260322 51 幻の巻(1)
遂に光源氏の最後を語る 幻の巻 に辿りついた。
まずは前回の続き。御法の巻の最後の所について話す。紫の上は亡くなり、葬儀の様子がこのように語られる。
朗読①
やがて、その日、とかくをさめたてまつる。限りありけることなれば、骸を見つつもえ過ぐしたまふまじかりけるぞ、心憂き世の中なりける。はるばると広き野の所もなく立ちこみて、限りなくいかめしき作法なれど、いとはかなき煙にてはかなくのぼりたまひぬるも、例のことなればあへなくいみじ。
解説
亡くなった紫の上、彼女は、やがて、その日、とかくをさめたてまつる。亡くなったその日に荼毘に付された。今の文章の少し前に次のようにも書かれている。気も動転して何も手がつかない女房達、そうなると最後は光源氏自身が心を落ち着かせて、紫の上の臨終に関わる様々なことをした。それを受けて、葬儀の様が今、読んだ部分である。
はるばると広き野 はるばると広い野原一杯人々が集まって、葬儀が行われる。光源氏最愛の妻、紫の上の葬儀なので、この上もなく厳粛であったが、いとはかなき煙にてはかなくのぼりたまひぬるも、例のことなればあへなくいみじ。
誠に儚い煙となって天に昇って行った。実にそれはあっけないほどであった。
自然に次のような光景が呼び覚まされてくる。若き日の記憶。最後の姿、・・・・
朗読②
昔、大将の君の御母君亡せたまへりし時の暁を思ひ出づるにも、かれはなほものの覚えけるにや、月の顔の明らかにおぼへしを、今宵はただくれまどひたまへり。十四日に亡せたまひて、これは十五日の暁なりけり。
解説
大将の君の御母君 つまり夕霧の母・紫の上が亡くなった時、自分はもっとしっかりとしていた。空に月が輝いていたことをもはっきりと覚えている。今回紫の上を失ったことは、まさに痛恨の極み。
今宵はただくれまどひたまへり。十四日に亡せたまひて、これは十五日の暁なりけり。
今宵はただ悲嘆に暮れて、何事も弁えがつかない。十四日に亡くなって、葬儀は十五日であった。
これで御法の巻は終わって、幻の巻に入る。
朗読③
春の光を見たまふにつけても、いとどくれまどひたるやうにのみ、御心ひとつは悲しさの改まるべくもあらぬに、外には例のやうに人々参りたまひなどすれど、御心地なやましきさまにもてましたまひて、御簾の内にのみおはします。
兵部卿宮渡りたまへるにぞ、ただうちとけたる方にて対面したまはんとて、御消息聞こえたまふ。
わが宿は 花もてはやす 人もなし なににか春の たづね来つらん
「母ののたふまひしかば」
紫の上の死から四ヶ月。新年になった。しかし光源氏は心躍るはずもない。くれまどひ に注目したい。時が変わり季節も変わり世の中は動きだす。しかし光源氏だけはあの八月、紫の上の死以来、時が止まっているようである。それがくれまどひ という言葉で現されている。
御簾の内にのみおはします。二条院の御簾の中に籠って外に出ようともしない。唯一の例外は兵部卿宮、光源氏と共に歩んできた光源氏の腹違いの弟。彼がやってきて会う。そして呼びかける。
わが宿は 花もてはやす 人もなし なににか春の たづね来つらん
しかしこうした世間の人との交流は、光源氏にとって気が進まぬことである。心を許す弟であったからこそ対面したのであって、今の抜け殻のような自分を人前にさらいたくないと思っている。この様子を描いた部分である。
朗読④ 人に会う時は気を引き締めようと思っても、ここのところの呆けたようになっている
有様では、みっともないという評判を立てられるのは困るし、すっかり意気地がなく
なって人に会わないでいるといわれても同じことだが、
人に対はむほどばかりは、さかしく思ひしづめ心をさめむと思ふとも、次ごろにほけにたらむ身のありさまかたくなしきひが事まじりて、末の世の人にもてなやまれむ後の名さへうたてあるべし、思ひほれてなん人にも見えざむなると言はれんも同じことなれど、
