250921㉕薄雲の巻(2)
前回は藤壺の薨去まで話した。重い病気となったことが突如知らされ、あっという間に亡くなった。彼女の体調が思わしくないことは既に澪標の巻の辺りからさりげない形でくり返し出てきた。作者紫式部は、その辺りから藤壺の死に向けて
着実に準備を重ねてきたのである。藤壺は物語の始まり、桐壷の巻以来の登場人物である。それだけにその印象も強くて「源氏物語」のヒロインと言うと、光源氏の憧れの人であり、禁断の恋の相手であり、二人の間に子まで成した。この様な人であるが、藤壺は光源氏の人生ではかなり早く退場する。しかしそれにまして女君たちが用意されている。紫の上であり、或いは最近の新顔としては斎宮の女君である。中でも物語を支えていく重要な人物は紫の上である。ではこの様に話すと、二人の女君、藤壺と紫の上のどちらが好きだったかというと、結局どちらがより重要な人かという議論になってしまう。結局二人ともどちらも大切であったと言うしかない。藤壺の人生は藤壺にしかなれない、紫の上とは全く別の人生である。年の離れた桐壺帝に入内し、その子である光源氏と思いがけない愛を交わし子まで成す。しかし光源氏との関係は世に漏れることがあってはならないと自ら髪を下ろして、桐壺院の一周忌に出家する。その後は息子の冷泉帝を支える母后として、光源氏の大切な相談相手として、物語の登場シ-ンは多くなかったが、大切な存在感を示し続けていた。これは彼女にしか歩めなかった人生である。
また紫の上の人生は紫の上にしか歩めない。母を知らず、次いで祖母を亡くした。天皇家から出され、臣下として生きていくことになった孤独な源氏の君と、同じく母を亡くし唯一の頼りだった祖母と死別して、身寄り頼りのない存在として光源氏に見出された紫の上。光源氏の生い立ちと紫の上の人生の始まりとは全く似ている。その紫の上も今や光源氏の人生になくてはならない人となっている。二条院の女主として、明石の君から託された姫君の母として、まさにかけがえのない存在である。藤壺と紫の上は光源氏にとっても、物語全体にとっても無くてはならない人なのである。
この一方の藤壺が37歳で亡くなった。この37歳という年について少し説明する。
37という年は女性にとって慎むべき御年と書いてあった。女性の厄年で色々と気を付けなければならない年とされる。仏事を催したり仏に帰依したりすることが求められるが、彼女は今上帝の母后として支える立場である。そうなれば沢山の寄進を集め僧侶を集めて法要を行うと、多くの人々を煩わすことになる。
藤壺はそれを世の人の費え、人々に負担を掛けることになるとして嫌った。この辺りを読むことから始めよう。
朗読① 宮はご慈愛深くいらして、権勢を笠に着る人もいるが宮はそう言うこともなく、人々の
難儀となる事はなさらない。
かしこき御身のほどと聞こゆる中にも、御心ぱへなどの、世のためにもあまねくあはれにおはしまして、豪家のこと寄せて、人の愁へとあることなどもおのづからうちまじるを、いささかをもさやうなる事の乱れなく、人の仕うまつることをも、世の苦しみとあるべきことをばとどめたまふ。
解説
今の文章に 人の愁へ とか 世の苦しみとあるべきことをばとどめたまふ。世の中の愁い、苦しみ、悲しみに心を砕き、国母としてどうあるべきか。特に後半生はそれを考え続けた人生であった。さてこの藤壺の逝去はああ惜しい人を亡くしたということだけではなかった。前回も話したように、藤壺の薨去は世の重鎮として宮廷の政に目を光らせていた太政大臣に続いての事であり、要人の相次ぐ死に人々は動揺を隠せなかった。
これを心配したのが内大臣・光源氏である。
朗読② その年は世の中が騒がしく、天界にも異常な現象が続いた。内大臣・光源氏には
思い当たることがあった。
その年、おほかた世の中騒がしくて、公ざまに物のさとししげく、のどかならで、天つ空にも、例に違へる月日星の光見え、雲のたたずまひありとののみ世の人おどろくこと多くて、道々の勘文ども奉れるにも、あやしく世になべてならぬことどもまじりたり。内大臣のみなむ、御心の中にわづらはしく思し知ることありける。
解説
普段と違う月日星の光。それらに対して専門家の中には、あれは看過してはいけない、注意せよと言っている者もいる。
光源氏はそれに耳を傾けて 御心の中にわづらはしく思し知ることありける。 これは困ったことだと思うことがあった。
