260308御法(みのり)の巻(1)

ここまで光源氏の人生に即しながら、一年間に渉って「源氏物語」の世界を紐解いてきた。前回の

鈴虫の巻の次には夕霧という巻がある。この巻については、先の放送でも予告したように、今年度の放送では扱わない。

 

では御法(みのり)の巻の巻頭部分である。

朗読① 紫の上はめっきり衰弱し、先立たれたらどうしようと光源氏の心痛はこの上もない。

          紫の上はもう何も望むこともないので、無理に永らえたいとは思わないが、どんなにか

          光源氏を嘆かせるかと思うと悲しくなる。

紫の上、いたうわづらひたまひし御心地の後、いとあつしくなりたまひて、そこはかとなくなやみわたりたまふこと久しくなりぬ。いとおどろおどろしうはあらねど、年月重なれば、頼もしげなく、いとどあえかになりまさりたまへるを、院の思ほし嘆くこと限りなし。しばしにても後れきこえたまはむことをばいみじかるべく思し、みづからの御心地には、この世に飽かぬことなく、うとろめたき(ほだし)だにまじらぬ御身なれば、あながちにかけとどめまほしき御命とも思されぬを、年ごろの御契りかけ離れ、思ひ嘆かせたてまつらむことのみぞ、人知れぬ御心の内にももののあはれに思されける。

 解説

この巻は紫の上に捧げられた巻である。彼女は若菜下の巻で初めて患い一命をとりとめた。その後病状は急変することはなかったものの、しかし回復することもなく、ただただ病みつく時間だけが過ぎて行く。そんなことが今の文章に書かれている。年月重ねれば、頼もしげなく、いとどあえかになりまさりたまへるを、とあった通りで、それを光源氏が 院の思ほし嘆くこと限りなし。 とあった。

光源氏は毎日をどんな風に過ごしているのか。

しばしにても後れきこえたまはむことをばいみじかるべく思し、 一日でも二日でも後に取り残されて

しまうことを、耐え難いことと日々思っている。紫の上がいなくなってしまうなどということは考えられない。そんな光源氏を目にするにつけ、紫の上はこんな風に思っている。我が一生見るべきものはすべて見て、味わうべきものは味わいつくした。もうこの世に未練はない。光源氏との間に子を授かることはなかった。そうであるが故に、色々と後ろ髪をひかれることもない。ただ、今、病床にある自分を

見て、光源氏がため息をついて過ごしている。日々泣き暮らしている夫の様を見るにつけ、自分に死の瞬間が訪れた時、光源氏がどれ程嘆くか。紫の上はそのことが気の毒で、

あながちにかけとどめまほしき御命とも思されぬを、何としても生き延びたいという気持ちはないが、でも光源氏がとても嘆くだろうと思うと死を覚悟することが出来ない。光源氏と初めて出会って以来、二人の間は30年。始めの頃は兄と妹のように、やがて若紫の巻で男女として結ばれた後は夫婦として長い人生を歩いてきた。光源氏は10歳年上。紫の上から見て光源氏は常に慈愛に満ち頼もしく、しかしそうした関係がこの巻では逆転したかのような印象がある。姉のように、あるいは母のように。

 

紫の上の容態は 

年月重なれば、頼もしげなく、いとどあえかになりまさりたまへるを、刻一刻と悪化している。

いまにも消え入りそうで弱々しいという意味だが、そんな紫の上の口をついて出る言葉とは・・。

朗読② 紫の上は出家したいというが、光源氏は許さない。

後の世のためにと、尊きことどもを多くせさせたまひつついかでなほ本意(ほい)あるありさまになりて、しばしもかかづらはむ命のほどは行ひを紛れなくと、たゆみなく思しのたまへど、さらにゆるしきこえたまはず。

 解説

いかでなほ本意(ほい)あるありさまになりて とか 行ひを紛れなく とあったように、  出家の思い、生きているうちに出家したいと、紫の上は光源氏に懇願するが、光源氏は受け入れることはしない。何故か。

 

