251214㊲若菜上の巻(5)
今日は前回の続きである。光源氏と紫の上が手塩にかけて育んだ春宮女御。彼女には実の母である明石の君がついて奉仕しているが、その女御は無事に出産する。しかも男の子である。この子は生まれたばかりであるが、やがて東宮にそして天皇に即位することが期待できる。
ここ数年女三宮を六条院に迎え入れて以来、人々が眉を顰めたり頭を抱えたりする出来事が多かった光源氏の世界が久方ぶりに歓喜に沸く。そんな折のことである。女御に従って宮中から下っていた明石の君の下に、父親の明石入道から長大な手紙が届いた。入道には初めてのひ孫の誕生を心から祝い、出産を無事に乗り越えた女御への祝いをどうしても述べたい。場合によっては明石の尼君、娘の明石の君、官女たちと久しぶりに再会して喜びを分かちあいたい。
あの日涙を呑んで一家は離散したけれど、その選択は間違っていなかった。その思いを確かめたい。そうは言っても、入道は出家者で漢字三昧の毎日なので、慣れない仮名を操って急いで文を認めたのであろう。私たち読者は明石の君と一緒に懐かしい人からの手紙を開くのだが、私たちの顔はにわかに曇ることになる。明石の君も驚いて言葉を失う。
というのもそこに書かれていたのは、今言ったように予想や期待を大きく裏切る事柄だったからである。果たして何が書かれていたのか。そこに認められていたのは主に二つ。
まず一つは今回の一連の出来事。東宮に入内した姫君が男の子を授かったのは望外の喜び。思いがけなかったというところだが、入道には予め分かっていたというのである。そしてもう一つは、何とかして家族と再会したいと思っているが、入道自身は完全に一族と決別をするという。いうなれは死の宣言である。実に驚くべき文を読むところから今日の話を始めるが、明石の入道には孫娘が春宮に入内することも、皇子を授かることもすべてわかっていて予想通りというのである。
そのことはどういうことなのか。入道は娘の明石の君に話しかける。
「娘よ、よく聞きなさい。これは誰にも話したことのないことである。遠い遠い昔のこと。お前の母の尼君も私も若かった時のこと。ある夜、こんな夢を見た。その時お前はまだ母親の腹の中にいた。それはこんなものである。
朗読①
わがおもと生まれたまはむとせしその年の二月のその夜夢に見しやう、みづから須弥の山を右手に捧げたり。
月日の光さやかにさし出でて世を照らす。みづからは、山の下の蔭に隠れてもその光にあたらず、山をば広き海に浮かべおきて、小さき舟に乗りて、西の方をさして漕ぎゆくとなむ見はべりし。
解説
尼君が大きなお腹をしていた年の二月。ある夜、こんな夢を見た。入道自身が右の手で須弥山を捧げている。その山の左右には月と太陽の光が射していて、その中腹には帝釈天、持国天、増長天、広目天、多聞天などの四天王が住んでいる。須弥山は仏教世界の中心にそびえる伝説の山で、入道は夢の中でそれを捧げ持っている。そんな途方もない夢を見たのである。後に入道は夢から覚めて、様々な書物を紐解くが、世をあまねく照らす月と太陽というのは、皇后と天皇を指すらしい。というのは自分の家族から将来天皇と皇后が生まれるということを指している。
かつては明石の浦で生まれ暫くは入道と一緒に過ごした姫君は、光源氏の娘として東宮に入内し
男の子を生んだ。その男の子は父が春宮なので、やがて天皇になるであろう。
明石の入道が数十年前に見た夢は、幻ではなかった。あの夢が確かめられた以上、私はもう現世にいる必要はない。
一刻もこの世を離れることにする。というのはその夢には続きがあって、とさらにこう書かれている。
朗読②
みづからは、山の下の蔭に隠れて、その光にあたらず、山をば広き海に浮かべおきて、小さき舟に
解説
入道は自らは山の下に隠れて、その光に当たらず、小舟に乗って西へと漕いでゆく。以上が入道の手紙に書かれていたことである。次にすることは何か。手紙は仏教的世界観に彩られているので
わかり難い。般若の舟 という言葉があるが、般若 というのは知恵のこと。人間世界、迷いの多い
この世を一刻も早く捨て、そこから脱出して彼岸、悟りの境地にたどり着くための真実の知恵を仏教では小舟に例える。入道は知恵という名の小舟に乗って、自らそれで大海を渡りその目指す先は
西の方をさして漕ぎゆくとなむ見はべし。 それは西方浄土である。
