211120紫式部日記⑨「七日の産養と道長の喜び」

道長の邸である土御門邸では、敦成(あつひら)親王の安産を祝う儀式が進んでいる。誕生の日には、御湯殿の儀式、三日の産養が中宮職の主催でなされた。五日の産養は道長の主催、七日の

産養は朝廷(天皇)の主催で行われた。

そして今回は九日の産養。主催者は道長の長男であり、中宮彰子の弟である頼通である。

 

「朗読1」今回は道長の長男、頼通の主催。親王の衣装箱の豪華さの描写である。

九日の夜は、東宮の権の大夫仕うまつりたまふ。白き御厨子ひとよろひに、まゐり据えたり。儀式いとさまことにいまめかし。白銀の御衣筥、海浦をうち出でて、蓬莱など例のことなれど、いまめかしうこまかにをかしきを、とりはなとては、まねびつくすべきにもあらぬこそわろけれ。

「現代語訳」

御誕生九日目の夜は、東宮の権の大夫(頼通)が奉仕される。白い御厨子が一対で、お祝いの品を乗せておいてある。儀式はとても変わっていて、現代風である。銀色の衣装箱には、海浦の模様が打ち出してあり、蓬莱山などは型どおりであるが、当世風で精巧で洒落ていて、一々取りたてて説明できないのが残念である。

「講師」

66代一条天皇の後は三条天皇となるが、その後は今回生れた敦成親王が、後一条天皇となる。

三条天皇は不本意な形で、道長に退位させられたので、その無念を歌に残している。

後拾遺和歌集 巻15 雑 860  百人一首

例ならず おはしまして位などさらむとおぼしめしけるころ、月の明かかりけるを御覧じて、

→ご病気になって、退位しようかとお思いになり、月の明るいのを御覧になって

心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな

思いと違って、このうき世を生き永らえることがあったら、今夜の月を恋しく思いだす事だろう。

源氏物語の朱雀帝も目を病んで、退位に追い込まれる。偶然の一致であろうか。

藤原氏の摂関政治に翻弄される三条天皇の苦悩の姿である。

 

「朗読2」今日からは女房達も普段の衣装となる。これが目に鮮やかである。恥をかいた人がいた。

今宵は、おもて朽木がたの几帳、例のさまにて、人々は濃きうちものを上に着たり。めづらしくて、心にくくなまめいて見ゆ。すきたる唐衣どもに、つやつやとおしわたして見えたる。また人のすがたも、さやかにぞ見えなされける。こまのおもとという人、恥見はべりし夜なり。

「現代語訳」

今宵は、表に朽木型の模様の有る几帳を、普段と同じ様に立てて、女房達は濃い衣を上に着ている。白装束を見慣れた目には、とても目新しく、奥床しく優美に見える。透き通った

唐衣を通して、下の衣がつやつやと見える。又、それぞれの人の姿も、はっきりと見える。この世は、こまのおもとという人が恥をかいたよるであった。

 

「朗読3」道長が孫可愛らしさに、夜昼なく訪れる様子を描いている。

十月十余日までも、御帳出でさせたまはず。西の傍なる御座に、夜も昼もさふらふ。殿の、

夜中にもまゐりまひつつ、御乳母のふところをひきさがさせたまふに、うちとけて寝たるときなどは、何心もなくおぼほれておどろくも、いといとほしく見ゆ。心もとなき御ほどを、わが心を

やりてささげうつくしみたまふも、ことわりにめでたし。

「現代語訳」

中宮様は、十月十余日まで、御帳台からお出ましにならない。女房達は夜も昼も控えている。道長様は夜となく昼となく、お出でになって、乳母のふところを探して若宮を覗かれるのだが、乳母が気を許して寝ている時などは、何の心用意もなく寝ほけて目を覚ますのも、とても気の毒に思われる。若宮が何もわからない頃なのに、自分だけいい気持ちでお抱きになるのは、もっともであり結構なことである。

 

「朗読4」道長が若宮におしっこをかけられて、喜んでいる様子。

ある時は、わりなきわざしかけたてまつりたまへるを、御紐ひきときて、御几帳のうしろにてあぶらせたまふ。「あはれ、この宮の御しとに濡るるは、うれしきわざかな。この濡れたる、あぶるこそ、思ふようなる心地すれ」と、よろこばせたまふ。

「現代語訳」

またある時には、若宮が、道長様にとんだことをなさったのを、道長様は上着の紐を解いて脱いで、御几帳の後ろで火にあぶって乾かしている。そして、「この宮の御尿に濡れるのは、嬉しいことだ。この濡れたのをあぶるのこそ、思い通りに行った気がするよ。と喜んでおられる。

 

「朗読5」 宮家への縁故を持つ紫式部への、道長の気遣いに触れている。

中務の宮わたりの御ことを、御心に入れて、そなたの心よせある人とおぼして、かたらはせたまふも、まことに心のうちは、思ひゐたることおほかり。

「現代語訳」

中務の宮家(具平親王-村上天皇第七皇子)へ、道長は気遣いをしており、私をその宮家に縁があるものとして、色々と相談なさる。それにしても、心の中では色々と考えさせらるものだ。

 

「コメント」

 

道長はやはりある部分天衣無縫、そして権謀術策もろうする。紫式部への気遣いも故有りなのか。それを自分でちらりと触れている所が憎い。