251207㉟若菜上の巻(4)
「源氏物語」は藤裏葉の巻のめでたしめでたしの世界で終わっていたら、千年のベストセラ-として
世界の人々を魅了してやまない物語になっていたかどうかは分からない。卓越した人物描写、起伏にとんだストーリ-展開、読者をハラハラさせたり、えっと驚かされたり、ああ良かったと安心させたり、そんな見事としか言いようのない紫の上の作者としての超絶描写には舌を巻くしかないが、しかし、
敢えて言えば桐壺の巻から藤裏葉の巻までの物語の世界というのはある意味、予定調和的な筋書きのないドラマならぬ筋書きのあるドラマと言って良い。光源氏のたぐいなき美貌と才能を兼ね備えた主人公が、高貴な生まれでありながら臣下に落とされ、そして明石への流離という苦難を乗り越えてそこから大輪の花を咲かせる。最後は準太政天皇という誰も到達したことがない高みに達する。非常に分かりやすいストーリ-展開を語る訳で、こうしたストーリ-展開を異種流離譚と呼ぶことがある。このパタ-ンは日本文学に古くからあるもので、紫式部の発明ではない。現代でも冒険小説などに良くみられるもので、藤裏葉の物語などではある意味、こういうサクセススト-リ-のパタ-ンに沿って展開してきた。しかし読んできた若菜の巻から、先の展開は誰にも読めない。ここでは筋書きのないドラマである。そしてその世界において、このままの三回の話で分かったように老いとか病とか、人として避けようのない宿命的に受け入れねばならない問題、本質的な問題が正面から描かれる。もちろん老いから脱することが出来ないのは、病に苦しんで出家した朱雀院だけではなかった。あの輝かしい、美しく永遠の若さを続けるかに見えた光源氏も、老いから逃れることはできない。そしてそれを作者紫式部も単純な形で描こうとはしない。こんな風に皮肉な描き方をする。前回の終わりに行ったように、
光源氏を愛してやまない人達が、我先にと光源氏に老いを突き付けてくるのである。
全体で五回予定している、第四回目に当たる今回の講義は、そうした話題から始める。
まずは次の文章を聞いてみよう。物語世界に春が到来した。
朗読① 光源氏は四十になったのでお祝が前から話題になっていたが、光源氏は辞退して
いた。左大将の北の方がにわかに若菜を献上した。突然のことで辞退できなかった。
大変な騒ぎとなる。
さるは、今年ぞ四十になりたまひければ、御賀のこと、おほやけにも聞こしめし過ぐさず、世の中の営みにて、かねてより響くを、事のわづらひ多くいかめしきことは、昔より好みたまはぬ御心にて、みな返さひ申したまふ。
正月二十三日、子の日なるに、左大将殿の北の方、若菜まゐりたまふ。かねて気色も漏らしたまはで、いといたく忍びて思しまうけたりければ、にはかにて、え諌め返しきこえたまはず。忍びたれど、さばかりの御勢ひなれば、渡りたまふ儀式など、いと響きことなり。
解説
正月がやってきた。藤裏葉の巻の翌年のことである。年が明け光源氏は四十となる。それは長寿の入口。人々はそれをお祝いしたくてたまらない。朝廷、天皇もお祝いをしようと思うが、光源氏はこれを固く辞退する。
事のわづらひ多くいかめしきことは、昔より好みたまはぬ御心にて、そんな大仰なことは無用です。
冷泉帝はがっかりしたが、その様に固辞した光源氏の虚をつくように、左大将殿の北の方、若菜まゐりたまふ。
左大将殿の北の方 光源氏の養女、玉葛が若菜を献上した。その事によって光源氏四十を祝うのである。
彼女は かねて気色も漏らしたまはで、いといたく忍びて思しまうけたりければ、
冷泉帝と違って内密に準備したので、光源氏も拒み切れず祝を受けるしかなかった。春先に芽吹く
若菜、それを羹、スープにして飲む。それにあやかることで人々は若さと生命力を、蘇らせようとする。この場面が「源氏物語」きっての長大な巻である若菜の巻の名前の由来である。しかし人から
長寿を祝ってもらうということ、それは相手から有無を言わせず老いを突き付けられることである。
若菜を捧げる側と、捧げられる側とされ否応なく老いを認めざる得ないことになる。自分たちの目の前にいる人が、年を重ね衰えていく人だからこそ周りの人も若菜を摘んでまいりましたとさあどうぞと勧め、当人もああ有難いと、若菜の力にあやかろうとする。
