230427④「竹取物語」:愛のすれ違い

日本古典文学には現代人が読んでもしみじみと共感できる言葉がある。今回は竹取物語から 今はとて 天の羽衣着るおりぞ 君をあはれと 思い出でける という歌を紹介する。愛した時は遅かったという一言を紹介する。

 竹取物語とは

竹取物語はかぐや姫の物語である。平安時代の前期に出来た作品である。平安時代には源氏物語を初めとして、
様々な物語が出来るが、竹取物語はその中でも古い部類に属している。源氏物語の中に絵合わせという巻があって、皆で秘蔵の物語の絵巻物を持ち寄ってコンテストをやる。その中で最初に取り上げられるのが、物語の出来始めの祖なる 竹取の翁 というもので、これは竹取物語をいう。

平安時代に沢山作られた物語の中で、竹取物語は一番初めに現れた物語、いわば元祖物語である。

竹取物語の最初の部分は、ご存じの通り。竹取の翁という、竹藪から竹を採って暮らしているお爺さんが、ある日いつもの場所に行くと、根元の方が光っている竹があった。おかしいと思って寄ると、内側が光っている。切ってみると 一寸ばかりなる人 いと美しういたり。美し は前回解説したように可愛らしいという意味。竹取の翁は手の平に載せて帰って、籠に入れて育てた。それからというもの翁は竹を採ると、その中に黄金が入っていたりして豊かになった。そして女の子は3ケ月ほどで一気に成長して、とても美しいお姫様になった。そこでかぐや姫と名付けられた。かぐ とは輝くという言葉と同根のつまり、光り輝くお姫様ということである。光源氏もそうであるが、美しい人は輝いているという訳である。この出だしからして、竹取物語は現実的な物語ではない。竹の中から人間が出てくるなんてことはあり得ない。しかしこれは昔話のような語り継がれる物語の世界では珍しくない。よくある話である。桃から生まれた桃太郎、瓜から生まれた瓜こ姫と色々ある。こういうのを異常誕生の物語と呼ぶ。かぐや姫の物語には実は異伝が沢山ある。それはどこにあるかというと、少し後の時代の書物の中に短い引用で色々な形で残っている。例えば必ずしも竹の中から出てくる訳ではなくて、竹藪の中に鶯が産み付けた金の卵から生まれたというものもある。名前もかぐや姫ではなくて、鶯姫となる。こういう様々な異伝の中では、かぐや姫、鶯姫の在り方も一通りではなくて、竹取物語ではかぐや姫は月から来たわけであるが、必ずしもそうとは限らない。又かぐや姫は結婚を拒否して月に帰っていくが、それも別に決まったわけではない。例えばちゃんと帝と結婚して三年間は共に暮らして、形見の鏡を残して去っていったとか、元は富士山の仙女で、蓋を開けると自分の姿がおぼろに見えるような箱を残して、富士山の中に消えて行ったとか、竹取の翁に育てて貰ったのはいいが、おばあさんがいじわるで、お前はちっとも役に立たない と鶯姫に嫌味をいうというような話もある。そうすると 何言ってんのよ と逆に怒って庭をけ破って、山を噴火させて辺り一面焼け野原にする姫もいる。

竹取物語はそう言う昔話的な世界に根っこを以て生まれてきた。これから昔話の類型パタ-ンに則っ

た話が展開する。
ストーリ- 五人の貴公子の求婚

成長してかぐや姫はてとても美しかったので、世の男たちはかぐや姫を求めてやってくる。多くは諦めるが選りすぐりの五人が残る。石作皇子、庫持皇子、右大臣阿倍野主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂。

翁にどれか選んで結婚するように言われるが、結局私が言うものを持ってきた人と結婚しようという。

石作皇子           仏の御石の鉢

庫持皇子           蓬莱の玉の枝(根が銀、茎が金、実が真珠の木)

右大臣阿倍野主人    火鼠の(かわごろも) 焼いても燃えない布

大納言大伴御行     龍の首の珠

中納言石上麻呂     燕の生んだ子安貝

結局五人ともに失敗する。失敗談も詳しく書かれている。作者は知識人で遊びながら作っている感じがある。

 帝の登場

この様な騒ぎが帝の耳に入って、帝はかぐや姫を宮中に奉れと言う。かぐや姫は拒絶する。帝は竹取の翁の家に出向いて、宮中に連れて行こうとする。かぐや姫は言う「私はこの国に生まれたものではないので、行くことは出来ません」と言って影になって消えてしまう。仕方ないので帝は帰る。そののち帝はかぐや姫に文を書く。それに応えてかぐや姫も歌を詠み交わすことになる。