それはどういうことであろうか。明石の巻の解説で話したことを思い出して欲しい。「源氏物語」は
勿論、古い時代の物語や文学を理解する鍵の一つとして、天人相関思想について話した。おさらいをすれば、即ち天と神、天と人の世は深く関わっているとして、人の世が治まり理想的な在り方を示していると、天はそれを寿いで順調な四季の運行を齎す。それと反対に為政者が人の道に外れた政治を行うと、天はそれに対して怒りを示し天変地異などの形で警告を発するという考え方が、天人相関思想である。薄雲の巻に入ってから続く怪しげな四季、月日星の輝きはまさに天に関わることなので、これは人の在り方に天が何か諭し、サインとして送っているのではないか。もしそうだとすれば思い当たることが一つあると光源氏は考えた。その思い当たることとは何か。今の政治のトップは冷泉帝である。若いながら聡明で、人々にも慈しみを示している。何が問題なのか。冷泉帝が間違いを起こしているとは思えない。物語が進むにつれて、今の天変地異が何によるものなのかが少しずつ明らかになる。薄雲の巻では物語が大きく動く。今回の放送では焦点を当てて話す。
母后・藤壺を亡くし落ち込んでいる冷泉帝の前にある時、一人の人物が姿を現すことから事態は動く。それは夜居僧都。どんな人なのか彼のプロフィルを見てみよう。
朗読③ 七日の法要も過ぎて帝は心細い気持ちになられる。母后のころから仕えている僧都を
帝の近くにお召しになる。
御わざなども過ぎて、事ども静まりて、帝もの心細く思したり。この入道の宮の御母后の御世より伝はりて次々の御祈祷の師にてさぶらひける僧都、故宮似もいとやむごとなき親しき者に思したりしを、おほやけにも重き御おぼえにて、いかめしき御願ども多く立てて、世にかしこき聖なりける、年七十ばかりにていまは終はりの行ひをせむとて籠りたるが、宮の御事によりて出でたるを、内裏より召しありて常にさぶらはせたまふ。
解説
夜居とは、夜も起きたまま経を唱えたり、身分のある人の側に仕えて奉仕する僧侶のことである。
おほやけにも重き御おぼえにて、とか 世にかしこき聖なりける、 とあったように、この僧侶は世の尊崇を広く集め、朝廷における存在感を高く、冷泉帝の信頼も得て、亡くなった藤壺の母后の時代から仕え、年は七十。山で修行していたが藤壺の容態が良くないので、請われて都に出てきた。しかし
藤壺は亡くなってしまうが、光源氏の要請もあって冷泉帝のお側に仕えることになった。
さてその夜居の僧都が明け方に退出しようとするが、その時冷泉帝とこんな風に言葉を交わすことから、物語は急展開する。僧都は言う。「全く申しあげにくい事である。しかしご存じないままであったら、それは罪あることで天が見逃す筈もないので、それはそれは恐ろしく、どうしたものでありましょうか。」彼は続ける。「余命いくばくもない拙僧がそのまま闇に収めて死に臨めば、臨終の折に仏の道に悖ることとなりましょう。冷泉帝は「一体何のことでしょう」。
後の文章で冷泉帝は次の様に言う。「いはけなかりし鴇り隔て思ふことなきを、そこにはかく忍びのこされたることありけるをなむ、つらく思ひぬる」私は幼少の頃からそなたを信頼し、隠し事はないと思ってきた。恨めしく思う。」と仰せになるので、その言葉に意を決した僧都はこんなことを語る。
朗読④ これは過去未来にかけて一大事な事です。既に亡くなられた桐壺院、藤壺の宮、
光源氏にとってもよからぬ果となるでしょう。神仏の御告げがあったので全て申し
あげます。
これは来し方行く先の大事とはべることを、過ぎおはしましにし院、后の宮、ただ今世をまつりごちたまふ大臣の御ため、すべてかへりてよからぬことにや漏り出ではべらむ。かかる老法師の身には、たとひ愁へはべりとも何の悔いかはべらむ。仏天の告げあるによりて奏しはべるなり。
解説
お隠れになった桐壺院そして藤壺の宮、かつ今世を治めていらっしゃる内大臣様に関わる事。この老法師 我が身を思っての事ではなく、仏天の告げあるによりて奏しはべるなり 仏天の御告げがあるので、畏れ多くも申しあげる次第です。
この前口上に続いて語られたことに、冷泉帝は言葉を失う。
朗読⑤ 今上帝が体内にある時、藤壺の宮は悲嘆することがあって、拙僧に祈祷を命じら
れた。その詳しい仔細は分かりません。光源氏が謂れなき罪で流された時、更に祈祷
を命じられました。更に色々と祈祷を命令されて、色々と務めてきました。と言って
