201010更級日記㉔「姥捨山、日記を書き終える」

「朗読1」辛いことがあっても生きていくが、頼みに思うのは、夢で阿弥陀様が出て来て極楽往生を出来そうなことである。

「さすがに命は憂きにも絶えず、長らふめれど、後の世も思ふにかなはずぞあらむかしとぞ、うしろめたきに、頼むことひとつぞありける。うしろめたきに、頼むことひとつぞありる。天喜三年十月十三日の夜の夢に、ゐたる所の家のつまの庭に、阿弥陀仏立ちたまへり。さだかに見えたまはず、霧ひとへ隔たれるように、透きて見えたまふを、せめて絶え間に見たてまつれば、蓮華の座の、上をあがりたる高さ、三四尺、仏の御たけ六尺ばかりにて、金色に光り輝きたまひて、御手かたつ方をばひろげたるように、今かたつ方には印を作りたまひたるを、こと人のめには、見つけたてまつらず、われ一人見たてまつるに、さすがにいみじく恐ろしければ、簾のもと近く寄りてもえ見たてまつらねば、仏、「さは、このたびはかへりて、後に迎へに来む」とのたま声、わが耳ひとつに聞こえて、人はえ聞きつけずと見るに、うちおどろきたれば、十四日なり。この夢ばかりぞ後の頼みとしける。」

「現代語訳」

流石に命は辛いことがあっても続くものであるが、今がこんななので来世はと心配していたが、頼みに思うことが一つだけある。それは夫在世中に、夢に阿弥陀様が出て来て印を結び、極楽往生を約束して頂けたことである。この夢を頼みとしているのだ。

「朗読2」昔は一緒に住んでいた甥どもも、今は別々。その一人が訪ねて来たので、「夫を亡くして悲しんでいる老未亡人の所にどうして来たの」と聞いたことであった

甥どもなど、ひとところに朝夕見るに、かうあはれに悲しきことの後は、ところどころになりなどして、たれも見ゆることかたうるに、いと暗い夜、六ろうにあたる甥の来たるに、めづらしうおぼえて、

「月も出でで闇にくれたる姨捨になにとて今宵たづね来つらむ」 とぞいはれにれる。

「現代語訳」

甥たちとは同じ家に住んで、朝晩顔を合わせていたが夫が亡くなった後は、別々に住むようになっていた。六番目の甥が珍しく訪ねて来たので、「月も出ていない暗い姨捨山の年寄りをどうして訪ねて来たの」と聞いたことであった。

・姨捨山  信州更級郡(更埴市)にある月の名所の山。老婆を捨てる姨捨伝説がある。

「わが心慰めかねつ更級や姥捨山に照る月を見て」(古今・詠み人しらず)

更級日記の名称はここから取ったといわれる

「朗読3」かって親しく付き合っていた人が、夫の死後疎遠になったので、「私が死んだと思っているのでしょうか。泣く泣く生きていますよ。」と手紙を送った。

「ねむごろに語らふ人の、かうて後おとづれぬに、

「今は世にあらじものとや思ふらむあはれ泣く泣くなほこそはふれ」

十月ばかり、月のいみじう明きを、泣く泣くながめて、

「ひまもなき涙にくもる心にも明しと見ゆる月のかげかな」

「現代語訳」

親しく付き合っていた人からこういうことがあった後、連絡も来ないので、「私が死んだとでも思っているのですか。泣く泣く生きていますよ」と手紙を送った。

「朗読4」夫が亡くなった時の事は、錯乱していてよく思い出せない。今は一人で住んでいて心細く、泣いてばかりいる。

便りの無い人に「誰も来ないので、わびしくて泣いてばかりいます。庭も荒れ放題です。」と書いて送ったら、尼のその人は、「それが世の常です。尼の私の庭は荒れ放題です。」と返事が来た。

年月過ぎ変はりゆけど、夢のようなりしほどを思ひ出ずれば、心地もまどひ、目もかきくらすようなれば、そのほどのことは、またさだかにもおぼえず。人々はみなほかに住みあかれて、ふるさとに一人、いみじう心ぼそく悲しくて、ながめ明かしわびて、久しう訪れぬ人に、

「しげりゆく(よもぎ)が露にそほちつつ人にしはれぬ音をのみぞ泣く」

尼なるひとなり。

「世の常の宿の蓬を思ひやれそむきはてたる庭の草むら」

「現代語訳」

年月は過ぎてゆくが、夫が亡くなった時のことは思い乱れてよく思い出せない。一緒に住んでいた人たちは、いまは別々になって、家に一人いると、心細く悲しくて、久しく便りのない人に「荒れた庭の蓬の露に濡れて、人が来ない淋しさに泣いています。」と書き送った。その尼だった人からの返書。「そういう状態は世の中の常です。私の家の庭を考えて下さい。世に背をむけている私の所の草むらは荒れ放題です。」

 

講師による作者の代弁

世の常に生きること(普通に生きる)がどんなに難しいか。私の人生は、普通でない生き方、物語に憧れ、物詣を追いかける人生であった。私の人生は普通ではなかったと今は思う。という思いでこの日記を閉じる。

 

次に和泉式部日記に入る前に、更級日記について考えておきたいことがある。

・更級日記と源氏物語の関係

・作者作の「夜の寝覚め」「浜松中納言物語」の解説

・更級日記と近現代文学の関係

 

「コメント」

夫の死がこれほどショックを与えるのか、驚く。むしろ、ヤレヤレとメリ-ウィドウになるのではと想像しているが。また周囲が一斉に引いてしまうのも解せない。個人に何か問題があるのではとさえ思いたくなる。確かに未亡人になると周囲の扱いが激変するという話は聞くことはあるが。それにしても。そもそもそれまでが、恵まれてやりたい放題ではなかったのか