朗読③ 実は光源氏も出家したいと思っていたが出家したら、二人は同じ山であっても峰を

          隔て、顔も見ることなく離れ離れで住むべきとしている。しかしこう衰弱していく紫の上

         を見ると見捨てがたく躊躇いが出てしまう内に、浅い料簡で出家する人達にも遅れて

         しまいそうである。

さるは、わが御心にも、しか思しそめたる筋なれば、かくねむごろに思ひたまへるついでにもよほされて同じ道にも入りなんと思せど、(ひと)たび家を出でたまひなば、仮にもこの世をかへりみんとは思しおきてず、後の世には、同じ(はちす)の座をも分けんと契りかはしきこえたまひて、頼みをかけたまふ御仲なれど、ここながら勤めたまはんほどは、同じ山なりとも、峰を隔ててあひ見たてまつらぬ住み()にかけ離れなんことをのみ思しまうたるに、かくいと頼もしげなきさまになやみあついたまへば、いと心苦しき御ありさまを、今はと行き離れんきざみには棄てがたく、なかなか山水の住み()濁りぬべく、思しとど゜こほるほどに、ただうちあさへたる思ひのままの道心(どうしん)起こす人々には、こよのう(おく)れたまひぬべかめり。

 解説

今の文章には次のようなことが書かれている。

光源氏自身、出家入道ということについてはいつも心の中に抱きながら生きてきた。彼自身今でも出家したいと思っている。この時代の貴族の出家の多くは在家(ざいけ)での出家である。出家したといっても、

がらりと生活が変わることはない。現実に突然出家して山にこもるようなことが、貴族たちに出来る

わけがない。光源氏はこんな出家生活では、何のための出家か、そんなものは出家ではないと考えていたのであろう。彼にとって出家とはどういうことであったのか。

(ひと)たび家を出でたまひなば、仮にもこの世をかへりみんとは思しおきてず、

一旦出家したら、この世の事、愛する者の事、財産などの事は顧みてはいけない。そうした、出家と

いうものへの高い意識、厳しい思いが自分の首を締め付け、彼に出家させないのである。

ただうちあさへたる思ひのままの道心(どうしん)起こす人々には、こよのう(おく)れたまひぬべかめり。

軽い気持ちで出家をする人たちに、追い抜かれてしまうことになる。浅い考え、思い付きで出家してしまう人々、例えば女三宮などはその代表なのである。いづれにしても、出家とか仏教の教えに若い時から自覚的に学びを重ねてきた光源氏は、そうであるが故にいつになっても出家が出来ない。今の

文章で、光源氏は言っている。「私も紫の上も、自分たち夫婦が出家をした暁には、おなじ屋根の下でこれまでのように日々を過ごすことなどあってはならない」と。

峰を隔ててあひ見たてまつらぬ住み()にかけ離れなんことをのみ思しまうたるに、

家を捨て家族を捨て、同じ山でも峰を隔て、深山幽谷に籠り、どれだけ相手のことが気になっても、

二度と言葉を交わすことも会うこともない、それが出家だということである。

しかし今の自分にはそんなことは出来ない。紫の上への愛着、愛する心・・・・。

作者 紫式部は、自分で自分に課した高いハードルの為に却ってどうにもならなくなり、がんじがらめになっている姿を晒す光源氏こそ、この物語の主人公の最後の姿として描き出そうとしている事の

意味をよく考えたい。

人間であるからこそ、欲を捨て去ることは難しい。死の瞬間までそんなことが出来る人などいないかもしれない。光源氏は聖人君子でも宗教家でもなく、生の人間であり続けたということ。

 

そして紫の上も同じであった。そうした中で紫の上は次のようなことを考え実行に移した。

朗読④ 紫の上は今まで書いていた法華経千部を 急いで仏にお供えされた。僧侶の法服

          なども自ら準備され立派であった。光源氏は立ち入ったことはしなかったが、紫の上は

         仏道の事にも通じていて、光源氏はまことに優れた人だと感心した。そしてなにくれと

         なくお世話をした。

年ごろ、(わたくし)の御(がん)にて書かせたてまつりたまひける法華経千部、急ぎて供養じたまふ。わが御殿と思す二条院にてぞしたまひける。七僧の法服(ほうふく)など品々賜す。物の色、縫目(ぬいめ)よりはじめて、清らなること限りなし。おほかた、何ごとも、いといかめしきわざどもをせられたり。ことごとしきさまにも聞こえたまはざりければ、くはしきことども知らせたまはざりけるに、女の御おきてにてはいたり深く、仏の道にさへ通ひたまひける御心のほどなどを、院はいと限りなしと見たてまつりたまひて、ただおほかたの御しつらひ、何かのことばかりをなん営ませたまひける。