詳しく奏上するのをお聞きになって、帝は意外なあり得ない話なので心が惑乱する。
わが君孕まれおはしましたりし時より、故宮深くおぼし嘆くことありて、御祈祷仕うまつらせまたふゆゑなむはべりし、くはしくは法師の心にえさとりはべらず。事の違ひ目ありて、大臣横さまの罪に当たりたまひしとき、いよいよ怖ぢ思しめして、重ねて御祈祷どもうけたまはりはべりしを、大臣も聞こしめしてなむ、またさらに事加へ課せられて、御位に就きおはしまししまで仕うまつることどもはべりし。そのうけたまはりしさま」とて、くはしく奏するを聞こしめすに、あさましうめづらかにて、恐ろしくも悲しうも、さまざまに御心乱れたり。
解説
僧都は語り始めると余計な言葉は挟まず、わが身に秘めてきたことをまっすぐに話す。慮外なと処罰を受けても仕方ないと覚悟を決めて話したのである。それは冷泉帝の出生にまつわることである。
ここで本当の父が桐壺院ではなく、光源氏であることを知った。僧都は言った。「帝を身籠りなさった頃、藤壺の宮さまはこの事を思い嘆きなさっていたので、私がお勤めに上がり祈祷することになった。その後光源氏様がいわれのない罪で都の外に退きなさった頃、藤壺さまは重ねて祈祷を捧げるように望まれた。その頃藤壺の宮さまから承ったことというのは、東宮であった冷泉帝が無事に即位できるようにとの願いであった。その祈りに、何故冷泉帝の即位を祈って貰っていたかのことを語っていたのである。そしてその出生の秘密が僧都の口から冷泉帝本人に伝えられたのである。冷泉帝の驚きはいか程であったか。
あさましうめづらかにて、恐ろしくも悲しうも、さまざまに御心乱れたり。
今の冷泉帝は十四歳。自らが罪の子であることを知る。少年の彼は全てを悟る。今、世の中が騒然としているのはこれが原因であったのかと。しかしこれは冷泉帝の罪であろうか。これについては物語の中でも説明されていない。俄かにはこの話を信じ難く、気を取り直した冷泉帝は 夜居の僧都 に
よくも知らせてくれたと礼を述べ、この件を知る者は他にいるのかと尋ねる。
それに対して 夜居の僧都 は私と 王命婦の外にはいませんと述べた上で、若き帝に考え諭した
言葉に注目しよう。
朗読⑥ 知っているのは私と王命婦です。天変地異がしきりなのはこの秘密故でしょう。
分別がお付きの頃になったので、天は咎を示すのでしょう。
「さらに。なにがしと王命婦とより外の人、このことのけしき見たるはべらず。さるによりなむ、いと恐ろしうはべる。天変頻りにさとし、世の中静かならぬはこのけなり。いときなくものの心知ろしめすまじかりつるほどこそはべりつれ、やうやう御歳足りおはしまして、何ごともわきまへさせたまふべき時にいたりて咎を示すなり。
解説
秘密を知っていのは自分と王命婦だけ。つまり冷泉帝自身が事実を知らなかったことが恐ろしいというのである。
天変頻りにさとし、世の中静かならぬはこのけなり。世の中が荒れているのはそのせいなのだ。更に言う。
いときなくものの心知ろしめすまじかりつるほど 幼い子供の頃は何も知らないのは仕方にないとして、天も見逃す。
しかし やうやう御歳足りおはしまして、何ごともわきまへさせたまふべき時にいたりて咎を示すなり
充分な年になって、帝自身が自らの誕生の秘密に関することを知らない事自体が罪なのである。そこまで言って僧都は御前から下がる。冷泉帝は一人取り残される。我々には疑問が残る。自分自身の出生に関すること、実の父が誰であるか知らず過ごしてきたことが何故罪なのか。この辺りの事は
現代人には分からないことではあるが、確かにそれは重い罪であろう。
僧都が退出した後の、冷泉帝の密かなつぶやきに耳を傾けてみよう。
朗読⑦
故院の御ためもうしろめたく、大臣のかくただ人にて世に仕へたまふもあはれにかたじけなかりけること、かたがた思し悩みて、日たくるまで出でさせたまはねば、かくなむと聞きたまひて、大臣も驚きて参りたまへるを御覧ずるにつけても、いとど忍びがたく思しめされて御涙のこぼれさせたまひぬるを、おほかた故宮の御事を干る世なく思しめしたるころなればなめりと見たてまつりたまふ。
解説
光源氏を、ただ人 つまり光源氏を臣下として長年仕えさせてきた。そして今もそれは続いている。
冷泉帝は何よりもその事を かたじけなかりけること 畏れ多い事だと思う。それが冷泉帝の罪なのである。冷泉帝は日々犯し続ける重大な罪、父として敬わなければならない人を臣下として扱った事。即ち不敬の罪である。儒教の教えの中でもとりわけ、大切な事である。