解説
光源氏は今の場面で、自分自身に語り掛けている。誰かに対面し、誰かと話さねばならない時もある。その間はしっかりしていなければと思っていても、紫の上を失ってからこの方、頭が呆けてしまったかのような私がいるのを自分でも認めざるを得ない。そんな我が身であればみっともない行動をとらないとも限らない。後の世にそんな噂を残すことは避けねばならない。もう一人の光源氏に語り掛けているのである。次の場面で息子の夕霧にも、御簾を通して対面することになる。今まで人目に立ち関心を集めてきた人ならではの悩みであり苦しみであった。
光源氏の晩年の日常を知る人は殆どいない。二条院の女房達が光源氏の最後の証言者である。
幻の巻の冒頭の文章に戻るが、こんな風に書かれている。
朗読⑤
女房なども、年ころ経にけるは、墨染の色こまやかにて着つつ、悲しさも改めがたく思ひさますべき世なく恋ひきこゆるに、絶えて御方々にもわたりたまはず、紛れなく見たてまつるを慰めにて、馴れ仕うまつる。年ごろ、まめやかに御心とどめてなどはあらざりしかど、時々は見放たぬやうに思したりつる人々も、なかなか、かかるさびしき御独り寝になりては、いとおほぞうにもてなしたまひて、夜の御宿直などにも、これかれとあまたを、御座のあたりひき避けつつ、さぶらはせたまふ。
解説
六条院には女三宮、花散る里もいる。そんな女君の所にも出向く気にもなれない。長年、紫の上に仕えてきた女房達は春が過ぎても、墨染の衣を脱ごうとしない。
悲しさも改めがたく思ひさますべき世なく恋ひきこゆるに、紫の上を思って涙に泣きぬれる日々を送っている。光源氏と女房達は、紫の上を恋い慕う人たちである。
そして光源氏は思う。紫の上にはもっと深く愛しておけばよかった、特にあの日のことが悔やまれる。どのことであろうか。
朗読⑥ 女三宮が六条院にきた時、朝帰ってくる光源氏を待っている紫の上の様子を描いて
いる。
入道の宮の渡りはじめたまへりしほど、そのをりはしも、色にはさらに出だしたまはざりしかど、事にふれつつ、あぢきなのわざやと思ひたまへりし気色のあはれなりし中にも、雪降りたりし暁に立ちやすらひて、わが身も冷え入るやうにおぼえて、空のけしきはげしかりしに、いとなつかしうおいらかなるものから、袖のいたう泣き濡らしたまへりけるをひき隠し、せめて紛らはしたまへりしほどの用意などを、夜もすがら、夢にても、またはいかならむ世にかとて思しつづけらる。
解説
入道の宮 女三宮。光源氏が思い出すのは、女三宮が六条院にやってきたばかりの頃の事。光源氏は女三宮をうやうやしく迎えた。紫の上には朱雀院から「あなたと私は血が繋がっている同士です。女三宮を宜しくお願いします」との口添えがあった。紫の上と女三宮は従妹。太政天皇・朱雀院最愛の姫君・女三宮。女三宮を春の町に迎え、光源氏は三日間、女三宮の下に通わなくてはならない。それが結婚の儀式である。光源氏は「この三日間は許してくれ」と言う。
その三日間の最後の日、紫の上は眠れなかった。光源氏はそのことを知らない。実は光源氏も眠れなかった。紫の上はそのことを知らない。このことは読者だけが知っている。
朝早く、光源氏は紫の上の下に帰ってくるが、その日は春なのに雪が降っていた。その時の紫の上のことが、今、光源氏に蘇ってくる。あの時雪の降る中、紫の上の下に帰ってみると、紫の上は
いとなつかしうおいらかなるものから、
まるでいつもと同じように自分を迎えてくれた。しかし光源氏は見逃さなかった。
袖のいたう泣き濡らしたまへりけるをひき隠し、 紫の上の衣の袖が泣き濡れていることをそっと隠していることを。
この事で光源氏は自分自身を責める。これはやむに止まれずの事情があったし、光源氏が抗い難い運命であったのだが。折から女房達の「こんなに雪が降っている」との声が光源氏に聞こえる。それを聞きながら光源氏は勤行に励む、春の一夜であった。
