251019少女(おとめ)の巻(3)

前回の続きである。元の頭の中将は内大臣になった。光源氏は太政大臣に昇進したのを受けて彼は内大臣になったのである。しかも 世の中のことどもまつりごちたまふべく、譲りきこえたまふ。 

と書いてあるから、光源氏から政治の実権をすべて、あなたにと頭の中将に一任された。内大臣は

ご機嫌と思ったらそうではなかった。冷泉帝に一番に入内させた弘徽殿女御(頭の中将の娘)が中宮の座を争って、光源氏が推す斎院女御に負けたからである。彼は弘徽殿女御が入内した時に権中納言であったので、父親の位で不足があってはいけないと、自分の父親・当時の太政大臣の娘として後宮に送り込む。冷泉帝がお好みだとみれば、絵師に絵を描かせたりした。それが実を結ばなかったのである。それに対して斎宮女御の後見役であった光源氏は何をした訳でもなかった。あたかも水が高きより低きに流れるようにいつの間にかなっているという風情であった。物語には斎宮女御の

持って生まれた 御幸い の技かとあった。内大臣はとにかく悔しい。どうしてくれよう。

 

少女の巻(3)はそんな所から話を始める。これまで度々話して来たように、光源氏はとても子供の数が少ない。それに対して頭の中将は10人以上の子沢山である。ただし女の子は二人。その一人は

弘徽殿女御。もう一人はある女性との間の子。しかしその女性とは疎遠になっていて、その人は別の男と結婚。その男は按察使の大納言という、まあまあの身分である。この男は物語には関係ないので忘れてもいい。大切なのはその女の子だけ。

さてその女の子が新しい父や何人かの子供たちに混じってうまくやっていけるかどうか。新しい父親に大切にしてもらえるか。内大臣はそのことが気掛かりであった。そこでその娘を引き取ることにした。

 

そしてその子をある人に預けることにした。母親の大宮である。ということは、大宮は自分の手元で、男の子・光源氏の子夕霧と、党の中将の子の女の子を育てることになったのである。

朗読① お互い十歳になってからは、内大臣の命で別々の部屋となった。二人は仲良く一緒に

          遊ぶので深い情愛を交わしている。男の子(夕霧)は、逢えなくなりやきもきしている。

おのおの十にあまりたまひて後は、御方(こと)にて、「睦まじき人なれど、男子(おのこご)にはうちとくまじきものなり」と父大臣聞こえたまひて、け遠くなりにたるを、幼心地に思ふことなきにしもあらねば、はかなき花紅葉につけても、(ひひな)遊びの追従をも、ねむごろにまつはれ歩きて、心ざしを見えきこえたまへば、いみじう思ひかはして、けざやかには今も恥ぢきこえたまはず。御後見(うしろみ)どもも、「何かは、若き御心どちなれば、年ごろ見ならひたまへる御あはひを、にはかにも、いかがはもて離れはしたなめきこえん」と見るに、女君こそ何心なく幼くおはすれど、男は、さこそものげなきほどと見きこゆれ、おほけなくいかなる御仲らひにかありけん、よそよそになりては、これをぞ静心なく思ふべき」

 解説

十歳を超えて、彼らは内大臣の命令もあって引き離されることになる。御方(こと)ににて、とあった。建物までも分かれて別々にされる。それでも同じ屋敷である。

幼心地に思ふことなきにしもあらねば、とあった。いみじう思ひかはして ともあった。要はともに幸せを分かち合い、思いあう二人だったのである。こんな風に心惹かれあった幼馴染同志、いとこ同士がやがて結ばれ幸せに暮らしてもよいのではと思うが、紫式部は読者がハラハラする方向に物語を

進める。

きっかけは弘徽殿女御が中宮になれなかったことである。内大臣は考える。このまま終わってなるものか、次こそ。次というのは、次の天皇は朱雀院の皇子(東宮)。その東宮に入内させる娘を今から

準備しようという考えである。平安貴族としては当然そう考えることになるが、そこで白羽の矢が立ったのが、それまで大宮に任せっきりであった、弘徽殿女御の腹違いの妹。父と母とが離婚したので、内大臣に引き取られ、今は大宮に預けられている娘である。いつも強気で精力的な彼も、今回は

