200523更級日記(8)「お姫様の生まれ変わりの猫」

猫は源氏物語や枕草子でも出てくるが、更級日記の猫は作者を可愛がってくれたお姫様の生まれ変わりとして登場する。

「朗読1」花の咲く頃に乳母が亡くなっていて、思い出すと悲しい。同じころ亡くなった侍従の大納言の御姫様の下さった字のお手本を見ていると辛くなる。その時に知らない猫がやってくる。

「花の咲き散るをりごとに、乳母亡くなりしをりぞかし、とのみあはれなるに、おなじをり亡くなりたまひし侍従の大納言の御むすめの手を見つつ、すずろにあはれなるに、五月ばかり、夜ふくるまで物語をよみて起きゐたけば、來つらむ方も見えぬに、猫のいとなごう鳴いたるを、おどろきて見れば、いみじうをかしはげなる猫あり。いづくよ来つる猫ぞと見るに、姉なる人、「あな鎌、人に聞かすな。いとおかしげなる猫なり。飼はむ。」とあるに、いみじう人なれつつ、かたはらにうち臥したり。尋ぬる人やあると、これを隠して飼ふに、すべて下衆のあたりにも寄らず、つと前にのみありて、物もきたなげなるは、ほかざまに顔をむけて食はず。」

「現代語訳」

花が咲く頃になると亡くなった乳母が思い出される。その頃亡くなった侍従の大納言の御姫様が書いてくれた字の手本を見ながら、悲しくなった。夜遅くまで源氏物語を読んでいると、何処からきたのかわからないが、可愛げな猫がのどやかに鳴いている。姉が「静かに。人に聞かれてはならない。可愛い猫なので飼おう」という。とても人慣れしていて、私の側で寝る。探している人もいると思って隠して飼う。この猫は召使の側には行かず、私たちの側にばかりいて、汚らしいものは食べない。

 

「朗読2」二人で可愛がっていると、姉が病気になる。その夢に猫が出て来て「私は侍従の大納言の姫です」という。

「姉おととの中につとまとわれて、をかしがりらうたがるほどに、姉のなやむことあるに、もの騒がしくて、この猫を北面にのみあらせて呼ばねば、かしがましく鳴きののしれども、なほさるにこそは思ひてあるに、わづらふ姉おどろきて「五浦、猫は。こち()()」とあるを、「など」と問へば、「夢にこの猫のかたはらに来て、「おのれは侍従の大納言の御むすめの、かくなりたるなり。さるべき縁のいささかありて、この中の君のすずろにあはれと思ひ出でたまへば、ただしばしここにあるを、このごろ下衆の中にありて、いみじうわびしきひと」といひて、いみじう泣くさまは、あてにをかしげなる人と見えて、うちおどろきたれば、この猫の声にてありつるが、いみじくあはれなり。

「現代語訳」

私たち姉妹にまとわりつくのを面白がっていたが,姉が病気になった。取り紛れて猫を北の部屋に置いてばかりいると、やかましく鳴き騒ぐ。姉の夢に猫が出て来て、「私は侍従の大納言の御姫様です。こちらの方が私をいとおしんでくれるので、暫らくいるつもりですが、召使の所にばかりいて寂しくなった。」といって泣いたという。

 

「朗読3」、その後は召使の所には出さず、大切にした。父上にお知らせしましょうというと、これを聞き分けている様に見える。

「その後はこの猫を北面に出ださずおもひかしづく。ただ一人ゐたる所に、この猫がむかひゐたれば、かいなでつつ、「侍従の大納言の姫君のおはするな。大納言殿に知らせたてまつらばや。」といひかくれば、顔をうちまもりつつなごう鳴くも、心のなし、目のうちつけに、例の猫にはあらず、聞き知り顔にあはれなり。

「現代語訳」

その後はこの猫を召使の所には出さず、大切にした。なでながら「侍従の大納言の御姫様なのですね。父上に知らせましょう。」と話しかけると、顔を見ながら私の顔をじっと見ている。気のせいか普通の猫ではなく、聞き分けているようで可愛い。

 

その後の火事で住まいも焼失するが、一緒にこの猫も死んでしまった。

 

「コメント」

当時は輪廻転生が信じられていたので、このような話が出来て来たのだろう。それにしてもこの時代は人は若くして死んだのだ。