 かぐや姫の告白 月に帰る

それから半年後かぐや姫は月を見て泣いていた。翁が「何を泣いているのだ」と尋ねても答えない。しかし八月十五夜が近づいた夜、姫は打ち明ける。「私はこの国の人ではなく月の世界の者です。前世の因縁があってここにやってきたのです。その期限が近づいてもうすぐ八月十五日の十五夜の晩に月からの迎えが参ります。私が帰ると翁が悲しむと思って泣いているのです」と答えた。帝も月からの迎えを防ごうと二千人の軍勢で守る。かぐや姫は翁に別れの言葉を述べる。「育てて頂いた恩返しもせずに帰っていくのが心残りなので、もう少しこちらに居たいと願ったのですが、許しが出ませんでした。翁を悲しませて去ることが悲しくて耐え難いのです」と言った後に、「かの都の人は、いとけうらに、老いをせず思ふ事もなくはべるなり。」→都の人は常にけうら(きよらか)で、美しい。そして不老不死なので老いに悩むこともない というのである。しかし 「さる所へまからむずるも、いみじく侍らず。老い衰へ給へるさまを見奉らざらむこそ悲しからめ」→かぐや姫はそういう世界に帰っていくことが、自分にとって嬉しくないという。それよりもこの地上にいて、お爺さんやおばあさんが老いていくのを見守っていたいという。人間社会は月と違って穢れていて老いとか衰えというものがあって、悩みが多い。煩悩で苦しむ世界である。でもかぐや姫はそういう世界の中で、泣いたり笑ったりしながら生きていたいという。月の都というのは悩みが無い理想世界ではあるが、ないということは感情もない冷たい世界なのである。しかしかぐや姫は人間社会で暮らして居る内に、人間らしい感情が育ってしまった。竹取物語という作品の人間観世界観が窺える場面である。そして月の都からの迎えがやってくる。

 月からの迎えの登場

真夜中だというのにこの迎えの照らす光で、真昼のように明るくなる。帝がかぐや姫を守るために派遣した兵士はその光で力を失ってしまう。月からの使者は言う。「翁、お前は少し徳を作ったので、かぐや姫を遣わしたのだ。おかげで少し豊かになったであろう。かぐや姫は少し罪を作ったので、この卑しい世界に下したのだ。その罰の期間が終わったので、迎えに来たのだ。さっさとかぐや姫を出しなさい。」竹取の翁は抗弁するが、家の扉がすべて開いてしまう。かぐや姫は最後のお別れをして、着ていた衣を形見に残す。そして月の使いが天の羽衣を入れた箱を出した。それを着て天に昇っていく。

 天女伝説

そこで注意しておきたいのは、天女が羽衣を着て人間と別れて、天に昇っていくというのは、物語の一つの類型である。

これは羽衣物語とか天女物語とか呼ばれてあちこちに存在する。これにも色々形があるが、典型的な形としては、天女が下界に降りて水遊びをしている間に、男が羽衣を隠してしまう。天女は帰れなくなって仕方なく、男と結婚する。

しかし何年か経つと羽衣を見つけて天に帰っていく。竹取物語は最初に言った異常誕生ではなくむしろ羽衣伝説類型を骨格として作られたもののように思える。

 一言

かぐや姫は天の羽衣を着ようとするが、一寸待ってくださいと言う。天の羽衣を着てしまうと人間の心を失くしてしまう。その前に一言言い残してしまったことがあるといって帝に手紙を書く。手紙には「こんなに沢山の人を遣わして私の昇天を止めようとして下さいましたが、それを許さない迎えが来て私を連れ帰ってしまいます。悲しいことです。帝のお側にお仕えできなくなりましたが、私はこういう煩わしい身なので仕方ありません。」末尾に和歌を添えた。今はとて 天の羽衣 着る折ぞ 君はあはれに 思い出ぞする これが今日の一言である。→もうお別れだと言うので、天の羽衣を着るその時になって、あなたをしみじみ恋しく思うのです。人間らしい感情が育ったのである。かぐや姫はその迎えが持ってきた不老不死の薬を残していくがかぐや姫がいなくなったら、不老不死の薬など要らないとその薬を燃やしてしまう。その薬は今も燃えている。不老不死の薬を燃やしたので、ふじのやま という。少し駄洒落っぽいが。

かぐや姫の物語は富士山に縁が深いし、竹取物語は言葉遊びと縁が深い。こうして昔話的な世界に深く根を下ろしながら、竹取物語はそういう類型の世界から抜け出して、人間らしい感情を描き出している。その中に人間の世界での愛情、切ない別れも描いている。まさに物語の出来始めの祖、元祖物語と言える。

「コメント」

 

古代の人は月をそのように見ていたのだ。なんとなくわかる気がする。