この手紙で言っていることは自分の血筋からやがて天皇が生まれる。そして皇后も生まれる。自分自身は極楽往生できる。若い時に見た夢が、まさに夢幻ではないと確信したのである。今までの中途半端な出家生活から、本格的な出家になろうと決意したのである。現世の縁との別れの言葉であった。二度と会うことはないという手紙は遺言状であった。若い時の入道は、自分の娘を何とか都の有力者に縁づかせようとした。そして娘にそれが叶わぬなら海に入れとまで言い渡した彼は、何と上昇願望の強い人であったことだろう。
更にこの手紙を都に届けさせると同時にこんなこともしていた。
朗読③
かの明石にも、かかる御事伝へ聞きて、さる聖心地にもいとうれしくおぼえければ、「今なむこの世の境をこころやすく行き離るべき」と弟子どもに言ひて、この家をば寺になし、あたりの田などやうのものはみなその寺のことにしおきて、この国の奥の郡に人も通ひがたく深き山あるを年ごろも占めおきながら、あしこに籠りなむ後またひとには見え知らるべきにもあらずと思ひて、ただすこしのおぽつかなきこと残りければ、今まで長らへけるを、今は、さりともと、仏神を頼み申してなむ移ろひける。
解説
今こそ家族への愛もすべて捨てて、この世を離れる時が来た。入道は手回し良く家屋敷を寺に改め、財産をすべて処分した挙句、自分自身は人の通わぬ山奥に姿を消してしまったのである。明石の入道という人物をこれまで私達は、ある時は守銭奴のように、またある時は権力欲の強い人と理解してきたが、これは全て誤解だった。若菜以前の物語だけを見ているとそう見えるが、この巻で別の姿が明らかになる。
若い時の夢が真実と分かった時、地位と名誉、財産、家族もすべて捨て、世を捨てようと思ったのである。「源氏物語」の中でも、志の高い真の修行者である。
この手紙を明石の君から見せられた光源氏は全てを知ってこう呟く。
朗読⓸ こうなるべく生まれた前世の行者だったのかと、入道をいい加減な人とは思わな
かった。
いかでさる山伏の聖心に、かかることどもを思ひよりけむと、あはれにおほけなくも御覧ず。さるべきにて、しばしかりそめに身をやつしける昔の世の行ひ人にやありけむなど思しめぐらすに、いとど軽々しくも思されざりけり。
解説
かの入道という人、私が見ていたのは世を忍ぶ仮の姿であった。前世では有難くも尊い行者の生まれ変わりが、入道であったのかも知れない。
光源氏も明石の入道の知られざる本当の姿に驚くのであるが、その手紙は次のように結ばれていた。
朗読⑤
若君、国の母となりたまひて、願ひ満ちたまはむ世に、住吉の御社をはじめ、はたし申したまへ。さらに何ごとをかは疑ひはべらむ。このひとつの思ひ、近き世にかなひはべりぬれば、遥かに西の方、十万億の国隔てたる九品の上の望み疑ひなくなりはべりぬれば、今は、ただ、迎ふる蓮を待ちはべるほど、その夕まで、水草清き山の末にて勤めはべらむとてなむまかり入りぬる。
ひかり出でん 暁ちかくなりにけり 今ぞ見し世の 夢がたりする
解説
あの小さかった姫君が男の子を生んで国母になった暁には、あの住吉の神へのお礼を忘れることのないように。いや何も心配は要らない。姫君は間違いなく国母になられるから。そして私の極楽往生も何の疑いもなくなった。入道は最後にこう伝えた。「そなたたちと必ずや、お目にかかれるであろう。この世ではない。極楽の蓮の上で待っている。」
ひかり出でん 暁ちかくなりにけり 今ぞ見し世の 夢がたりする
この身は山奥の狼に食わせてやろうと思っている。姿を消した入道の最後の言葉であった。
これで若菜上の巻の解説は終わりであるが、ここで入道がこの世から姿を消し、明石の人々の物語にて結末がついた。
そして物語世界の雰囲気は全く変わる。まとめを兼ねて若菜の巻の始まりを思い出そう。光源氏の優しさと愛によって調和を保ってきた六条院世界。そこに女三宮が登場することによって、調和は崩れる。光源氏と紫の上との間のゆるぎない愛情、信頼感、これらによって支えられてきた世界は一挙に崩壊してしまう。紫の上もその地位を失ってしまうのかと思ったらさにあらず。紫の上の心境は様々に揺れるが、ともかく冷静沈着に処する。世間の笑い者になることはすまいと決心した紫の上の見事な振舞い、心掛けが印象的であった。
紫の上は自ら進んで女三宮の下に挨拶に出向く。実際に会ってみて、女三宮はどういう人物であったか。彼女は朱雀院最愛の皇女、内親王で、この世で高貴な生まれの女性。だから人と争うことはなく、おっとりとしていて、紫の上をライバルと思わず、紫の上から絵や人形のことなど話してもらうと嬉しそうにしていた。六条院は昔のような穏やかな日々を迎える。
そんな中で一人、悶々とした日を送っている人がいた。元の頭中将、今の太政大臣の嫡男 柏木 である。
朗読⑥
