190910⑪ナポレオン誕生250年「ヤヌスのごとてきナポレオンの治世」

「ヤヌス」

ロ-マ神話の出入口と扉の神。前と後ろに反対の向きの二つの顔を持つ。物事の二面性を見ることが出来た神。物事の始まりの神でもあり、Januaryの語源。

 

ナポレオンはフランスを近代国家とした英雄であり、他方冷酷な軍事独裁者でもあった。ゆえにヤヌスともいわれる。

「ナポレオンの再浮上」

ツ-ロン港での軍事的勝利の指揮官として登場し、革命派に重用された。

1994年テルミド-ルのクーデタ-でロベスピエ-ル派が壊滅し、それに伴い同調していたナポレオンも失脚した。

穏健中間派が主導権を握り、革命の成果の定着、安定化を図った。革命のフル-ツを得たブルジォジ-、農民の支持を得た。この間、周辺諸国の支援で、王党派による反革命の動きがある。パリで王党派の大規模ク-デタ-(バンデミ-ル)の反乱)が勃発し、この鎮圧に退役中のナポレオンに声が

掛かった。鎮圧の成功でナポレオンは軍のトップとして復活する。

「統領政府での活躍」 

イギリスを中心とする反革命への対抗の為のイタリア遠征、エジプト遠征で成功する。当時から大衆の支持を狙ってミニコミ誌を使ったPRを積極的に行った。トラファルガ-海戦敗北などで国内政治が不安定となり、ク-デタ-の動きによって、急遽帰国した。シエイエスらと総裁政治を廃止し、統領政府を樹立し、三人の統領のトップとなる。ここで有名な宣言「市民諸君、革命は終わった」を発する。

1804年国会と国民投票で世襲の皇帝となる。そして次の施策を行う。

・地方の首長をナポレオンの指名として、地方をコントロ-ルする。

・官僚を皇帝の任命制とする。

・占領地にナポレオンの兄弟を国王として、統制する。

・軍隊のトップに身近な人を任用する。

・形式的には議会を重視したが、反面検閲・監視を強めた。

・旧貴族制は廃止されていたが、新貴族制度を復活。

・統領政治の本拠を、ルイ16世の宮殿チュエルリ-とした。

・皇帝就任のパレ-ドを行った。

・革命政府は奴隷制を否定していたが、経済性を考慮して復活した。

 

「コメント」

度々の混乱を利用して、復活してくる。情勢の把握と適格な判断は大したもの。また対外戦争にも陸軍を活用して善戦。一時、英国を除いたヨ-ロッパ全域を支配した。軍隊の武力の活用、巧妙なPRを行い、大衆の支持を取り付けた。

まさに風雲児。しかし結局は自分の野望の為だけであった。