 解説

紫の上はこれまで密かに書いていた法華経千部を、七僧を揃えて二条院で供養した。

仏の道にさへ通ひたまひける御心のほどなどを、院はいと限りなしと見たてまつりたまひて、

ここまで仏の道に深い心があったのかと、光源氏も舌を巻く程であった。鈴虫の巻の冒頭で描かれる女三宮の持仏開眼供養は、盛大な、女性による、女性の為の法会であったが、これは全て光源氏と紫の上が準備し、主人公の女三宮の姿はどこにもない。それに対してこの巻の法華経千部供養、

それは全て紫の上によって企画され準備されたものであった。

第二部後半で描かれる二つの法会。全て対照的に描かれている。

 

紫の上の法会には、あの花散る里や明石の君も六条院からやってくる。光源氏の人生に関わりの

あった女君たちを前に、紫の上はこんな思いをする。

朗読⑤ 季節の遊びの折にも張り合う心もあったが、もうお互い気持ちも通じるようになった。

           しかし自分が先にあの世に旅立つと思うとしみじみ悲しくなる。永久(とわ)の別れのようで

          名残惜しく思う。

夏冬の時につけたる遊び戯れにも、なまいどましき下の心はおのづから立ちまじりもすらめど、さすがに情けをかはしたま方々は、誰も久しくとまるべき世にはあらざるなれど、まづ我独り行く方知らずなりなむを思しつづくる、いみじうあはれなり。

事はてて、おのがじし帰りたまひなんとするも、遠き別れめきて惜しまる。

 解説

紫の上の花散る里や明石の君に対する心は、嫉妬や対抗心ではなく心許し合った同志の心であった。そんな彼女たちから離れて、まづ我独り行く方知らずなりなむを思しつづくる、

紫の上の心境である。まず私が先に行方が分からなくなる。この世から消えることになる。これを静かに受け入れようとする紫の上である。彼女がこんな思いを抱いていることを誰も知らない。

今の文章の後、法会に参加した花散る里に、紫の上は初めて歌を詠みかける。そしてそれが最後の和歌のやりとりになった。葵の上による法華経千部供養はこうして終わった。

事はてて、おのがじし帰りたまひなんとするも、遠き別れめきて惜しまる。

参加者がそれぞれ帰っていく様子に紫の上は、もうそれが永遠の別れになるような気がして、別れが惜しまれるのであった。

 

そして夏が到来する。

朗読⑥

夏になりては例の暑さにさへ、いとど消え入りたまひぬべきをりほり多かり。そのことと、おどろおどろしからぬ御心地なれど、ただいと弱きさまになりたまへば、むつかしげにところせくなやみたまふこともまし。さぶらふ人々も、いかにおはしまさむとするにかと思ひよるにも、まづかきくらし、あたらしう悲しき御ありさまと見たてまつる。

かくのみおはすれば、中宮この院にまかでさせたまふ。(ひんがし)の対におはしますべけれど、こなたに、待ちきこえたまふ

 解説

紫の上はただ衰弱していくばかり。そんな中、紫の上が心から会いたいと思う人・中宮が宮中から

二条院に退出することになった。3歳の時に引き取り、実の子のように慈しみ愛してきた子である。

(ふじの)(うら)()の巻の事であったが、彼女は紫の上に付き添われて春宮に入内して、何人もの宮を生んだ。東宮も即位したので彼女は六条女御、春宮女御などと呼ばれてきたのが、今や中宮と呼ばれる。

中宮この院にまかでさせたまふ。とあった。里下がりをして二条院の (ひんがし)の対に滞在し、ここで紫の上と対面する。

 

紫の上は普段は二条院の西の対にいるが、東の対に行って中宮と対面する。その状況はどんなものであったか。

朗読⑦

久しき御対面のとだえをめづらしく思して、御物語こまやか聞こえたまふ。院入りたまひて、「今宵は巣離れたる心地して、無徳なりや。まかりてやすみはべらん」とて渡りたまひぬ。起きゐたまへるをいとうれしと思したるも、いとはかなきほどの御慰めなり。