若菜の巻自体が四十、初老を迎えた今の光源氏の立場、一口で言えば、彼が老いの坂に差し掛かり、今からそれを越えなければならないことを浮き彫りにする。それを皮肉といわずして何といえばよいのであろうか。
そして玉鬘による 御賀 長寿の祝 四十の賀 が人々によって行われることになる。あれだけ固辞していたものを一つ受けてしまった以上断り切れなくなり、まずは紫の上次いで秋好中宮(斎宮女御)
など光源氏を大切に思う人から次々と祝われる。
一例として紫の上による四十の賀を取り上げる。
朗読②
神無月に、対の上、院の御賀に、嵯峨野の御堂にて薬師仏供養じ奉りたまふ。いかめしきことは、切に諌め申したまへば、忍びやかにと思しおきてたり。仏、経箱、帙簀のととのへ、まことの極楽思ひやらる。最勝王経、金剛般若、寿命経など、いとゆたけき御祈りなり。上達部いと多く参りたまへり。
御堂のさまおもしろく言はん方なく、紅葉の陰分けゆく野辺のほどよりはじめて見物なるに、かたへはきほひ集まりたまふなるべし。
解説
例の嵯峨野の御堂。松風の巻辺りから本格的に物語に登場する、光源氏が築いた御堂で行われた、紫の上主催の四十の賀。様々なお経をあげて長寿を祈る、その供養には上達部も大勢参加して、結局盛大なものにならざるを得なかった。もちろん光源氏の長寿を祝った人々は笑顔である。めでたいことではあるが、それは裏返してみれば光源氏が確実に老いに入り、逃げられないことを見せつける場面でもあった。どうしてこんなことになったのか。藤裏葉の巻について解説した時、初めて光源氏の年が明らかになったと言った。それまで光源氏の年齢は分からなかった.永遠の美しさを続ける、年齢を超越した人として物語に君臨し続ける。紫式部はその意味で意図的に、光源氏の年齢を明らかにしなかった。それが、物語が大団円を迎えるにあたって、実は光源氏は四十になるのですと明かす。そのことによって、物語に花を添えようとしたのである。それは物語がそこで終わってからこそ絵になる。続きがあるなら話は別で、それから光源氏は魔法が解けたように、私たちと同じに老いというものから無縁でいられない存在となった。藤裏葉の巻で終わっていたら幸せである。というより当初はそこで物語は終わって、めでたしめでたしの積りであったのだろう。その積りで作者 紫式部が最後に初めて明かした四十という数字が、今後は光源氏に重くのしかかっていく。光源氏の足かせとなって、彼はそこから逃れられない。
光源氏は準太政天皇として地上の極楽・六条院に栄華を極めたということは、これ以上はないということである。光源氏の人の追随を許さない三条件、それは優しさ、心深さ、他の人への共感力であったと見れば、光源氏という人は、人の気持ちを察し忖度する余り、優柔不断で朱雀院の依頼を拒むことが出来ないそうした弱さを抱えた人であるということでもある。若菜という巻は、それまでの物語で見えなかった、隠されていた部分を次々と明らかにしていく物語である。
世間では、光源氏というどうしようもない男が、紫の上という人がいながら、若い女三宮を嬉々として受け入れ、紫の上を悩ませ苦しめた話として広まっているようである。
しかしここから、紫式部が容赦なく光源氏の老いを暴き立てたと同じように、私(講師)は次のような一節が若菜の巻の上巻にあることを話す。朱雀院が最も愛した女性、朧月夜のことがこんな風に書かれている。
朗読③ いよいよ朱雀院が出家するというので女御更衣達はお暇を頂く。尚侍・朧月夜は尼に
なろうとするが、朱雀院は御止めになる。
今はとて、女御、更衣たちなど、おのがじし別れたまふも、あはれなることなむ多かりける。尚侍の君は、故后の宮のおはしましし二条宮にぞ住みたまふ。姫宮の御事をおきては、この御事をなむかへりみがちに帝も思したりける。尼になりなむと思したれど、かかる競ひには、慕ふやうに心あわたたしと諌めたまひて、やうやうに仏の御事などいそがせたまふ。
解説
