詩歌を楽しむ「オノマトペのすてきな関係」     明治大学教授 小野 正弘

 

    130830 「ずたずた」の寺山修司、「つるつる」の俵万智~短歌その四 

 

大正から昭和にかけての歌人の印象的オノマトペを見てみる。 

「斉藤茂吉」 歌人・精神科医 山形県 伊藤左千夫に師事 「アララギ」を編集 青山脳病院 斉藤茂太 北杜夫の父

 

「赤光」 834首の内72首   一茶より多い。同じオノマトペをくり返し使う。 

母の臨終、葬儀の歌が多い。養子になった時の経緯から母への思いがとても強い。

(ひた走る わが道暗し しんしんと 堪えかねたる わが道くらし)

(死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはず天に聞こゆる)  

       死の迫っている寂しさと厳しさを「しんしん」と詠った

 

(しんしんと雪ふりし夜に汝が指のあな冷たよと言ひて寄りしか)  

       茂吉が母の思い出を詠ったもの

 

(しんしんと雪ふる 最上の上山  弟は無常を感じたるなり) 

       しんしん 深深 枕枕  ひっそりと静まり返っている様・奥深く静寂な様

本来は漢語由来のオノマトペで森森とも書く。茂吉はオノマトペを単に用いているのではなく、色々な思いを込めている。

 

しんしん以外の印象深いオノマトペは

(うつうつと湿り重たくひさかたの 天低くして動かざるかも)

       うつうつ  草木が盛んに茂っている様、心が塞いで楽しくない様、

       気分の晴れ晴れしない様

 

(空の中光は出でて今は今雲燦々とかがやきにけり)

 

(小夜更けと夜の更けにける暗黒にびょうびょうと犬の鳴くにあらずや)

 びょうびょう 犬の遠吠えする声   渺渺 広くて果てしのない様  

 

(とろとろとラッパを吹けば塩原の濃染め山に馬車いりにけり)  

        濃染め(こぞめ) 色濃く染めること

      とろとろ  ゆっくりとした様子  漢語由来 本来太鼓のなる様子

 

(ヒグラシのカナカナカナと鳴きゆけば我の心の細りたりけれ)  

   三連オノマトペ

 

茂吉のオノマトペは漢語由来が多く、伝統的用法を踏まえながら新しい意味合いを表している。

 

 

「寺山修司」 

   歌人・詩人・劇作家・演出家 異色の歌人で難解なものが多い 早大中退 青森 

   劇団「天井桟敷」

 

(挽肉器ずたずた挽きし花カンナの赤のしたたる わが誕生日)  

   何か衝動的破壊の感情なのか  ずたずた 布切れなど細かく引きちぎられる様・

   悲しみや苦しみで心がひきちぎられる様

 

(わが切りし二十の爪がしんしんとピースの罐に冷えてゆくらし) 

   重く暗いイメ-ジ   この頃入院していた。

 

(人間嫌いの 春のめだかを すいすいと 統べいるものに 吾もまかれん)

   メダカも私と同じく人嫌いらしい、でもメダカみたいに世の中をすいすいと泳ぎたい。

 

(胸の上這わしむ蟹のざらざらに目をつむりおり愛に渇けば)

 

(遠き火山に日あたりおればわが椅子にひっそりとわが父性覚めいき)

 火山と太陽の光が私に当たり、忘れていた子供への愛が蘇ってきた。 勝手な解釈?

 

 

「俵 万智」 大阪府出身 早大 「心の花」同人 

(ぽってりとだ円の太陽自らの重みに耐ええぬように落ちゆく)  

     ぼってり  必要以上に肉付きのいい有様

 

(ふうわりと 並んで歩く 春の道 誰からも みられたいような午後.) 

     信頼しきって肩に力を入れないで歩いている様。理想的なカップルとは空気の

     ように意識しないでいる関係と言われた。

 

(見る前に飛ばず何を見るのかも分からずけれどつるつる生きる)  

     つるつる 滞ることなく滑らかである様

 

「見る前に飛ぶ」 当時学生運動のスロ-ガン→頭でっかちになるな・考える前に行動せよ いつの時代もスロ-ガンは怪しい

 

(シャンプーの 香をほのぼのと たてながら 微分積分 子らは解きおり)   

    県立橋本高校国語教師 ほのぼの  かすか・ほんのり・ほんのりと心温まるさま

 特別に作り出したオノマトペではないが、効果的かつ複雑微妙に使われている。