 解説

御物語こまやか聞こえたまふ。

紫の上と中宮は長くお会いになっていなかったこと故、母娘の物語は心の通ったものとなった。光源氏はその様子を心から喜んでいる。「私は邪魔なようなので、失礼して一人で休むことにしましょう」といって去る。紫の上が起き上がっているのを嬉しがっているのである。この後、紫の上の容態は予断を許さない事態となっていく。

 

そんな中で紫の上にはこんな心温まる時間もあった。光源氏も中宮も知らない読者だけがそっと垣間見るこんな場面である。

朗読⑧

宮たちをみたてまつりたまうても、「おのおのの御行く末をゆかしく思ひきこえけるこそ、かくはかなかりける身を惜しむ心のまじりけるにや」とて涙ぐみたまへる。御顔のにほひ、いみじうをかしげなり。

 解説

宮たちとあったのは中宮の生んだ子供たちの事。紫の上から見れば血は繋がっていないけれど、

その子供たちは未来への希望である。紫の上にはこの世の未練はもうないと言っても良い。光源氏がどれだけ嘆き悲しむかばかりが心に掛かってていうことであったが、一方で宮たちを眺めてほっとする彼女がここにいる。この子供たちが大きくなるのを、自分は見届けることは出来ないのだと思うと、                  かくはかなかりける身を惜しむ心のまじりけるにや」とて涙ぐみたまへる。

命を惜しむ気持ちがまだあることに、彼女は今更ながら驚く。

 

中でも三宮が紫の上の周りを歩いている。その子に声を掛ける。

朗読⑨

三の宮は、あまたの御中に、いとをかしげにて(あり)きたまふを、御心地の(ひま)には前に据ゑたてまつりたまひて、人の聞かぬ間に、「まろがはべらざらむに、思し出でなんや」と聞こえたまへば、「いと恋しかりなむ。まろは、内裏(うち)の上よりも宮よりも、(ばば)をこそまさりて思ひきこゆれば、おはせずは心地むつかしかりなむ」とて、目おしすりて紛らはしたまへるさまをかしければ、ほほ笑みながら涙は落ちぬ。

 解説

紫の上は言う。「私が亡くなったら思い出しておくれかい」紫の上はこういうことは滅多に口にしない

慎み深い人であるが、前の場面でこんな風に書かれていた。

上は、御心の内に思しめぐらすこと多かれど、さかしげに、()からむ後などのたまひ出づることもなし。ただなべての世の常なきありさまを、おほどかに(こと)少ななるものから、あさはかにはあらずのたまひなしたるけはひなどぞ、(こと)に出でたらんよりもあはれに、もの心細き御気色はしるう見えける。

紫の上は自分の死が近いことを知っている。当然様々思うことがある。 さかしげに 悟りきって気丈めいて ということ。

更に ()からむ後などのたまひ出づることもなし。とあったので、私の死んだ後の後などと口にすることはまるでないと

いうことである。しかしそんな紫の上は、孫の三の宮の無邪気な様子に心を奪われ、辺りに人がいないことを確かめて、こう言った。「まろがはべらざらむに、思し出でなんや」三の宮はどこまでその意味が分かったであろうか。紫の上の言葉には、死を連想させるような言葉は避けられている。

わざと曖昧な言い方をしている。すると宮は次のように答えている。

「いと恋しかりなむ。まろは、内裏(うち)の上よりも宮よりも、(ばば)をこそまさりて思ひきこゆれば、おはせずは心地むつかしかりなむ」

私は父上や母上よりもお祖母(ばあ)様が大好きなので、いらっしゃらなくなったらとても嫌な気持ちがする」と言って、   目おしすりて紛らはしたまへるさまをかしければ、ほほ笑みながら涙は落ちぬ。

胡麻化して目をこすって涙を紛らわせている姿が可愛らしいので、紫の上は微笑みながらも涙が落ちた。紫の上は最後まで遺言めいた言葉を残すことはなかった。強いて言えば、次の言葉は彼女が

この世に残した、私たち読者にとって忘れられない言葉になった。べそをかきながら必死に堪えて

いる三の宮にかけた言葉であるが、それは次回に。

 

「コメント」

かなりの盛り上がり。定番でもあるが、紫の上だけにグッとくる場面でもある。「源氏物語」の

主人公は、実は紫の上なのである。