女三宮を光源氏に預けることが出来て、朱雀院は肩の荷が下りた。念願の出家を果すことが出来る。残されたのは后たちである。特に寵愛が深かった 尚侍の君。つまりあの朧月夜。花宴の巻で思いがけず光源氏と契りを交わした人である。しかし彼女はそれを反省して、その後は朱雀院に寄り添う人生を送っていた。朧月夜は朱雀院の後を追って出家したかったが、朱雀院は許さなかった。
朱雀院は西山に移り住んだので、朧月夜は都に残った。その彼女を光源氏がお見舞いを称して訪れる。
朗読⓸ 内侍はあの頃のことが昨日今日のような心地がするが、世間への気兼ねもあって
ため息をついているが、結局光源氏を受け入れてしまう。
昔覚えたる御対面に、その世のことも遠からぬ心地して、え心強くももてなしたまはず。なほらうらうじく、若う、なつかしくて、ひとかたならぬ世のつつましさをもあはれをも、思ひ乱れて、嘆きがちにてものしたま気色など、今はじめたらむよりもめづらしくあはれにて、明けゆくもいと口惜しくて、出でたまはむ空もなし。
解説
結局二人は関係を持ってしまう。しかしここに新しいものが生まれることがないのは明白である。光源氏は朱雀院にどう向き合えるのか。今までの反省はないのか。
六条院の春の町に紫の上と女三宮が住み始めた。その状況に耐えきれずに逃げ出すように、朧月夜を訪ねる光源氏。それは満月のように輝いていた光源氏であろうか。世間では、光源氏が女三宮を受け入れたことばかりに批判が大きくなっている。しかしそれよりもこのことの方が、余程救いがないことである。彼の愚かさ、軽薄さ、弱さが表れている。
ここで講師は作者の紫式部に感心する。現実の重さに耐えきれずにそこから逃げ出す光源氏。その弱さを描き、救いようのなさを浮き彫りにするのに、朧月夜以上にふさわしい人はいない。やがてその事実を紫の上も知る。というよりそのことを光源氏は紫の上に語るのである。すると紫の上は さすがに涙ぐみたまひたまへるまみのいとらうたげに見ゆる
さすがに涙ぐんでいる目元が、まことに御いたわしい とある。彼女は怒ることも嘆くこともしなかった。光源氏に嫌気がさしたのであろうか。あきれたのであろうか。絶望であろうか。諦めであろう。具体的なことは書いてない。わざと書かずに、読者それぞれがどう考え、感じるかと作者紫式部から問いが投げかけられように見える。
朧月夜とのことは物語にこう書いてある。昔覚えたる御対面に、その世のことも遠からぬ心地して
現実から目を背けようとしている光源氏に対して、紫の上にはそうした時間はない。彼女の周辺にはここの所、新しい出来事が次々と起こり、判断、対処を迫られ続けている。
現実から顔を背けて、過去に逃れようとする光源氏と新しい出来事に対処しなければない紫の上とは対照的に見えるが、新しい事態とは何であろうか。紫の上と光源氏に育まれ東宮に入内した明石姫君が懐妊したのである。お産の為に里下がりしてくる。
朗読⑤ 春宮女御は気分がすぐれなかったが懐妊であった。六条院に部屋を設けて、明石の
御方が付き添って里下がりしてくる。
夏ごろなやましくしたまふを、とみにもゆるしきこえたまはねば、いとわりなしと思す。めづらしきさまの御心地にぞありける。まだいとあえかなる御ほどに、いとゆゆしくぞ、誰も誰も思すらむかし。からうじてまかでたまへり。姫宮のおはします殿の東面に御方はしつらひたり。明石の御方、今は御身に添ひて出で入りたまふも、あらまほしき御宿世なりかし。
解説
光源氏の唯一の女の子、彼女は入内してもうすぐ母親になろうとしているので、姫君と呼ぶのはふさわしくない。何と呼ぶべきか。後には春宮女御と呼ばれている。六条院に出産の為に里下がりしてきて、春の町の東殿に入る。
姫宮のおはします殿の東面に御方はしつらひたり。とあって、このことを意味している。
明石の御方、今は御身に添ひて出で入りたまふ 産みの親の 明石の御方 が宮中から一緒に退出してきて、甲斐甲斐しく仕えている。紫の上としては育てた娘が懐妊して帰って来たことは、誇らしい
ことではあったし、それを経験していないだけに不安でもあったろう。
娘と言えども春宮の女御なので、娘のもとに挨拶に行く。そして寝殿の東側に住んでいる女三宮の所にも。紫の上は自分に言い聞かせるようにこうつぶやく。
朗読⑥