弱気なようである。一家の長老・大宮にその弱気を隠さない。そんな息子を叱咤激励し発奮させたのは大宮であった。弘徽殿女御のことは残念だった。でもだからと言って、今回弱気でどうするのです。我が家から東宮妃を出さないでどうするのだと励ます。内大臣は思い直して、娘を東宮に入内させようと思う。

 

そこに女房達の噂話が聞こえてくる。将来の東宮妃と思ったわが娘と夕霧の噂。二人が相思相愛で心を通じ合っているという。その続きである。

朗読② 内大臣は女房達の自分の噂話を立ち聞く。初めて聞く、自分の娘と夕霧との仲の

          ことである。

大臣出でたまひぬるやうにて、忍びて人にもののたまふとて立ちたまへりけるを、やをらかい細りて出でたまふ道に、かかるささめき言をするに、あやしうなりたまひて、御耳とどめたまへば、わが御上をぞ言ふ。「かしこがりたまへど、人の親よ。おのづからおれたることこそ出で()べかめれ。子を知るはといふは、そらごとなめり」などぞつきしろふ。あさましくもあるかな。さればよ、思ひよらぬことにはあらねど、いはけなきほどにうちたゆみて、世はうきものにもありけるかな、と、けしきをつぶつぶと心得たまへど、音もせで出でたまひぬ。御前駆(さき)追ふ声のいかめしきにぞ、「殿は今こそ出でさせたまひけれ、いづれの隈におはしましつらん。今さへかかる御あだけこそ」と言ひあへり

 解説

女房達というのは実に目ざとい人たちである。大宮の知りえないところまで目が届いている。二人は部屋は別々にと引き裂かれた後も、 書きかはしたまへる文どもの、心おさなくて、おのづから落ち散るをりあるを 二人の間にいったり来たりする恋文がうっかり落ちていたりしているのを拾っては、女房達はでも成程と思っていた。内大臣の風向きが変わって、東宮への入内を考えているようだ。ややこしいことにならねばいいがと・・・・。

内大臣は女房達の噂話を聞いて、さればよ、自分の迂闊さを悔やむ気持ちを表す言葉である。

「かしこがりたまへど、人の親よ。おのづからおれたることこそ出で()べかめれ。子を知るはといふは、そらごとなめり」などつきしろふ。

「いかに賢い積りでもやはり親バカなのでしょうね。その内ひょっとするとおかしなことが起こりましょうよ。子のことは親が一番よく知っているなんて信じられませんね」と目引き袖引き、こそこそ噂話をしている。

そんな話を立聞きしていた内大臣は大いに驚く。帰る内大臣の盛んな先払いの声が聞こえるので、女房達は、今までここにいらしたのね 話を聞かれたのではと、どうしようと大いに慌てる。

さてこの後はどうなったのか。我が娘を東宮妃にと思った内大臣は、腹の虫が治まらない。これを知らないのは自分一人と思い込み、怒り心頭である。この娘が後で 雲居(くもい)(かり) と呼ばれる女性である。そして内大臣は大宮にこのことを抗議した。その日以来、雲居雁はどうしようと泣くばかり。夕霧も

彼女の所に来て事情を聴き、ションボリしている。大宮はこれが二人の最後のチャンスになるだろうと思って、密かに逢わせる。近いうちに内大臣の屋敷に連れていかれるのである。

 

