白元結で

一段と引き立って見える髪の下がり具合である。いつもよりも更に好ましい様子で、扇から見える横顔などは、本当に

すっきりして美しかった。

この髪上げした女房は、~の娘たち、皆美しい若い女房で、向かい合って座っているのは見る甲斐の有るものであった。

いつも中宮様にお食事を差し上げる時には、髪を上げることはしているが、こんな大事なお産養(うぶやしない)というので、

然るべき人を選んであるのに、人前に出るのは恥ずかしいなどと言って、泣いているのは、どうした事か。

 

「朗読3」下級の女官たちの様子を、さも見下すような感じで描写している。

御帳の東面二間ばかりに、三十余人ゐなみたりし人々のけはひこそ見ものなりしか。威儀のおものは采女のどもまゐる。戸口のかたに、御湯殿のへだての御屏風にかさねて、また南むきに立てて、

白き御厨子一よろひにまゐり据えゑたり。

夜ふくるままに、月のくまなきに、采女、水司、御髪上げども、殿司、掃司の女官、顔も知らぬ居り。みかど司などのようのものにやあらむ、おろそかにさうざうしきけさうしつつ、寝殿の東の廊、渡殿の

戸口まで、ひまもなくおしこみてゐたれば、人もえ通りよはず。

「現代語訳」

中宮のおられる御帳台の東の二間に、三十人ばかり並んでいる女房達の様子はまさに見物で

あった。お膳は采女たちが差し上げる。戸口の方に、御湯殿を隔てて囲んだ屏風に更に、屏風を立てて、御厨子一対に、お膳を備えてある。

夜が更けるにつれて、月がくまなく射し込んでいる所に、下々の女官たちの、顔も知らないのが並んでいる。掃除の者たちなのかもしれない。いずれも粗略な装束を付け化粧などして、大袈裟な髪飾りで、さも儀式ぱって、色々な所に無理やり座り込んでいるので、人が通ることも出来ない。

 

「朗読4」前半の三人は、紫式部の眼鏡にかない褒められ、少将のおもとは、冷たくあしらわれ

     る。普段からの関係か。

御膳まゐりはてて、女房、御簾のもとに出でゐたり。光影に、きらきらと見えわたる中にも、大式部のおもとの裳、唐衣、小塩山の小松原をぬひたるさま、いとをかし。大式部は陸奥の守の妻、殿の宣旨よ。大輔の命婦は、唐衣は手もふれず、裳を白銀の泥にして、いとあざやかに大海に擂りたるこそ、けちえんならぬものから、めやすけれ。弁の内侍の、喪に白銀の洲浜、鶴をたてたるしざま、

めづらし。裳のぬひ物も、松が枝のよはひをあらそはせたる心ばへ、かどかどし。少将のおもとの、これらには劣りなる白銀の箔を、人々つきしろふ。少将のおもとといふは、信濃の守が忌もうと、殿の

ふる人なり。

「現代語訳」

お膳を差し上げることが終わって、女房達は御簾の傍に座った。灯火に照らされて、キラキラと見える中でも、大式部のおもとの裳、唐衣に小塩山の小松原の景色が刺繍してあって、たいそう趣がある。この大式部のおもとは陸奥の守の妻で、このお邸の宣旨女房です。大輔の命婦は、唐衣には何の

衣装も施さず、裳を白銀の泥でとても鮮明に大海の風景を擂り出しているのは、ことに目立つものではないが、見た感じが良い。弁の内侍が、裳に銀泥の洲浜の模様を擂り、鶴を立てているのは珍しい。裳の刺繍も松の大枝で、鶴の千年の年と松の末長さを競わせる趣向で、気が利いている。

少将のおもとの裳がこれらの人々に見劣りする銀箔なので、人々はそっと突き合って笑っている。

少将のおもとは、信濃の守の姉妹で、このお邸の古参の女房である。

 

「朗読5」事もあろうに、この見事な女房たちを、屏風を開けて、僧に態々見せて、大喜びさせて

      いる。悪ふざけだよ。

その夜の御前の有様は、いと人に見せまほしければ、夜居の僧のさぶらふ御屏風をおしあけて、「この世には、かうめでたきこと、またえ見たまはし」と、いひはべりしかば、「あなかしこ、あなかしこ」と、本尊をばおきて、手をおしすりてぞよろこびはべりし。

「現代語訳」

その夜の御前の有様が、是非誰かに見せたかったので、宿直の僧がいる屏風を押し開けて、「この世でこんなに素晴らしいことは、又と見られないでしょう」と申し上げた所、僧は「ああ勿体ない、と勿体ない」と、本尊の御祈りをそっちのけにして、手を擦り合わせて喜んでいた。

「講師」

中宮の食事は終わった。控えている女房の衣装の事を詳しく観察している。三人は褒められ、一人は酷評される。それも、そう人が言っていたという表現である。

 

「コメント」

出産の緊迫感は安産で解消し、今はむしろお祝いム-ド。すると、関わって居る人たちの棚卸が始まる。身分の低い者は嘲りを含めて酷評され、上級女房達の中でも、酷評されるものが

出てくる。坊さんまで、笑いの対象にしている。何とも。