我より上の人やはあるべき、身のほどなるものはかなきさまを、見えおきたてまつりたるばかりこそ
あらめ
解説
この六条院世界で自分より立場が上の人はいなかったが、春宮女御が里下がりしてきた。今なら
東宮女御の母親として振る舞い、女三宮にご挨拶出来る。里下がりしてきて久しぶりの対面となる娘の下に出向く。紫の上がふつう生活している春の町の対から渡殿を渡って寝殿の東側の娘の下に、それから今しかないと自分に言い聞かせて渡殿の西側の女三宮の下に自ら出向いたのである。
その様子はこんな風であった。
朗読⑦ 春宮の御方(明石の姫君)は実の母より、この御方(紫の上)を親しい人とする。紫の上
も愛おしく、よもやま話などする。そして次には女三宮に御対面になる。そして二人の
血筋の話などする。二人は従妹同士である。
春宮の御方は、実の母君よりも、こん御方をば睦ましきものに頼みきこえたまへり。いとうつくしげにおとなびまさりたまへるを、思ひ隔てずかなしと見たてまつりたまふ。御物語などいとなつかしく聞こえかはしたまひて、中の戸開けて、宮にも対面したまへり。
いとおさなげにのみ見たまへば心やすくて、おとなおとなしく親めきたるさまに、昔の御筋をも尋ねきこえたまふ。中納言の乳母といふ召し出でて
解説
春宮の御方(明石の姫君)は実の母よりこの御方(紫の上)を頼りにしたので、紫の上も久しぶりに言葉を交わす。そこから意を決して、中の戸開けて、御殿の西側と東側を隔てる戸を開けて、女三宮の下に。といっても紫の上はいきなり口をきくということは許されない。
中納言の乳母といふ召し出でて 中納言の乳母 に言葉を取り次いで貰う。紫の上が努めているのである。六条院の女主としての役目をはたしている。女三宮は紫の上にはかばかしいことは何も言えず、後にこう書いてある。絵などのこと、雛の棄てがたきさま 絵などのことや、雛人形を捨てきれないこと などを話し嬉しそうにしていた。
これをきっかけに紫の上と女三宮の間に手紙のやり取りがされるようになる。
朗読⑧
さて後は常に御文通ひなどして、をかしき遊びわざなどにつけても疎からず聞こえかはしたまふ。世の中も、あいなう、かばかりにんなりぬるあたりのことは、言ひあつかふものなれば、はじめつ方は、「対の上いかに思すらむ。御おぼえ、いとこの年ごろのやうにはおはせじ、すこしは劣りなん」など言ひけるを、いますこし深き御心ざし、かくてしもまさるさまなるを、それにつけても、またやすがらず言ふ人々あるに、かく憎げなくさへ聞こえかはしたまへば、事なほりてめやすくなんありける。
解説
当初世間の人はこんな風に言っていた。女三宮という高貴な宮様が六条院に迎えられた。紫の上だってこれまでのように、光源氏の寵愛を独占し六条院に場所を保っていくことは出来ないであろう。しかしその予想に反して、光源氏の愛情は女三宮を迎えてこれまで以上に、紫の上に向けられるようになる。紫の上の素晴らしさ、優しさが身に染みたのである。
そうなったらまた世間の人々は、宮様に対して無礼ではないかと騒ぎ始める。紫の上に批判の矛先が向かうのである。紫の上が自ら挨拶に出向いたり、何くれとなく気を遣うようになって、様々なお付き合いが二人の双方に生まれてくる。
すると世間の人々の噂は止んでしまった。全てが丸く収まったと文章に書かれている。
事なほりてめやすくなんありける というのはそういうことである。
紫の上の忍耐。自分の方から挨拶に出向いた勇気。絵や雛のことなど、何くれとなく声を掛ける心配りを怠らなかった。紫の上の普段の努力。誰しも認めざるを得ないであろう。六条院にはこうして時間が取り戻された。そして六条院で紫の上に見守られ、また実の母に見守られながら、東宮女御かつての明石の姫君は無事に男の子を出産した。やがて東宮、天皇に・・・。
これまで以上の人間関係が復活したかのように見えるが、その六条院に思いもしない便りが遠い明石の地から届く。
そこには思いがけないことが書かれていた。
コメント
まさに波乱万丈。今まで通読した事はなく、原文の抜粋を読んだだけ。それでは全体の面白さは分からない。原文をベースにして、解釈を聞きながら読みながらでなければ。
次が待ち遠しい。