詩歌を楽しむ「オノマトペのすてきな関係」      明治大学教授 小野 正弘

 

    130705 「ぴい」「ぼくぼく」の芭蕉~俳句その一 

オノマトベとは、擬音語と擬態語を総称したもの。オノマトペの特質を一言で言うと、普通の言葉では表現できない微妙なニュアンスや生き生きとした実感を伝える強い言葉である。ここでこのオノマトペが詩歌に用いられた例を見ていく。

 

「芭蕉」 

1644年生誕、1672年江戸深川、1689年奥の細道へ(46歳)、1694年死去(51歳)

・同時代人 井原西鶴・近松門左衛門 →上方の三大文学者

(芭蕉句集) 862句の中にオノマトペ使用は9句と極めて少ない。生涯の句数は1016(意外と少ない)の中で、オノマトペは14(1%以下)。この比率は与謝蕪村と同じで一茶は少し多い。

 

    梅が香にのつと日の出る山路哉 立春を過ぎて残る寒い朝。梅の香が匂う山路には、何の前触れもなく朝日がひょっこりと昇ってくる。

・「のっと」→思いがけなく姿を表す。少し威圧している感。

・「のっと」を弟子が真似したのを榎本其角(宝井其角)は厳しく批判し、芭蕉は本物だが真似は見苦しいと。

 

    宵の内ばらばらとせし月の雲  

 

    ほろほろと山吹散るか滝の音

 

    ひらひらとあぐる扇や雲の峯 

     能役者を訪問したときの句。あなたの演技を見ていると、ひらひらと高く掲げた扇の先があの入道雲の先端の雲の峰まで達しているかのように見えます。

 

   昨日からちょつちょと秋も時雨かな

 

    秋もはやはらつく雨に月の形  秋も深まってきて、時雨のはしりもやってきた。月も小さくなって九月も下旬にさしかかってきたようだ。

 

    馬ぼくぼく我を絵に見る夏野かな  馬がのろのろ、ぐったり歩くのを見ると自分を絵に見るようだ。

 

    露とくとく心みに浮世すゝがばや  西行の歌「とくとくと落つる岩間の苔清水くみほすほどもなきすまひかな」に因む。

 

    ぴいと啼く尻声悲し夜の鹿  ビイ-と長く尾を引く鹿の鳴き声は夜の闇に悲しく響く。繁殖期の鹿。

 

    ひよろひよろと尚露けしや女郎花 女郎花がひょろひょろと心もとなく立っている。そこに露がかかってなお一層危なげ。「露けし」は露を大量に浴びた感じを表す言葉。

 

    うれしげに囀る雲雀ちりちりと 

 

    どんみりと樗や雨の花曇り  樗<オウチまたはアウチ>は栴檀<センダン>の古名。

 

  樗の花曇りであれば蒸し暑い疲労感のある花曇りである。それは「どんみり」とした不快指数の高い、けだるい感じの季節感に違いない。

 

「まとめ」 

・芭蕉はオノマトペを使うことを極力避けようとしている。 

・使うときはとても注意深く、同じ言葉は絶対に使わない。

・オノマトペを使うとその擬態、擬音でその内容が限定され、表現が広がらない。