逢っていると急に内大臣が迎えに来る。二人は必死で屏風の陰に隠れる。すると探している乳母の

つぶやきが聞こえてくる。「まったく姫様も相手を見る目がないよ。殿と仲の良くない太政大臣の息子なんて。」

朗読③ 日の灯る頃になって内大臣が宮中から帰ってくる。姫君と夕霧は隠れている。探して

          いる乳母のつぶやきが聞こえる。「いけないことにこのことは大宮はご存じだった

         のだ。よりによって相手が六位風情とは」嘆いている。夕霧はこの言葉を聞く。

御殿油(おおむとなぶら)まゐり、殿まかでたまふけはひ、こちたく追ひののしる御前駆(さき)の声に、人々、「そそや」など怖ぢ騒げば、いと恐ろしと思してわななきたまふ。さも騒がればと、ひたぶるこころに、ゆるしきこえたまはず。御乳母参りてもとめたてまつるに、気色を見て、「あな心づきなや。げに、宮知らせたまはぬことにはあらざりけり」と思ふにいとつらく、「いでや、うかりける世かな。殿の思しのたまふことは更にも聞こえず、大納言にもいかに聞かせたまはん。めでたくとも、もののはじめの六位宿世(すくせ)」とつぶやくもほの聞こゆ。ただこの屏風の背後(うしろ)に尋ね来て嘆くなりけり。男君、我をば位なしとてはしたなむるなりけりと思すに、世の中恨めしければ、あはれもすこしさむる心地してめざまし。

 解説

女房たちの噂話を聞いてしまった内大臣。そこから夕霧と雲居雁との間がこじれ始める。

かしこがりたまへど、人の親よ。おのづからおれたることこそ出で()べかめれ。子を知るはといふは、そらごとなめり 

既出 朗読②

乳母の言葉が、屏風の陰で聞いた夕霧の胸に刺さる。もののはじめの六位宿世(すくせ)よ。「よりによって

六位風情の男とくっつくなんて全く」夕霧は傷口に塩を刷り込まれる気持ち。

我をば位なしとてはしたなむるなりけりと思す 私の位が低いと言って恥をかかせているのだなと

思う。

こうして二人の仲は引き裂かれてしまうが、この後二人の関係はどうなるのであろうか。これは秋ごろの話。

翌年の春、都の人の耳目を集める話題があった。久しぶりの華やかな行事である。朱雀院のお出まし。朱雀院行幸。光源氏の腹違いの兄である。その院のもとを、現在の帝・冷泉帝が訪れる。思い起こすのは、光源氏の若い頃、父桐壺帝がその朱雀院に住んでいた上皇のもとに、光源氏と共に訪れたことである。その時のことが物語世界の人にも、私たち読者にも思い起こされる。光源氏は朱雀院で青海波を舞ったのである。紅葉賀の巻の出来事である。

 

一方今回の朱雀院行幸はこんな調子である。

朗読⓸ 二月二十日過ぎに朱雀院行幸があった。貴族は青色の服、帝と光源氏は同じ赤色

          なので、見分けがつかない。

二月(きさらぎ)の二十日あまり、朱雀院に行幸あり。花盛りはまだしきほどなれど、三月(やよい)は故宮の御()(つき)なり、とくひらけたる桜の色も糸おもしろければ、院にも御用意ことに(つくろ)ひみがかせたまひ、行幸に仕うまつりたまふ上達部、親王(みこ)たちよりはじめ心づかひしたまへり。人々みな青色に、桜(がさね)を着たまふ。帝は赤色の御衣(おんぞ)奉れり。召しありて太政大臣参りたまふ。同じ赤色を着たまへれば、いよいよ一つものとかかやきて見えまがはせたまふ。

 解説

紅葉の賀の巻で描かれた朱雀院行幸と、今回の少女の巻のそれとは、今と昔のコントラストが見事である。かつての朱雀院行幸は神無月(十月)。紅葉の舞い散る中、青年光源氏の青海波の舞が一段と輝きを増し、見る人をしてぞっと身震いさせるほどであった。今回は二月の末。花盛りには早い。三月と言えば、先年亡くなった冷泉帝の母君・藤壺の()(つき) なので二月になった

今回の朱雀院行幸の見物は冷泉帝と光源氏の美しさであろう。参加する貴族たちは上達部をはじめとして青い色の服に身を包み、人々みな青色に、桜(がさね)を着たまふ。

青色と言っても緑である。日本人は今でも緑を青と言って外国人を驚かす。青信号。古代から青という言葉がさす範囲は広かった。ここでも貴族たちは青色に身を包む。この色は普段は帝が着用する着物の色。ところがこうした時には、臣下が青色を身に纏うことが許される。反対に帝は 帝は赤色の御衣(おんぞ)奉れり。 太政大臣も同じ赤を着ていた。