冷泉帝は事態を改善すべくこう考えた。
朗読⑧ 源氏になった後に親王になり帝位にもお就きになった例はある。優れた人柄を理由に
光源氏に譲位しようかと思案される。
一世の源氏、また納言、大臣になりて後に、更に親王にもなり、位にも就きたまひつるも、あまたの例ありけり。人柄のかしこきに事よせて、さもや譲りきこえまし、などよろづに思しける。
解説
光源氏を臣下から天皇家に戻し、そこから天皇にと考えた。自らは退位して光源氏に天皇の位を
譲ることを思案された。
真実を知り、光源氏への譲位を考えた冷泉帝。日常の生活の中でも、光源氏への態度は当然変わってくる。
朗読⑨ 帝のお顔は光源氏に瓜二つである。前から気付いていた事ではあるが、あのことを
聞いてから一層しみじみと感じられる。その話をしたいのだが、いきなりは言いにくい
ので世間話を親しくなさる。
常よりも黒き御装ひにやつしたまへる御容貌、違ふところなし。上も年ごろ御鏡にもおぼしよることなれば、聞こしめししことの後は、またこまかに見たてまつりたまうつつ、ことにいどあはれに思しめさるれば、以下でこのことをかすめ聞こえばやてと思せど、さすがにはしたなく思しぬべきことなれば、若き御心地につつましくふともえうち出できこえたまはぬほどは、ただおほかたのことどもを、常よりことになつかしう聞こえさせたまふ。
解説
母の喪に服して黒い服装の冷泉帝はこれまでにも増して、違ふところなし。 その事は冷泉帝自身鏡を覘き、見るたびにどういう事だろうと不思議に思っていた。そして夜居の僧都から秘密を上奏されてからは、ますます意識して光源氏の顔を覗き込むようになる。すると あはれ の思いが自然と胸に浮かぶ。ああこの方こそ我が父上だと。そしてその態度は臣下に対するものというようなニュアンス。さてその秋の事、人事の季節である。光源氏に太政大臣という話が出た。
その時冷泉帝は、光源氏を皇族に戻し、更に天皇へというプランを考える。光源氏は夜居の僧都から秘密が冷泉帝に漏らされた事を知らないのでびっくりする。後に書いてあるように、大臣、いとまばゆく恐ろう思して、さらにあるまじきよしを申し返したまふ。
光源氏はとんでもない事と辞退申し上げる。光源氏は太政大臣に就くことさえ拒んだ。冷泉帝は更にこういう。
朗読⑩ 太政大臣になれと御沙汰があったが、光源氏は辞退する。また更に親王になるように
と仰るが、そうなれば後見役がいなくなると言ってこれも断る。
太政大臣になりたまふべき定めあれど、しばしと思すところありて、ただ御位添ひて、牛車聴されて参りまかでしたまふを、帝、飽かずかたじけなきものに思ひきこえたまひて、なほ親王になりたまふべきよしを思しのたまはすれど、世の中の御後見したまふべき人なし、権中納言、大納言になりて右大将かけたまへるを、いま一際上りなむに、何ごとも譲りてむ、
さて後に、ともかくも静かなるさまに、とぞ思しける。
解説
冷泉帝はならばせめて親王にはなって貰いたいと、何とか天皇家に戻したいと思うのであったが、
その頃からどうした事だろう。不思議な事に天変地異が収まるようになってきた。冷泉帝が夜居の僧都から、実の父が誰であるのか聞かされて、何も打つ手がなかった頃、世の中は不安定であった。
太政大臣、藤壺の宮の死と続いて、世の中はどうなってしまうのだろうと思いがあった。しかし冷泉帝が事実を知って光源氏を前にして、自然に父として敬う態度を示すようになる。皇族に戻って頂けませんか。天皇の位に就いて頂けませんか。と懇願すると、あれだけ連続した人々の死も止み、天変地異もなくなった。あるべき父と子の関係が復活したのを、天は納得したと思われた。
薄雲の巻の後半を占めるのは父と子の問題である。自分の父を知った冷泉帝が巻の後半の主役である。一般に分かりにくい所を原文に忠実に話してきた。当時の罪がどんなものであったのか。罪の子、冷泉帝というのは、どういう意味で罪の子であったのか。どうやって解消したのか。曖昧にされてきたのが良く理解できたのではないか。この巻は明石の君と姫君の別れ、藤壺の宮の逝去、夜居の僧都による出生の秘密内奏、光源氏の皇族への復帰プラン。いずれにしても話題豊富であった。
特に最後の光源氏の皇族への復帰可能性が、この後の物語にも大きく影響してくる。
「コメント」
講師の言うように実に話題豊富。実に面白かった。そして当時のものの考え方の一端に触れた。