220116和泉式部日記⑨「冬の恋」

初夏に始まって翌年の新春に終わる恋を、この日記は書いている。

 

「朗読1」宮は十月にお見えになった。時雨れていたが、共寝の手枕の袖が濡れていたことを歌にされた。→手枕の袖

かくいふほどに十月にもなりぬ。十月十日ほどにおはしたり。奥は暗くておそろしければ、端近くうち臥させたまひて、あはれなることのかきりのたまはするに、んひなくはあらず。月は曇り曇り、しぐるるほどなり。わざとあはれなることのかぎりをつくり出でたるようなるに、思ひ乱るる心地はいとそぞろ寒さに、宮も御覧じて、「人の便なげにのみ言ふをあやしきわざかな。ここに、かくて、あるよ。」などおぼす。あはれにおぼされて、女寝たるようにて思ひ乱れて臥したるを、おしおどろかさせたまひて、

「時雨にも露にもあてで寝たる夜をあやしく濡るる手枕の袖」

「現代語訳」

こうしている内に十月にもなった。十月十日頃に宮はお出でになった。奥は暗くて怖いので、端で横になられて、しんみりしたことをお話されるので、満更でもない。月は曇って、時雨が降る。殊更にしみじみとした風情を作っているようなので、宮は女を御覧になって、「世間でこの女はけしからん」と言うのはおかしい事だ。ここで、物思いに耽っているではないか」などと思われた。宮は女がいじらしく思われて、女が眠っている様に思い乱れているのを揺り起こして、

「時雨にも露にも当てずに一緒に寝ているのに、不思議にも私の手枕の袖が濡れていることよ」と仰った。

 

「朗読2」女はしみじみとして返事もしない。宮は詰まらない歌だからですかと聞く。女はそうではない風情で余は更ける。

よろづにもののみわりなくおぼえて、御いらへすべき心地もせねば、ものも聞こえで、ただ月かげに涙の落つるを、あはれと御覧じて、「などいらへもしたまはぬ。はかなきこと聞こゆるも、心づきなげにこそおぼしたれ。いとほしく」とのたまはすれば、「いかにはべるにか、心地のかき乱る心地のみして。耳にはとまらぬにしもはべらず。よし見たまへ、手枕の袖忘れはべる折やはべる。」とたはぶれごとに言ひなして、あはれなりつる夜の気色も、かくのみ言ふほどにや。

「現代語訳」

女はとても切なくて返事をしようとも思わなかったので、ただ涙を流していた。宮はこれをいじらしく思って、「なぜ返事をしないのですか。詰まらない歌なので、いやになったのですか。」と仰る。「心が乱れています。お話は耳に入っています。手枕の袖のことを忘れることがありましょうか。」と冗談めかして言って、しみじみとした夜も過ぎていった。

 

「朗読3」もう私の事などお忘れでしょう。嫌いや忘れてなどいません。

頼もしき人もなきなめりかしと心苦しくおぼして、「今の間いかが」とのたまはせたれば、御返り、

「今朝の間にいまは消ぬらむ夢ばかりぬると見えつる手枕の袖」と聞こえたり。「忘れじ」と言ひつるを、をかしとおぼして、

「夢ばかり涙にぬると見つらめど臥しぞわづらふ手枕の袖」

「現代語訳」

女には頼りになる男もいないだろうと、宮は思われて、その朝「今どうしていますか」と文を出された。女の返事の歌。

「宮様の袖ももう乾いたことでしょう。→私の事など忘れたでしょう。ほんの一寸だけ濡れた手枕の袖は。

宮様の返歌「ほんの一寸とお思いでしょうが、私の袖はまだ濡れていますよ。」

 

「朗読4」次の朝は霜で真っ白に。女は私の涙で袖が真っ白に霜が降りましたと歌を送った。

その夜の月のいみじう明くすみて、ここにもかしこにもながめ明かして、つとめて、例の御文つかはさむとて、「童参りたりや」と問はせたまふほどに、女も霜のいとち白きにおどろかされてや、

「手枕の袖にも霜はおきてけり今朝うち見れば白妙にして」と聞こえたり。ねたう先ぜられぬるとおぼして、

「つま恋ふとおき明かしつる霜なればとのたまはせたる、今ぞ人参りたれば、御気色あしうて問はせたれば、「とく参らで、いみじうさいなむめり」とて、取らせたればもて行きて、「まだこれより聞こえさせたまはざりけるさきに召しけるを、今まで参らずとてさいなむ」とて、御文取り出でたり。

「現代語訳」

その夜の月は明るく澄んでいた。その翌朝、宮は文を女に出そうと、童は居るかと聞かれたその時に、女は目を覚まして霜が白いのに驚いて、宮に歌を差し上げた。

「私の手枕の袖にも涙が霜で真っ白になっていました。」と。

宮は先を越されて悔しがって「恋しいと思って流した私の涙・・・」と歌を詠んでいる時に、童がやっと参上した。

先を越されて宮は、童を怒る。

 

「朗読5」女は童を許してあげてくださいと文に書く。

この童の「いみじうさいなみつる」と言ふがをかしうて、端に、

「霜の上に朝日さすめり今ははやうちとけにたる気色見せなむ いみじうわびはべるなり」とあり。

「現代語訳」

女は、使いの童が「宮はとても私をお責めになります」と言うのが面白いので、文の端に「霜に朝の日がさして、溶けています。童を許してあげてください。童はとてもしおれています」と書いた。

 

「朗読6」宮は、先を越して得意顔の女が悔しくて、朝日で消える霜のように悔しさは消えないという。

今朝したり顔におぼしたりつるも、いとねたし。この童殺してばやとまでなむ。

「朝日影さして消ゆべき霜なれどうちとけがたき空の気色ぞ」

とあれば、「殺させたまふべかなるこそ」とて、

「君は来ずたまたま見ゆる童をばいけとも今は言はじと思ふか」

とち聞こえさせたれば、笑はせたまそひて、

「現代語訳」

宮からは「今朝、歌で先を越して得意顔の女が悔しい。原因を作った童を殺したい位だ。朝日がさして消える霜ですが、私の機嫌は中々治りません」女は「文を持ってくる童を殺すつもりですか。もう文は出さない積もりてすか。」というと。宮は笑って「それはその通りだ。」

 

「朗読7」宮は「その通りです。殺しません。でも手枕の事はお忘れですねとあったので、忘れてなどいませんと返事。

宮からは、私が黙っているとあなたは思いださないでしょうと言ってきた。

「ことわりや今は殺さじこの童忍びのつまの言ふことにより 手枕のそでは忘れたまひにけるなめりかし」とあれば、

「人知れず心にかけてしのぶるを忘るとや思ふ手枕の袖」と聞こえたれば、

「もの言はでやみなましかばかけてだに思ひ出でましや手枕の袖」

「現代語訳」

宮からは「貴方の言うことはその通りです。でも手枕の事はお忘れですね。とあったので、女は「人知れず、いつも心に留めています。私が忘れるものですか。」と返事した。宮は「私が黙っていたら、貴方は忘れてしまっていたでしょう。」と。

 

 

「コメント」

この恋のクライマックス。