帝と臣下のトップは赤なのである。同じ赤色を着たまへれば、いよいよ一つものとかかやきて見えまがはせたまふ。

同じ人が二人いるのではとおもわれる程似ている二人。これが人々を喜ばせる。

 

そしてこの朱雀院行幸のもう一人の主役が夕霧であった。というのはこの場で、普段大学で研鑽を積んでいる学生たちに難しい問題を与えるから、答えを出すようにと仰せがあったのである。学生は十人、結果はどうであったか。

朗読⑤ 夕霧は試験に合格して 進士(しんじ) になり、侍従(従五位下)になった、貴族である。

          雲居の雁とは会う機会はない。

かくて大学の君、その日の文うつくしう作りたまひて、進士(しんじ)になりたまひぬ。年積もれるかしこき者どもを()らせたまひしかど、及第の人わづかに三人なんありける。秋の司召(つかさめし)に、かうぶり得て、侍従になりたまひぬ。かの人の御事、忘るる世なけれど、大臣(おとど)(せち)にまもりきこえたもふもつらければ、わりなくてなども対面したまはず。御消息(しょうそこ)ばかり、さりぬべき便りに聞こえたまひて、かたみに心苦しき御仲なり。

 解説

試験の結果大学の君 夕霧は高く評価され及第した。秋には 、かうぶり得て、侍従になりたまひぬ。侍従(従五位下)になった。従五位下 というのを貴族社会ではとても重視されていて、夕霧はこれで自力での貴族の仲間入りである。

侍従 というのは、中務省に属し、帝の側近であり、とても頑張ったのである。

さてこんなわけで少女の巻は、物語は最終場面と感じさせる。光源氏の一族は全員が華やかに時めき、大輪の花を咲かせつつある。

 

それを象徴するように光源氏は大邸宅の建設を企画する。この世の極楽とでもいうべき、邸宅の

建設を始める。それは六条院。なぜ六条なのであろうか。

朗読⑥ 光源氏は大邸宅を六条に、離れて住んでいる人々を集めてと計画する。六条御息所

           の旧邸の周辺である。

大殿、静かなる御住まひを、同じくは広く見どころありて、ここかしこにておぼつかなき山里人などをも(つど)へ住ませんの御心にて、六条京極のわたりに、中宮の御(ふる)き宮のほとりを、四町(よまち)を占めて造らせたまふ。

 解説

中宮となった斎院女御が里帰りしてくる邸宅として、かつての六条御息所の屋敷がそのままになっているので、そこを拡張して大邸宅を築くことにした。併せて光源氏の人生に関わりをもった女性たちを集めて住まわせる。その構想が全貌を現す。大きな四角をイメージして四分割する。それぞれの町にはその町ならではの趣向が施される。

四つの町は四つの四季が割り当てられる。

北東、の町、主人は麗景殿女御の妹・花散る里。夕霧の母代わりである。

南東、春の町、主人は紫の上、ここに光源氏も姫君も住む。庭には春に咲く木が植えられ、大きな中庭がある。この後の物語はこの春の町を中心に繰り広げられる。

南東、秋の町、ここが亡き六条御息所の邸宅であった場所である。秋に一段と美しくなる木や草が選んである。秋と言えば都の人が好んだ嵯峨野の風情がそこにいるかのように楽しめる工夫がされている。今上帝・冷泉帝の中宮たる斎宮女御の里でもあるので、大邸宅のもう一つの顔にもなる町で

ある。

北西、冬の町、明石の君がついに迎えられる。この町は明石の君の身分も考慮して、建物の規模も小さく、光源氏一族の富を収蔵する倉庫も建てられている。

大邸宅、それはその屋敷を築いた人にとって、人生の集大成、総決算である。この六条院を舞台に、作者紫式部はどんな物語を見せてくれるのだろうか。

 

「コメント」

 

夕霧が父の厳しいしつけに耐えて、頭角を現していく。健気である。毎週、次が待たれる。