そして母・紫の上を看取った中宮は宮中に帰ったが、父・光源氏を気遣って自分の息子・三の宮を残していった。光源氏はその子に心を慰められ救われる。
朗読⑦
后の宮は、内裏に参らせたまひて、三の宮をぞ、さうざうしき御慰めにはおはしまさせたまひける。「母ののたまひしかば」とて、対の御前の紅梅とりわきて後見ありきたまふを、いとあはれと見たてまつりたまふ。二月になれば、花の木どもの盛りになるも、まだしきも、梢をかしう霞みわたれるに、かの御形見の紅梅に鶯のはなやかに鳴き出でたれば、立ち出でて御覧ず。
植えて見し 花のあるじも なき宿に 知らず顔にて 来ゐる鶯
と、うそぶき歩かせたまふ。
解説
三の宮が六条院に残った理由。それは 「母ののたまひしかば」 「母=紫の上が私に仰ったのだ。
あなたが大きくなったら二条院に住んで、私が愛した紅梅と桜を愛してやっておくれ」。紫の上はこの三の宮にこう語っていたのである。
御法の巻の事である。三の宮はそのことを覚えていて、
対の御前の紅梅とりわきて後見ありきたまふ。
「僕が特にお世話しなければいけないのだ」と一人前に言って世話しているのを、光源氏はいじらしく思う。紫の上の紅梅も花の盛りになり鶯が鳴き立てているので、光源氏は外に出てそれを御覧になる。
三月、今度は桜が盛りとなる。
朗読⑧
外の花は、一重散りて、八重咲く花桜盛り過ぎて、蒲桜は開け、藤はおくれて色づきなどこそはすめるを、そのおそくとき花の心をよく分きて、いろいろを尽くし植えおきたまひしかば、時をわすれずにほひ満ちたるに、若宮、「まろが桜は咲きにけり。いかで久しく散らさじ。木のめぐりに帳を立てて、帷子を上げずは、風もえ吹き寄らじ」と、かしこう思ひえたりと思ひてのたまふ顔のいとうつくしきにも、うち笑まれたまひぬ。
解説
二条院の西の対には生前、紫の上が丹精した花園がある。一重、八重、蒲桜、藤、・・・。
若宮、「まろが桜は咲きにけり。いかで久しく散らさじ。木のめぐりに帳を立てて、帷子を上げずは、風もえ吹き寄らじ」
若宮は、「私の桜がきれいに咲きましたよ。いつまでも散らさずにおきたいな。木の周りに几帳を置いて、帷子を垂らしておけば、風も吹き寄ってこないだろう」と言って、名案と思っている。この姿を見て、光源氏は可愛らしいとにっこりせずにはいられない。
この子の成長した姿は、光源氏が「源氏物語」から退場したのちの、別の物語で見ることになる。
後の匂宮である。
この子に光源氏は話しかける。
朗読⑨
君に馴れきこえんことも残りすくなしや。命といふもの、いましばしかかづらふべくとも、対面はえあらじかし」とて、例の、涙ぐみたまへれば、いとものしと思して、「母ののたまひしことを、まがまがしうのたまふ」とて、伏目になりて、御衣の袖を引きまさぐりなどしつつ、紛らわしおはす。
解説
「貴方と仲良くできるのも、残り少なくなりました。もう暫くこの世にいるとしても、こうしてお会いすることは出来なくなりそうです。」といって、光源氏は涙ぐむ。宮は意地悪なことをおっしゃると思って、「おばあ様=紫の上 がおっしゃったと同じことを、縁起でもなく仰せになる」と言って、伏し目になり衣の端を引っ張ったりして涙を隠している。
光源氏が言ったのはどんなことか。光源氏はかねてからの願いである出家を考えていたのである。
幼い三の宮であったからこそ、光源氏は自らの決意を話したのである。言われた三宮は戸惑う。
今日と次回とで、光源氏の最後の姿を届けようとしている。
ところで光源氏の女君たちはどうしているのだろうか。女三宮、花散る里、・・・。彼女たちの事も描かれている。例えば花散る里は、衣替えの装束を贈り和歌をやり取りしている。そうした中で、最後に長く言葉を交わし、心が触れ合った女性がいた。明石の君である。次回はここから始める。
「コメント」
最盛期の光源氏とは大違い。大方の人が知らない光源氏の姿。