衛門督の君も、院に常に参り、親しくさぶらひ馴れたまひし人なれば、この宮を父帝のかしづきあがめたてまつりたまひし御心おきてなどはしく見たてまつりおきて、さまざまの御定めありしころはほひより聞こえ寄り、院にもめざましとは思しのたませずと聞きしを、かく異ざまになりたまへるは、いと口惜しく胸いたき心地すれば、なほえ思い離れず。そのをりより語らひつきにける女房のたよりに、御ありさまなども聞き伝ふるを慰めに思ふぞ、はかなかりける。「対の上の御けはひには、なほ圧されたまひてなむ」と、世人もまねび伝ふるを聞きては、かたじけなくとも、さるものは思はせたてまつらざらまし、げにたぐひなき御身にこそあたらざらめ、と常にこの小侍従といふ御乳主をも、言ひはげまして、世の中定めなきを、大殿の君もとより本意ありて申しおきてたる方におもむきたまはばとたゆみなく思ひ歩きけり。
解説
柏木は太政大臣家の跡取りで、彼自身も自分を頼むところが大きい人である。今でいえばプライドも実力もあり、花も実もある貴公子というところ。その辺りの事情も物語が進むとともに明らかになってくる。彼は朱雀院にも親しい関係にあった。一昨年から例の件、朱雀院が余命いくばくもないとして出家を決意した、ついては最愛の女三宮をどうすべきかということに、自ら密かに名乗りを上げていたのである。内々の情報を探ってみても、
院にもめざましとは思しのたませずと聞きしを、 と書かれていた。めざまし この言葉にはかつて
注意を促した。
桐壺の巻にも多くの后たちが桐壺の更衣のことを めざましきものにおとしめ、嫉み と出てくる。あの めざまし である。
朱雀院も柏木のことを、何という傲岸不遜で無礼な若輩者というようなことではなかった。
朱雀院も めざましとは思しのたませず であるから。
それで柏木は脈があると思い込み、女三宮を妻として迎えることを夢見た。しかし結果は、父親程年の離れた光源氏の下に。彼はこのことを いと口惜しく胸いたき心地すれば、 と書いてあった。さらには なほえ思い離れず。 というように諦めることが出来なかった。おまけに一年程経って、女三宮が幸せであるなら良いが、聞く所によると
「対の上の御けはひには、なほ圧されたまひてなむ」
結局、光源氏の愛情は紫の上にあって六条院の中で、女三宮は紫の上に圧倒されていると聞いて
いる。宮が御いたわしいと思うのである。しかし読者は、柏木が何と的外れなことを怒っているかを知っている。女三宮はそんなことを卓越した世界に住んでいる人である。しかし柏木は自分の中で女三宮について勝手なイメ-ジを作りあげて、女三宮に同情し、彼女を自分の妻にできなかったことを一層悔しがるのであった。私だったら絶対そんな目に合わせないと、この青年は独りよがり。生々しく
危険な状況である。そして彼は女三宮の乳主 乳母子 の 小侍従 を呼び出して、女三宮のことを何かと聞きだしては、女三宮は気の毒であると申し立てる。そして最後には、光源氏も年でかねてより出家願望があるようだから、自分にもチャンスがあると思い詰めている。
このように紫式部は新しい登場人物を紹介して話を先に進める。
柏木が一人で悩んでいた折しも、三月の良く晴れたうららかな日、六条院で蹴鞠が行われることに
なった。光源氏は言う。
「ここまでうららかで、良い日が続くと退屈でたまらない。夕霧はどこに行ったか」と聞く。誰かが「夕霧殿は母親代わりの花散る里で蹴鞠をやっています」と言うので、「それではこちらに来るように」という。
そこから光源氏と夕霧を中心に蹴鞠が行われることになるが、その青年たちの中に柏木の姿もあった。
朗読⑦ 光源氏も柏木も庭に降りて桜の花影に。蹴鞠は騒々しい遊びであるが柏木は上手で
ある。
大将も督の君も、みな下りたまひて、えならぬ花の蔭にさまよひたまふ夕映えいときよげなり。をさをさ、さまよく静かならぬ乱れ事なめれど、所がら人がらなりけり。ゆゑある庭の木立のいたく霞みこめたるに、色々紐ときわたる花の木ども、わづかなる萌木の蔭に、かくはかなきことなれど、よしあしきけぢめあるをいどみつつ、我も劣らじと思ひ顔なるに、衛門督のかりそめに立ちまじりたまへる足もとに並ぶ人なかりけり。容貌いときよげになまめきたるさましたる人の、用意いたくして、さすがに乱りがはしき、をかしく見ゆ。
解説
柏木たちはここで蹴鞠に興じる。ここで思ってもみなかった事件が起きる。それは若菜の巻最大の事件である。詳しくは次回に。
「コメント」
次から次へと話は展開していく。役者はいくらでもいる。これでは読者は次が待たれる訳である。